お題「恋とお薬」
「お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ」
「何それ」
「本に書いてあったの。恋の病に薬はないみたいな意味だって」
本から目を上げることなく晶子が答える。
「ふぅん。晶子ちゃん物知りだねぇ」
花乃も机に突っ伏したまま顔も上げずに言葉を返した。
放課後の校内は少し前までとは違って人気が少ない。この教室内にも晶子と花乃の二人しかいない。
「草津の湯ってなんなんだろ。お風呂屋さんかな」
「銭湯じゃなくて温泉。草津の温泉は有名みたいだよ」
「へぇー。あ、でも確かに温泉って体にいいイメージがあるや」
なるほどー、と言いたげな花乃の顔が上がる。視線の先は壁時計だ。
只今の時刻は15時50分。
「でも治らないだの薬はないだの、恋って大変だねぇ」
「そうみたいだねぇ」
「ってことはずっとしんどいってことじゃない。そんなのやだなぁ」
花乃の顔がまた机の上に落ちる。
「そうとも限らないんじゃない?」
「え?」
机の上から視線だけが晶子へと向いた。
晶子も今度は花乃の方に顔を向けている。
「恋の相手と会えたら、とか。一緒にいられたら、とか。そういうときには和らぐものだと思ってるけれど」
「え、でも恋の相手ってこの場合病原菌みたいなものなんじゃないの? なのに一緒にいるほうが平気なの??」
「……まぁ、花乃にはまだ理解できないかもね」
「え、何その言い方」
どういうこと……と花乃が呟いたところでチャイムが鳴った。
花乃がバッ、と勢いよく立ち上がる。
「よく分からないけどいいやっ。委員会終わったと思うし行ってくるね。ありがとねぇ!」
カバンを持って勢いよく教室を飛び出していく。
そのままで閉めてもらえなかった教室のドアを見つめて苦笑を漏らすと、本を閉じてカバンに入れる。
委員会が終わるまで待っていた花乃に付き合っていただけだ。晶子ももう教室にいる理由はない。
「ほんとに。まだ理解できなくていいと思うのよ」
知らないうちに薬が効いているのなら。
苦しくないならそれはそれにしたことはないのだから。
委員会が開かれた教室の方をチラッとだけ見て、今頃投与されてるだろうか、なんて考えて一人で微笑って。
昇降口へと向かったのだった。
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