RR(旧版)

びふぃずすきん

序章 魔女の昔噺

———まだ、世界の空と海の区別が曖昧だった頃。


その『存在』は、無限の蒼の中に孤独な生を受けた。


『存在』は、自身以外の『命』と呼べるものを知らなかった。ただ宙を漂う自身の存在意義さえ見いだせないで居た。


『存在』は、ふと思い立つ。


「私を認めてくれる存在を造ってしまおう」、と。


『存在』は大地を、海を、空を造った。


『存在』は何もない蒼の空間にとってはすべてであったから、そのくらいは造作もないことだった。


それでも。


『命』だけは、『存在』自らを捧げなければ、造れないものであった。


『存在』はまず、自身の髪で『命』を創りだした。その命は空を舞う「鳥」になったが、翼をもつ彼らに近付くことさえできなかった。


次に『存在』は、自身の爪で『命』を造りだした。その命は地を這う「蛇」になったが、彼は『存在』を騙しては馬鹿にした。


『存在』は幾度も体を捧げ、無数の『命』を造り出した。


何度も、何度も。


自身を認めてくれる命を、造りだそうとして。


それでも。


心臓を捧げ、ようやく望んだ命を創り出した頃には。


もう『存在』は、空っぽの骸になっていた。


『存在』は、自らが創造した大地に身を伏せる。


『存在』はただ一つ残った右目を差し出し。


傍に控える「心臓の命」に告げる。


[きっとそれが、あなたたちを護ってくれるでしょう。]


それが『存在』の最期の言葉だった。


もう、今の世に彼———あるいは彼女———を知る者はいない。


分かるのは、「心臓の命」が、後に『人間』と呼ばれる概念になったこと。


そして、『存在』は『人間』によって、「神」という名を与えられたことだけ。



思考を持つ『人間』の誕生と、『神』の死。


果たしてそれが、正しいことであったのか。


それは、後の歴史が物語ることとなる。


———リリス国立図書館蔵書「創造記」より抜粋


注釈:現在本書は禁書となっている。

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