第74話

 控室に戻ると、明日の決勝の説明をちょっと偉そうな人から受けた。試合開始の時間もちょっと早くて十八時からだそうだ。当然、それより前にログイン、控室に行く必要がある。色々な注意事項を確認させられた後、やっと解放された。

 賞金三千万がかかってるんだもんな。そりゃ「はい、じゃあ明日頑張ってね」だけで帰してもらえるはずないよな。

 ちょっと疲れたので部屋のソファーにどっかりと座る。感触も何もないのでこれと言って疲れがとれるわけでもないのだが。ていうか、リアルでも座ってるし。

 部屋をゆっくりと見まわすと視界の端にあった出入り口の扉が開くのがわかった。

 「……」

 誰が来るのか観察する。

 現れたのはジト目の無限王様だった。こちらにゆっくりと近付いてくる。

 「おう……お疲れ」

 何から喋ったらいいかわからず小麦粉さんみたいになってしまった。

 「……」

 ヤマトは何も返事もせず、俺の横まで来て突っ立っている。

 しばしの沈黙。

 俺も話そうと思ったが、何故か口が動かない。

 ヤマトの赤い目は俺をずっと見つめている……いや、睨んでいる?うーんどっちだろ。何を考えているのかわからないことが多いので身動きが取れなくなってしまった。ヤマトは立ってるし、俺も立った方がいいのか?いや、それも変だな。

 すると突然ヤマトは口を開いた。

 「……ごめん」

 「え?」

 それがあまりに唐突で意外過ぎた言葉だったので、聞き返してしまった。別に難聴ってわけじゃありません。

 「ごめんって言ってんの!」

 「あ、いや、うん……。俺もごめん」

 「何であなたが謝るとよ」

 「いや俺、酷いこと言ったし……」

 「それはもとは私が……。とにかく、ごめん」

 ヤマトはそれを言うと下を向いて黙ってしまった。少し顔も見えるが、それはもう今まで見たことのないような悲しそうな、辛そうな顔だった。

 なんちゅー顔してんだよ無限王。あんたにはそんな顔は似合わない。あんたはいつも凛々しくて、強く、自分勝手な王様なんだから。いつもみたいにドヤ顔でいてくれ。

 ヤマトから謝られるとは思わなかった。調子狂ったなぁ、話して最終的に俺が謝って王にお力を分けて頂くつもりだったんだけど……。

 もうこの話は終わりかな……。

 「明日はさ」

 俺が言うとヤマトは見る。その赤眼を俺も見つめる。いや、睨む。

 「雷天黒斧を使っていいよな?」

 「……」

 ヤマトは少し驚いたような表情をしたが、すぐにニヤリと笑った。

 「使わないと私が許さないから」

 そして顔をあげる。そこにはもう自信に満ちたいつものヤマトがいた。切り替え早いなー。

 「あと、今日の試合あんたのおかげで勝てた。ありがとな」

 「……?」

 ヤマトは少し首を傾げる。一瞬訝しげな顔をしたが、何か納得したのかドヤ顔に戻って頷いた。

 「ん。まぁそうやろうね。どういたしまして」

 どう納得したんだろうか……。詳細聞かれて説明してもまたちょっと機嫌が悪くなりそうだしこの話題はもうやめておこう。

 「今日はどうする?」

 俺は聞く。いつもみたいに相手の情報を教えてもらったりってできないし、ていうか明日こいつと戦うんだよな……急に想像できなくなってきた。

 「ログアウトした後連絡する。さすがに今日はここで二人で話してるのはおかしいでしょ」

 「まぁそうだな……」

 「私はここでログアウトするから、また後で」

 「ここで?明日の準備とかは?」

 「今日は、いい」

 「そうか」

 「あなたは?」

 「俺はカレンと小麦粉さんに挨拶してからにしようかなと」

 「そ、じゃあ、

 「ん?おう……」

 そう言うと、ヤマトは手を振ってログアウトした。

 

  

 とりあえず闘技場の外で待っているであろうカレンと小麦粉さんたちに合流しよう。俺は溜息交じりに部屋を出る。と。

 「うおっ!?」

 そこには大量のマスコミアバターさんが俺を待ち構えていた。気をつけてねってこれかー!!!!教えろよ!!!

 「カケルさんおめでとうございます!!明日の決勝への意気込みを!!」

 「カケル選手おめでとうございます!!!明日は無限王ヤマトとの対決ですが作戦は!!?」

 「今日の試合はいかがでしたか!?」

 「噂ではヤマトさんとはよく一緒に行動しているという事ですが、明日の試合への影響は無いんでしょうか!?」

 質問が矢継ぎ早に飛んでくる。もうほとんど何を言っているのかわからない状態だった。半分くらい同じ顔してるし、わけわかんねぇ……。

 「あの!明日はその、頑張りますんで!」

 俺がそう叫び気味に言うと、一瞬みんな止まったがまた質問ラッシュを開始する。こういう時は前にヤマトがやっていたあれだ。どっかに跳んで逃げよう。

 「あー!あの!俺行くとこあるんで!頑張ります!!」

 慌ててメニューを開いて転送先を探す。慌てすぎてアイテム使おうとしてしまった。とりあえず一番選びやすいとこにあったギルド部屋に跳んだ。

 なんだよ……行くとこあるんで!頑張ります!って。あー、もう絶対思い出したら叫びたくなる黒歴史になったわ今の。今思い出しても叫びそうだもん。

 当然部屋には誰もいない。下手すりゃまだ闘技場にいるだろう。

 とりあえず椅子に座り、チャットを送ろうとしていると、すぐさまカレンと小麦粉さんがテレポートで跳んできた。

 「カケル大変だったね~……」

 カレンの第一声はそれだった。どうやらどこかから見ていたんだろう。

 「見てたのか……」

 「うん、外がすんごい事になってたからチャット送ろうと思ったんだけど送れんかった」

 「あーなんか控室にいる時は外部とのやりとりは制限されるって言ってた気がする……」

 「それでかぁ……。まぁとにかくおめでとうカケル、何とか勝てたね!」

 カレンにしては大人しく満面の笑みで言う。普段ならガッツリ近づいてきて手でも握ってくるのだが……まぁ感覚フィードバックもないしいいんだけど。

 「ありがと」

 「お疲れ様っす!」

 「あざっす!!!」

 小麦粉さんは相変わらずのお疲れ様!安心する!試合前「応援してまっす!」だったから結構不安だったのよ!

 カレンは溜息を吐きながら椅子に座る、ケモ耳も前に倒れ込んでしまっている。なんなのこれ?感情フィードバックシステムでもあるの?

 「なんか元気ないな」

 「いやー、もうカケル見てたらずっとハラハラしちゃって……。勝てたら一気に気が抜けてさっきから震えとる。ほんとよかったぁ~」

 カレンはそのままふはぁ~と机に突っ伏する。

 「なんかありがとな、ほんと」

 「そう思っとるなら賞金でなんか奢ってよね!」

 カレンは指をピシッと俺に指して言う。

 「わかってるって、何でも奢ってやるよ」

 「今なんでもって言ったけんね?忘れんとよ?」

 俺が黙って頷くとカレンの耳が少し立ってきた、ほんとすげぇなそれ。もちろんカレンのお母様にもお土産は忘れないぞい。

 「明日はヤマトさんだね」

 「だなぁ」

 「勝てそう?」

 「とりあえず、またニューワールドで出来るから五分五分……かな?」

 実を言うと三分七分くらいかな……。いや、二分八分?

 「ふーん。話したんだ。ヤマトさんと」

 「お、うん……。話した」

 「ふーん」

 あ、あら?意外と興味なさそうに返事するのね……。その後どうだったの?とか何とか言ってくるのかと思い待ってみるが、何も言ってこないし。

 うーん。わからん。

 そういえばヤマトがあとで連絡するって言ってたし、俺もここでログアウトするか。

 「俺、今日はここでログアウトする。応援してくれてありがとな」

 「うん、明日も応援するから、頑張って」

 カレンは座ったまま手と耳をフリフリ。

 「お疲れっす!」

 小麦粉さんもにこりと笑って敬礼した。

 


 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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