回転性蒸気世界跡地
7-3 勇者に指名される人生なんて想像もしていなかった
ハローハロー。
そんなわけで俺は今、もう一度あのヴァイルの世界、あるいはサラの世界へとやってきています。
「しかしまあ、ホントに派手にやってくれたわね……」
サラのボヤキも無理ありません。
俺たちが最初に来た時に見たこの世界は、無機質ながらも整った、高度な機能美の具現化の如きような世界でした。
しかし今目の前に広がるのは、あちこちが焼け焦がされ、ご自慢の歯車も崩れ落ちた無残な世界です。
そりゃここで生活してきたサラにはショック極まりないでしょう。
『こっちもここまでやるつもりはなかったんだがなあ』
壊した張本人であるリータは今回もその姿はありません。
俺の左腕に巻き付いた金色の装飾品、それが今のリータの姿です。
前回は偽装のためにこの形状を取りましたが、現在はそれに加え、消耗を軽減する意味合いもあるのでしょう。
魔法人形の身体は充填無しで駆動し続けていて、リータ自身が電池変わりにならないと厳しい状況にあるようで。
しかし幸いにも、時間の方はいくらか短縮できそうです。
「ふん、まさかのうのうとここに戻ってくるとはな。こちらもようやく準備が整ったので追いかけようと思っていたところだ……」
青いタイツ。いけ好かない顔に怒りの表情。もうすっかりおなじみの彼ですね。
「お久しぶりです、ヴァイルさん。ちょっと返してもらいたいものがあって、またお邪魔させてもらいましたよ」
あちらさんの怒りはごもっともではありますが、こちらにも色々と言いたいことはありますから。
「しかも後ろにいるのは誰かと思ったら、左遷候補筆頭の引きこもりのサラ・マーか。どうした。もしかしてお前がこいつをここまで連れてきたのか? そうか、ならそのまま捕獲すれば、復帰できるように多少は口利きをしてやってもいいぞ」
「まったく、相変わらず偉そうなことね。この惨状、あんたらとの付き合いが嫌で半分はアタシが便乗してやったと言ったら、どうする?」
相変わらず尊大なヴァイルに対して、サラは半笑いを浮かべ、小馬鹿にしたようにそう返します。
おそらく彼女の中に鬱積し続けてきたものは、俺のそれよりも激しくない分重いのでしょう。ヴァイルを嘲笑いながらも、既にその手は魔力を準備しています。
一方のヴァイルも怒りながらも魔力を高め、一触即発の空気です。
「誰に向かって口を利いているのかわかっているのか。ちょっと目にかけて施設を任せてやったら調子に乗ってくれたものだ。いいだろう、そこの異邦人とまとめて処分を下してやろうではないか」
「本音が出たわねクソ野郎。これでこっちも心置きなくやれるってわけよ……!」
ヴァイルの侮蔑にサラは返って嬉しそうに笑ってみせます。
こいつ、絶対最初からこのチャンスを伺っていたでしょう。
『
そして間髪入れずに鋭く苛烈な二重発声。畳み掛けるように青紫の光が螺旋を描いてヴァイルへと襲いかかります。
「ほう、多少は頑張ったようだが、所詮お前など全力でも私には及ばないことを教えてやる。『
鋭い二重発声に対しての、さらに威圧的な二重発声。
ヴァイルが右手をかざして不可視の力で光の螺旋を押さえ込みます。
最初は互角に見えたその押し合いも、徐々にヴァイルの力が勝り始め、光の螺旋を握りつぶします。
サラの渾身の一撃であったはずですが、それでも、ヴァイルのほうがさらに一枚上手であったということでしょう。
やはりヴァイルは強い。それは確かです。
とはいえ、サラには悪いですがこれは予定通り。
「ならば、これならどうですか『
ヴァイルが螺旋を握りつぶしたその横合いから、続いて俺が俺の中にあるリータの意思に導かれるままに、俺自身の口でその二重発声を口にします。
魔力をほとんど持たない俺が、サラの呪文残滓を踏み台にした怒涛の一発。
ささやかなものですが、強大な魔力を受け止め、今のスキだらけのヴァイルになら刺さるはずです。
しかし……
「小癪な真似を……だがそれも『
しかしヴァイルの執念の二重発声で、俺の呪文は彼の目の前で弾け飛びました。
ヴァイルの方も装飾品が砕け散り、膝をついてこちらを見上げます。その顔はあからさまに疲労の色に満ちていますが、それでも、より絶望的なのはこちらの方です。
「はぁ……はぁ……、許さんぞ、貴様ら……」
それでも、息を整えながらなんとか体勢を立て直そうとするヴァイル。
そこに追い打ちをかけるのは、今この場にいないもう一人、リータでした。
「命までは取らないから安心しな。単にお前を呪うだけだ『
俺の口が俺の意思を無視してそんな言葉を発し、二重発声で持ってヴァイルに追い打ちをかけると、幾重にも折り重なった光の輪がヴァイルを取り囲み、そのまま彼の中へと溶けていきました。
何が起こったのか理解できないままヴァイルがこちらを呆然と見つめます。
「き、貴様……何を……」
「言っただろ、呪いだよ。お前の呪文がこちらに向く限り、常に同じものを打ち返してやる。もうオレたちに関わるなよ」
俺の口がそんな風に警告を与えると、ヴァイルの顔はさらに歪みます。
「そんなこと、許さん……俺が……俺が……」
この世の全てを呪うような形相で怨嗟の声を上げ、ヴァイルはそれでも立ち上がってこちらに向かってこようとします。
もはやなりふり構わず、落ちていた瓦礫を手にこちらに向かってきます。
だが、そんな彼の前に割って入ったのは思いもよらぬ人物でした。
「はい、お前さんの役目はもう終わったんだ。『
二重発声とともにヴァイルを消滅させ、代わりにそこに立つのはあのイフネ・ミチヤです。
「ヴァイルは……?」
「あいつなら心配無用だ。どこかの世界に飛ばされただけだし、あいつの魔力があれば勝手に生き残るだろうさ。それより問題はあんただ、突然消えたかと思ったら、まさかこっちにいるとはね。いったいどういうつもりなのか、説明は誰に頼んだらいいんだ?」
そう尋ねてくるイフネの目は不信の色に満ちていて、それだけでこの事態の厄介さを物語ります。
この状況をどうすべきか。
俺のこれまでの経験から、もっとも有効な選択肢は、たった一つ。
「俺は、俺の身体を取り返しに来たんですよ。あのヴァイルが持っていった、俺自身の身体を……」
真実を語り、そこで相手の反応を見てどうするかを考える。
それだけです。
「なるほど、な……。まあ、そこに行き着くか。しかし、あのイフリートがそれを許すとはどういう心変わりだ」
「ま、そういう契約なんだからしかないだろ。そんなわけでもうしばらくこいつは借りておく事になりそうだぜ。悪いな、時空のおっさんよ」
それを聞いたリータが、また俺の口を介して答えます。
これにはイフネも一瞬驚いたようでしたが、すぐに事態を理解して苦笑します。
「この阿柄くんもすっかり『こっち側』の人間ということか……。まあ、後はなにも言わないから、自分自身を説得してくれ。それくらいはこっちの権利として主張させてもらうからな、イフリートよ」
呆れたようにそう語り、イフネはゆっくりとなにかをつぶやくと、温かく鮮やかな橙色の輝きが俺達を包みこみます。
「さあ、勇者阿柄コウよ、ついに旅の終わり、魔王とのご対面だぞ」
イフネは俺にそんなことを語りかけて来るのを聞きながら、俺の身体はそのまま光の中へと溶けていきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます