第18話
桜が脱衣所から出るとさっさとシャワーを借りた。汗でびっしょりのパンツは軽く洗ってドライヤーで無理矢理乾かして履いた。
脱衣所を出ると、桜はまとめていた髪を戻してPCを見ていた。さっきのあの髪も似合ってたのに……。それにしても少し離れて見ると背筋もよく、等身大の人形でも置かれているのではないかと勘違いしてしまうほど綺麗に何もかも整っている。横から見たらまつ毛も長い。
「あがった?」
桜はPCを見たまま言う。人と話をするときは人の方を向きなさいっての!
「あ、うん。ありがとう助かった」
桜は隣のPCデスクを指して座るよう勧めた。そこにはコーヒーが置かれていて、俺は砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。糖分は欲しかったところだ。
「とりあえず、今後の事だけど、あなたの家の環境が整うまで、できる限りインフィニティのインは私の家でしなさい。親にはバイト始めたとか言えばいいでしょ」
「いやいや、すっごく簡単に言ってくれるけどサ。準優勝するってのもそんな簡単なことじゃないし……。しかも、ここと家、意外と距離あるだろ、チャリで通うとか疲れるし嫌なんだが」
「はぁ、よっぽど運が悪くなければあなたが決勝まで上がれないことはないし、移動費は私が出すから……これ、タクシーチケット」
そう言うと俺が座るデスクに小さな冊子を放り投げた。
「タクシーチケット?」
「知らない?それ一枚ちぎってタクシーの運転手さんに渡したらどこにでも行ってくれるやつ」
何それ……知らない。え、やば、どこにでも行ってくれんの???
「使ったら私に請求来るから移動費は気にしなくていい、でも勝手に変なとこに行ったのもわかるからその時は金取るわよ」
「しねーよ。そんなこと」
東京とか行けるじゃんって考えたのは秘密にしておこう。ていうかすげーな、ほんと貯金いくらあるんだよ。
「つーか、何でここまでしてくれんだよ」
「言ったでしょ?目を付けてたって」
「それだけじゃあんまり理由にならない気がするんだが」
そう俺が言うと桜は少し黙って間を置いた。そして選ぶように話し始める。
「なんでだろうね。私、人のプレイは研究するために観るんだけど、だいたいこうすれば対応して倒せるってわかっちゃうの。武器もまぁトリガー使わずにあの威力だしね」
わかっちゃうなんて簡単には言うが桜の域に達するためには相当な努力、実力、才能が必要だろう。
「だけど、あなたのは全然違った、もうほんと意味が分からなかった。だからワクワクした。すごく、単純に興味が湧いた」
桜の話す姿は心なしか楽しそうに見えた。
「一歩も動かずに正確に弾を撃つ。何をしたら、こいつを動揺させて動かせるんだろう!って、まぁ答えは戦っちゃうと簡単だったんだけどね……。あなた、あんまり動くとラグるんでしょ」
「ラグるって言うか、自分が動くと狙いがたまに外れちゃうから……」
「それラグってんの!自分が動くとラグって相手の位置勘違いしちゃうから外れるんよ!もう……。戦った時最初のフェイントバレてて、本当にすごいと思ったけど、急に動きがおかしくなってすぐ倒せちゃったから、ムカついて文句言ってやろうと思ったら控室にいないし……。待って話してみたら原因がほんとしょうもないことだったから頭に血が上ってこいつの住所特定してニューワールドでも送ってやろうかと思ったら意外と近くに住んでて」
え、後半こわっ!人ってそんなすぐに住所特定していいんですか!?
更に桜は続ける。
「とりあえず頭冷やして、キモい奴に送り付けて喜ばれてもそれはそれで
あのご近所さんの塀に寄りかかってたことか!
「いやいや、いやいや……怖すぎやろ……」
もうこれ桜がここまで可愛くなかったら警察にお話を持っていく案件だったのでは??ちょっと可愛いくらいだったら警察行きますよ?たぶん?おー!めいびー?
「それで家に上がって環境を見たらほんと気絶するかと思った。まぁユニーク武装を出したら動けないって言ってたからそうじゃないかとは思ってたけどね。あれだけ呼び出すといちいちサーバーからダウンロードする仕様だし」
そんなにですかね……まぁ少し古いのはわかっていましたよ?でもお小遣い制でね?しょうがなかったんですよ!ていうかユニーク武装が重いのってそれか!
「まぁ、逆にあんたのその先読み?直感の鋭さの原因も分かったけど」
「というと?」
「低速でずっとやってて、奇跡的に低速でやってることもわかることがなかったから、身体が慣れたのよ。VRゲームは他のゲームと違って意識の没入度が違う……。そこであんな低速環境でゲームしてたんなら身体が無理矢理にでも慣れてしまう。いつの間にか相手だけじゃなくて周りにあるものも何もかも観察して、感じ取って、考えられる未来の出来事の正解を選ぶ力を得てしまった。ただの勘と言ってしまえばそれまでやけど……。しかも今まで対人戦をしたことがないならほとんど困ることがなかったはず」
たしかに、モンスター戦は避けて戦うというよりは仲間から防御を上げてもらったり、じゃぶじゃぶ回復してもらったり、すぐに蘇生してもらったりになる。それでもパターンがわかってくると攻撃に当たらないで倒せるようにはなる。それが上手くいかないモンスターは新規イベントの攻略法がわからないものとかそんなものだ。
「あー……」
「こんな奴をこんな環境でやらせるのはもったいないって思ったのよ……」
桜はコーヒーで喉を潤した。
「だから、明日もうちに来て敗者復活戦をしなさい」
信用してもいいんだろうか、別に疑っていたわけではない。ただ、ここまでしてもらう理由がわからなかった。だけどここまで話してもらったなら俺も勝ちたいし、信じてもいいのではないか?
「わかった……じゃあ、明日も来るよ」
「あのお母さんにはバイト始めたとか何でもいいから言っといてね。あと私がヤマトなのは秘密で」
そう言うと桜は手を差し出してきた。
「一応、握手。よろしくってことで」
桜を見るとなぜか口を尖らせて言っていた。
「いやなら別に握手しなくてもいいんだが」
「い、いやじゃないわよ!」
桜は俺の手を勢いよく握った。その手は柔らかくて意外にも大きかった。でも見た目の人形っぽさからは想像もつかないくらい暖かい手だった。
「よろしく」
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