一口短編集
渡月 星生
お題「雨の音、君の足音」
唐突に雨がざんざか降った日には、大抵アイツがやってくる。何故かと言えば理由は実に単純で、学校から自宅への道のりのちょうど中間地点にうちがやっている喫茶店があるからだ。
飛び込んできたびしょ濡れの体をタオルで拭いて、コーヒにチャレンジしては諦めて別のものを頼み、それとサンドイッチを胃に放り込んで帰っていく。
二年も経てば、もうすっかりおなじみの風景だ。
唐突に雨がざんざか降った日には、バチャバチャと水しぶきを蹴っ飛ばしながら大抵アイツがやってくる。
「タオル、いつも悪いな」
「当たり前でしょ、びしょ濡れで座ってほしくないし」
「そっか。じゃあ今日はコーヒーとハムサンドで!」
「あのさぁ、前回二口でコーヒーギブだったじゃん? もういい加減諦めなって」
「それはそれだって! 先生だって今日『今日の自分を信じろ』って言ってたじゃんか」
「それ絶対そういう意味で言ってないよね?!」
果たして今日のチャレンジは三口でギブアップ宣言が申し入れられ、代わりに注文と相成ったクリームソーダと当初の予定通りのハムサンドを綺麗に平らげる事となる。
「今日はアレだったけど、次はちゃんと飲み干すかんな!」
「今日も、でしょ。っていうかもう諦めなって」
「え、だって諦めたら負けじゃん?」
「飲めない時点で負けだって」
そんな軽口を交わしてからバチャバチャと音を立てながら走って帰っていく。
捨てるに忍びない量の残されたコーヒーは大抵自分で飲み干していた。奢ってもらってると考えたらこれはこれで悪いものじゃなかった。
晴れた日には極稀にやってくる。
小雨の日には走って通り過ぎていく。
唐突に雨がざんざか降った日には、大抵アイツがやってくる。だから予め大きめのタオルを用意しておいて、足音とも言い難いバチャバチャという音が聞こえてくるのを待つのだ。そうしてやってきたアイツにタオルを渡し、どうせろくに飲まれないコーヒーを出して案の定下げて、代わりの飲み物とサンドイッチを頬張るのを眺めた後に、バチャバチャと帰っていく姿を店内から見送るのだ。
タオルで拭いたところでどうせまた帰るまでにびしょびしょになってしまうだろうに、正直バカじゃないかと思ってる。
だけど───バチャバチャという音から始まるあの時間は案外嫌いじゃあ、ない。
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