第88話

 それから少ししてリリが登校してきた。その時までには机の文字を消しておきたかったのだが、消す手段を失った俺にはそれも叶わず。リリに事情を聞かれることとなった。知華が死の部分を消していてくれてたので机には「カケノ」と残っているだけだしまだマシな方か。滲んだのを引き延ばしてるだけな感じなのですごく机が汚いけど。

 「あたしもその場に居たかった~」

 リリはぶすくれて立っている。俺はリリから油性マジックを借りてフキフキ……なんか楽しくなってきたぞ~。

 「居ても変わらんだろ、なんか変な奴だったし」

 「だって翔ちゃん名前とかどんな子だったか教えてくれないじゃん。何かあった時わかんないと困るっちゃけど」

 俺はリリに名前などの情報を教えなかった。だってこいつ怒ったら知華のクラスに突撃しそうなんだもん……。今も頬を膨らませて可愛い印象を受けるが結構キレてると思う。普通ならもうちょっと愛嬌というか頭悪いというか無駄な動きが入るのに、直立不動で膨れている。ちなみに胸も膨れている。

 「何もないって、写真も録音もあるし釘刺しといたから」

 「釘刺しといたとか薄い本みたいな?」

 「お前がそれを言うかよ……」

 俺は思っただけで言わなかったのに。

 「写真ちゃんと撮れてるの?見せてみ?確認してあげるから」

 「大丈夫ですー何回も確認しましたー」

 「も~。翔ちゃんがいいならならいいけどさ~」

 そう言って腕組みをわざとらしくする。その拍子に亜麻色のボブヘアーが揺れた。

 「心配かけてすみませんねぇ」

 「うん、いいんよ!今日スタバ奢ってもらうから」

 リリは少し笑って言う。出たー!!スタバ!!もうかれこれ10回は奢ってます!!

 

 

 学校は早朝のアレを除いたら無事に下校時間になった。いつも通りにバッグにタブレットなどをぶち込んでいるとリリがニコニコ笑顔で近付いてきた。

 「なんだよ」

 「スタバ♪」

 「はいはい……」

 俺はバッグを引っ掴んで立ち上がる。

 「行きますか……」

 「ワーイ」

 リリは抑揚もなく言う。実はそんなに嬉しくないの?フリしてるなら帰っていい?そんなわけもなく、顔を見ると今日一番の笑顔。諦めて自転車を取りに行くことにする。

 駐輪場に行くと、自転車の前カゴにバッグを投げ入れる。あ、そうだ、寄り道するから桜の家に行くの遅くなるし連絡しておくか。桜のアカウントYSさんを探してメッセージを送る。

 「今日少し遅くなる」

 するとすぐに既読が付いた。はやっ。

 「わかった。18時過ぎるなら静かに入ってきて、ログインしてるから」

 「はいよ」

 俺が送ると、開いたままなのかすぐ既読。ピロッと気の抜けた音と共にすぐに返事が来た。

 「覗かないでよ」

 ののの、覗かんわ!!そんなことを思ってるとスタンプが来た。最近発売したヤマトがデフォルメされてジト目で睨みつけるやつだ。自分で自分のスタンプ……。

 とりあえず鳥がオッケー!って言ってるスタンプを返した。そのあとは見事に既読スルー。

 自転車を押して校門の方へ行くとリリは学校を出てすぐのところに立っていた。俺の姿を見つけると手を胸の辺りでフリフリ振っている。胸と手の遠近法の効果で手が小さく見えます。遠近法って何だっけ。

 「お待たせ」

 「いいよーん。いこいこー!」

 リリは自転車のカゴに遠慮なくバッグをぶち込む。まぁ奢る時はいつもの事なのでいいんだけど……。

 取り留めのない話題を話しながら歩いていくと、いつものスタバに来た。もう流れ作業で駐輪場に自転車を停めて店内へ。俺はアイスのソイラテでリリは限定フラペチーノ。こいついつもフラペチーノ飲んでるな……。だいぶ暑くなってきたのでこれからがシーズンなんだろうけど。

 会計を済ませて、それぞれ飲み物を受け取ると向かい合わせの低めのソファーに座った。リリさんは足を投げ出して雑に座ったせいで、スカートの中が危うくなっている。二年生は一年生と違って少しスカートを短くしたりメイクしたり教師への挑戦をしだすお年頃……。俺は紳士だから目を少し逸らしつつソイラテを一口。し、紳士だからね。

 「インフィニティの公式配信今日だね」

 リリは俺の紳士としての葛藤を他所よそに、フラペチーノをちゅーっと吸って言った。

 「だなぁ。ヤマトも出るんだよな?あれ何時だっけ?」

 「7時だったと思う。どうする?インフィニティで観る?」

 公式配信はインフィニティの世界のどこでも観ることが出来る。だいたいインしてる間に配信が始まったりするのでギルド部屋とかで観たり、マイルームで観たり、たまに変な時間にやったりするのでその時はスマホで観たりする。

 「まぁ……時間的にインして観るかな」

 「オッケー!でも何話すんだろ?赤王杯はまだ早いし……イベントはゴールデンウィークにあったし」

 リリは嬉しそうに足をバタバタしながら言う。危ない!見える!!見えてしまう!これはもう見ていいのでは!?紳士って何!?

 「さぁ……青王杯のインタビューとかじゃね?」

 「それ前に翔ちゃんやってたじゃん、別撮りでヤマトさんも出てたし」

 「たしかに」

 煩悩と戦っているせいで会話が上の空だ。確か自分が喋ってるとこ見たくなくてインタビューの動画観てなかったんだよなぁ。

 「?」

 リリは首を傾げた。うん、これは青!

 「お前、パンツ見えるぞ」

 そう言うとリリは片手でババっとスカートを押さえる。見えたけどね!見えてから言う卑怯者の紳士ですごめんなさい!!!

 「もう、恥ずかしいやん!直接言わんでよ」

 え?言わなくてよかったの?マジか~。

 「間接的に言ってって事~!席移るとか!」

 「なるほどな、ていうか俺何も言ってないんだけど」

 「顔でわかった……『見てよかったの!?』って顔してた」

 「すまん」

 見たんですけどね。そういう意味でもすまん。と言った。

  

 

 

 

 

 

 

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