3-2 生ける迷宮の死せる俺(彼)

 ハローハロー。

 俺は今、異世界の華ともいえるダンジョン探索を行っております。

 しかしこの迷宮、現役の自動拡張ダンジョンというだけあってこの手のダンジョンを語るときに欠かせない『黴臭い匂い』などとは無縁で、どちらかといえば人工的な、夏のプール消毒の塩素のようなあの匂いをかすかに感じます。

 あと、工場の機械駆動に似た音が遠くで聞こえているのも、ますますここが天然物ではないことを実感させるのです。

 壁や天井は逆にイメージ通りの地中の洞窟のようなのですが、少し触ってみるとテクスチャにしか過ぎないのがわかります。よくよく見ればパターンがループしていることにも気がつくでしょう。


「しかしよかったのかよ、こんな所まで来てよ。ほら、テメエに会いに来たっていイフネとかいう奴も、先にテメエの死んだ世界を探せって言ってたんだろ?」


 あの奇妙な来訪者の件については、特に隠し立てすることなく全てリータに伝えてあります。

 リータは自分の部屋に勝手に入られたことについてはいくらか怒りを見せていましたが、彼の意見についてはいろいろ考えたものの肯定的保留といった態度を示しました。

 まあリータとしても特に否定する要素もないことでしょう。

 この身体が負担になっているのは魔力を与えているリータにとってもいえることですから。

 それでも全面的肯定をしなかったのは、あいつを信用しなかったというよりは、単純にその意見に乗っかるだけなのが嫌だったからでしょう。


「おっと、ぼんやりしている場合じゃなさそうだぜ、怪物のお出ましだ」


 こんな迷宮ですが、いや、むしろこんな迷宮だからこそでしょうか、エンカウントモンスターは存在します。

 とりあえずこの階層で出会ったのは、半透明半液体状の存在が動き回るいわゆる『スライム』と、人間より小さいサイズの低知能犬顔人の『コボルト』、そして骨だけが動き回る『スケルトン』。

 どれも典型的とさえいえるダンジョン初期モンスターであり、ぶっちゃけ、リータのいつものチートな魔法どころか、適当に装備を整えてもらった俺でも十分余裕を持って戦えるほどの相手であります。

 ただ、問題はスケルトンです。

 ここまで既に何度か戦闘をしたのですが、このスケルトンは二種類いて、1つはなんのことない雑魚モンスターのスケルトン。そしてもう1つは、まるでなにかしらの意識の残滓のような不可解な行動をする、サイズも所有物もまちまちな人型の骨の塊。

 これはつまり、元は意思を持った、

 ええ、そうでしょうね、知ってましたよ。

 スケルトン、というかアンデッドモンスターは元々そういった存在です。

 しかしこういう形でそれを突きつけられると、異世界の闇を見てしまったというか、自分の住んでいた現代日本とはまったく異なったものであることを思い知らされます。

 まあ、生前の面影がほとんど残っていない姿なのがせめてもの救いでしょうか。これがわりと人間態を残すゾンビだったりしたら、本気で逃げ出したくなっていたかもしれません。

 はい、ここでさらに大きな問題が。

 では、この迷宮で死んだとされるは、今どうなっているでしょうか?

 考えるだけでゾッとします。

 まったく、一度死んで死体を放置してきてしまうとこういうことばっかりですね。


「急ぎましょう」

 

 そのバグった動きのスケルトンを叩き伏せ、俺はリータを急かします。

 いつ全滅したのかも知れず、既に手遅れになっている可能性も高いでしょう。

 もしかしたら既に倒したスケルトンに混ざっていた可能性もありますが、『夜と夜明け亭』の店主から聞いた装備品などの外見上の特徴と一致するようなものはいなかったのでまだ大丈夫……だと思います。

 しかしその予想は、第一階層をウロウロしている間だけのことにしか過ぎませんでした。




「なるほど、確かにこの迷宮はヤベエな……。ここに来ることを選んだテメエの判断、案外正解だったかもしれんぜ……」


 階段を見つけ第二階層に降りた途端、俺の背後を警戒しながらリータがそんなことをつぶやきました。

 基本的にリータがそういった事を口にする時は、です。


「なにが、どうヤバイんです……?」

「ここは簡単に言えば、異世界というか、異空間だ。しかもマナの充満しまくったな。多分お前の魔力充填も必要ないし、こっちも呪文使いたい放題だぜ……」


 それがどういうことか、少し考えただけで俺にもそのヤバさが伝わります。

 おそらく、『夜と夜明け亭』の店主のような、あの世界の元々の住人はこのヤバさになんら気が付いていないでしょう。あの世界の冒険者だってそう。

 しかしそれならば、ラコーは、はどうだったのでしょうか?

 

 その事自体が疑問になってきます。

 そういったこともあり、さらに警戒を強めて第二階層を進んでいくと、俺もそのを実感してきます。

 まず単純に、身体が軽い。

 全身に絶え間なく力が満たされているかのようで、普段できないような動きもいくらでもできそうな気がしてきます。

 そしてもう一つは、怪物も含めた迷宮の構成です。

 進めば進むほど、徐々に迷宮そのものは洞窟であるかのように振る舞うことを止め、この世界を駆動させている装置が明らかになってきます。

 モンスターもいかにもなゴブリンや大型の肉食獣といったものに混じって、完全にテクスチャの剥がれた無味乾燥な棒人間のような存在が現れ始めたのです。

 モンスターとしてのレベルはまだそう高くもなく、この階層で力に満ちたの俺なら難なくあっという間に倒せるのですが、その存在はあまりにも不気味です。

 それでもそのまま警戒心を高めながら第二階層も抜け、第三階層へと降りていきます。

 そここそが、との出会いの場となったのです。

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