新宿のキノコ人間

@ns_ky_20151225

 新宿御苑の入場券売場前で、青と赤の模様をまとっているキノコ人間が一体、風で散らばったゴミを拾い集めていた。蹄が舗装を踏む硬い音がするが、街の騒音の中では響かない。

 朝からよく晴れた春の休日。季節の変わり目の風は止まず、行き交う人々は髪や服、荷物を押さえている。御苑は開いたばかりで混雑はこれからだが、規制区域のすぐ外ではクレープ屋台の車が準備を始め、甘い香りを漂わせていた。

 大迫徹は、チョコレートとナッツのクレープと、自動販売機で渋めの茶を買い、入場券売場の向かいの植え込みを囲っているブロックに座った。

 親指に垂れかかった熱いチョコレートをなめ、もう片方の手で端末を操作する。

 さっきちらりと見たクレープ屋台のレジ端末に予備侵入を行い、出荷時の初期設定のままだと確かめると、すぐに本番の侵入を始めた。

 約五分後、レジ端末を踏み台にして茶を買った自動販売機を乗っ取り、そこからキノコ人間と回線をつないだ。拾ったゴミのうち、分解不能なものを集積ボックスに捨てている。

 侵入警報が発せられないか少し待って確かめ、歯に挟まったナッツを舌でほじくりながら、目の前のキノコ人間、『CMS-FWU-7202064』のデータが流れてきた端末を膝に置く。それからパーカーのポケットに手を突っ込むと、手探りでチューブの中身のペーストを人差し指に絞り出した。

 そのまま出した手にクレープを持ち替え、包装紙にペーストをなすりつける。

 チョコレートは冷めてきている。クレープを食べてしまうと、『CMS-FWU-7202064』に命令を書き込み、接続を切った。自動販売機とレジ端末は、侵入したのと逆順に後始末をし、痕跡を消した。

 端末をポケットに突っ込むと、渋茶の瓶を手に持ったまま立ち、ゴミを捨てに行くようにしてキノコ人間の風上側にまわる。風が強くなってきた。

 突風が塊のように吹き過ぎた時、手に持った包装紙を離した。それはキノコ人間の足元に転がり、素早く円い蹄で押さえられた。硬い音がした。規定通り五秒停止し、制止の合図や呼びかけが無いか確認している。誰にも制止されず、包装紙は分解可能ゴミなので、キノコ人間はその場で足首から菌糸を伸ばし、分泌液で分解、吸収を始めた。

 風で乱れた髪と服を直すふりをしながら、キノコ人間から距離を取って待った。

 キノコ人間は直立した。初期姿勢になる。

 ほぼ同時に、子供の大声がした。

「キノコさんだぁー」

 少女は、大きくはしゃぐと走り出し、勢いをつけたまま足に抱きついた。

 徹の端末ではカウントが始まった。

 キノコ人間が振り上げた手の甲が、いったん離れて側で見上げる少女の顎に当たった。

 驚いた顔で息を吸い込み、母親の方を向いた少女は、一拍おいてから大声で泣きわめく。すぐに駆け寄った母親は打たれた顎や口の中を調べた。

 キノコ人間『CMS-FWU-7202064』は、周りの人々が少女と母親に注目するざわめきの中、阿波踊りの姿勢を取ったところで異常命令を検知し、動作を停止した。

 端末のカウントは2.11秒で止まった。

 誰かが救急車を呼び、数分後にやってきた頃には少女は泣き止んでいた。恐縮して乗車を断る母親と少女は救急隊員に促されて運ばれていった。

 野次馬が散り、その流れに乗るようにして徹もその場を歩き去った。後は振り返らない。飲み干した茶の瓶にペーストのチューブを入れ、通りすがりの店先のゴミ箱に捨てた。

 それから街をうろうろとでたらめに歩き回った。キノコ人間があちこちに立っている。身体を構成している菌類が様々に発色しているため、一体ごとに色や模様が違う。色とりどりの人型都市整備ロボットは、清掃、公共物の補修、街路樹の手入れなど、それぞれが割り当てられた仕事を行っていた。

 『都市芸術連合』のアルファから徹のアカウントであるYb4A%宛にメッセージが届いたが、件名だけ見て放置した。

 昼になり、新宿駅地下街に降りた。最初に目に入った店で天丼を食べながら、Yb4A%とは異なる読み取り専用のアカウントを使い、自分に関する噂を確かめた。

 都市芸術連合の集会場には群れの皆が顔を出していて、それぞれの発言が嵐の日の枯れ葉のように飛び交っていた。意見は真っ二つに割れている。ひとつは、Yb4A%はだめだがすごい、もうひとつは、Yb4A%はすごいがだめだ、だった。そして、全員がYb4A%に説明を求めていた。

『無関係の他人に迷惑をかけてしまったとは言え、公式カウント2.05秒は新たな伝説だぞ。我々は1.2秒クラブが出来た瞬間に居合わせているようなもんだ』

『いや、伝説級の仕事なのは認めるが、子供に怪我をさせてどうする。それは我々が社会に提供しようとしているアートじゃない』

『いずれにせよ、Yb4A%がここに現れるべきじゃないか。おい、見てるんだろ? 群れの仲間に挨拶も出来なくなったのか』

『それはそれとして、子供はどうなった?』

『防犯カメラ映像、今確かめた。何でもないようだよ。警察は来てない』

『CMSは?』

『動いた。すぐに担当がセンター飛び出した。菓子折り持って』

『そっちじゃなくて』

『キノコ人間は回収された。踊りの姿勢で固まったまま。やっぱり警察は立ち会ってない。動かないのかな。どんな菓子折りか知らないけど、親は訴えないんじゃないか』

『どうやったんだろうな。2秒超えだぜ』

『多分、ドライとウェットの併用』

『そうか、Yb4A%はウェットも使えるんだ。惜しいな。惜しい』

『おい、もういなくなる人扱いかよ』

『だって、怪我させたんだぜ。テクニックはあってもアートじゃない。追放、だよな』

『それは結論急ぎすぎ。もうちょっと待とう。Yb4A%もほとぼり覚めるの待ってるんじゃないか』

 後は同じ議論の繰り返しなので集会場を閉じた。海老の尻尾をかじり、茶を飲むと店を出た。ジーンズにチョコレートが垂れていた。

 歩きながら、防犯カメラ映像の内、少女が叩かれた前後十分ほどを請求して端末に落とした。いくつものネットワークを経由しているので遅い。落とし終わった時には新宿駅の西側に出ていた。

 観光客の大きな荷物をすり抜けて空いているベンチに座り、映像を確かめた。特に包装紙を離す手つきとその後距離を取る自分を何度も繰り返して見た。

 しかし、集会場を見てみると、その動きは話題にもなっていなかった。それどころか、防犯カメラ映像の詳細分析すら行われていなかった。一番盛り上がっていたのはYb4A%の扱いについてだった。

『そりゃ、追放だろ。何度でも言うけど、あれはアートじゃない』

『いや、警察動いてないんだし、子供は気の毒だけど、意図的に狙ったんじゃない。転んだようなもんさ。ホントは踊らせたかったんだろ』

『そうだよな。なんせ2秒超えたんだ。テクニック知りたいよ』

『おい、ズレてるぞ。群れの目的を忘れたのか。我々はそこらのテクニック自慢とは違う。アーティストだ』

『説教はいいよ。それよりYb4A%の講義が聞きたい』

『じゃあ、テクニックの話をしてやる。2秒超えは立派に見えるけど、セーフティー弱めたのは文明的なやり方じゃないよな』

『確かに。それは野蛮。認める。2秒超えできたのはそのせいって言いたいの?』

『他に異常命令の検知が遅れた理由あるか。子供が圏内に入っても動き続けたくらいだ。Yb4A%はセーフティー弱めて時間稼ぎしたんだよ。アートじゃないってのはそういう意味』

 集会場から抜ける。徹はまた歩き出そうとした。


「すみません。撮ってもらっていいですか」

 外国人観光客が二人、停止直立状態のキノコ人間をはさんで笑っている。日本語音声は胸にぶら下げた端末から出ていた。渡された端末で撮影する。

「ありがとう。新宿だけなんですよね。都市整備ロボットのテストをしているのは」

「どういたしまして。二年ほど前からです。キノコ人間って呼んでます。一万体ほどいますよ。詳しくはここで」

 頷きながらCMSのキノコ人間の紹介リンクを投げた。

「なるほど。都市整備システム社 - 菌類作業ユニット(City Maintenance Systems - Fungus Worker Unit)。どうもありがとう」

「良い旅を」

 明るく笑って手を振る二人を後に歩き出した。あちこち動き回り、止まってはメッセージを確かめ、読み取り専用アカウントで集会場を開く。


 日が沈むと弁当と菓子を買い、御苑の北にある社員寮に帰った。休日の日没後だと言うのに何か行事をやっているのか、近くの学校から放送が聞こえてくる。あちこちに響いて、人の声だと分かるのに、内容は不明瞭になっていた。

 寮の玄関と部屋の扉の錠は接触式の指紋認証で、十年以上前の古い型だった。指を当てると、いつものように『大迫徹 351』と名前と部屋番号が表示された。預かり荷物などはなかった。

 ベッドに転がると、靴下を足で脱ぎ捨てた。端末は机の大型モニターと自動的につながり、そちらは大画面用表示で映された。

 別々に使っているアカウントそれぞれにメッセージが届いたり、様々な処理や対応を要求したりしている。徹は簡単で即決できるものから片付けた。

『群れに顔出せ。アルファ』

 最後に残った件名が点滅していた。都市芸術連合の集会場に入る。文章の癖をなくし、うっかり個人情報を書いていないか確かめる処理を通してから暗号を掛け、あちらこちらを経由する。処理能力とネットワークの負担を減らすためにテキストのみにした。

 最初の文章は、性別の分かる一人称と、所在地を推測され得る言葉が反転されたので修正して送信した。

『群れの皆、心配かけて申し訳ない。気が動転していたんだ。議論は確認した。抜けるよ。皆の言う通り、あれはアートじゃない。セーフティーを弱めたのもその通り。2秒超えしか見えてなかった。迂闊だった』

『よく来てくれた。そうか。残念だけど、その判断は正しい。でも、テクニックは認めるよ』

『惜しいな。ウェットが使えるのに。キノコ人間でパフォーマンス・アートするにはぴったりのテクニックなのに』

『なあ、まさか、自首とか考えてないよな。警察は動いてないみたいだよ』

 最後の質問に答える。また性別の分かる一人称が反転する。修正。

『子供に怪我させたからには自首すべきなんだろうけど、そこまで立派じゃない。隠れるよ。仮に捕まっても群れの誰ともつながりは無いから大丈夫』

『じゃあ、さよなら』

『さよなら。どこかで、別のアカウントで会えるといいね』

『皆、ありがと。覚えたテクニックをアートに出来るよう頑張る。さよなら。また会ったら初めましてで』

 集会場から抜け、Yb4A%アカウントを廃棄した。大画面からそれに紐づいていた都市芸術連合関連の情報が全て消えた。その分の隙間が間の抜けた空白になっている。

 それはそのままにしておいて、徹は弁当を温めて食べ、シャワーを浴び、あれこれと雑用を片付け、仕事の準備をして寝た。すぐに朝が来て、いつものように出勤する。


「大迫、一号の酸性度チェックお願い」

「分かりました」

 制御卓についた徹は分解タンク一号のデータを呼び出した。正常値の範囲だがふらついている。菌が最大効率で働いていない。

「班長、ふらつきです。また例のアレっぽいです」

 班長は徹が整理したデータを見て顔をしかめた。

「しょうがないな。大迫、悪いけどしばらく張り付いて様子見ててくれるかな。これ部長に見せてくる」

「はい。均衡取っときます」

 手を振って管制室を出ていく班長を横目で見ながら、徹は中和剤を微量投入し、温度を下げた。表示画面を流れるデータから進行中の反応をさらに微調整する。そこでは食品廃棄物が撹拌され、菌によって元が何であったか分からない茶色の粉末へと変化している。

 映像を呼び出すと、銀色のタンクに投入される食品廃棄物が見えた。郊外の工場に運ばれたそれらは制御下で分解され、飼料や肥料になったり、工業原料となる化学物質を抽出されたりしていく。

 けれど、今徹が見ているのは廃棄物と言うようなものではなかった。採れたばかりの野菜だった。隣の画面で業界紙を検索して開くと、豊作になりすぎたとあった。続いて、廃棄は価格を適正に保ち、赤字幅を最小にする合理的判断だと書かれていた。

 投入されていく採れたての野菜は土がついたままだった。それが酸性度のふらつきになっている。

「洗って持ってくるはずですよね。何で契約守らないんでしょう」

 戻ってきた班長にあきれたように言った。

「だよなあ。あいつらどうせ出荷しないんだからって洗わないんだよな」

「部長、なんて言ってました?」

「こっちで洗おうかって。洗浄機入れて」

「また儲け薄くなりますね」

「だからさ、ふらつきのデータ、ちょっと頼むよ。部長、今度本社に行くからもう少し大変なことになってるってデータだと説得しやすいってさ」

 班長の方を見ると、口調に反して目は真面目だった。

「ほら、今だと大迫が凄腕だから上手に収めちゃうでしょ。それだとまあいいじゃないかってなりそうなんだよ」

 班長は徹が操作している画面を指差しながら言う。そこに目を戻しながら言った。

「契約守ってもらうのが一番簡単なんですが」

「それ、一番難しいから。うちが泣きましょ」


 その夜、仕事が終わってから、班長に誘われて飲みに行った。いつもの馴染みではない居酒屋で、狭い路地にあった。

「三年目だっけ。新卒だったよね」

「そうです」

「何で、うちに入ったの? 本音で」

 煮物を取りながら聞いてきた。徹はビールを飲んだ。

「技術職ですけど、新宿で働けるからです」

「はは、そうだよねえ。こういう仕事は大抵現地工場に行くもんだから。うちはその点はいいね」

 カウンターに五人ほど並べるだけの店だった。二人は端に詰めて座っている。

「最初驚いただろ。食品廃棄物って言葉から想像するのと違いすぎて」

「はい。もっとどろどろに腐ってる得体の知れないものの処理だと思ってました」

「私もそうだった。でも実際は……」

 班長はビールを飲み干し、冷酒に切り替えた。徹にも指差しで聞いてきたが、そのままビールと合図を返した。

「……泥のついた採れたて野菜っと」

 冷酒をぐっと飲んだ。

「それに、期限ぎりぎりってだけのや、手もつけてない宴会の残り。形残ってるし、色だってきれいなままですよ」

 徹も後を続けた。汗をかいたコップを傾ける。色濃く炊かれた貝の佃煮をつまんだ。

「それ、気に入ったの? こっちにも」

 班長が追加を注文し、自分もつまむ。それから話を変えた。

「いつもの愚痴は止め。ところで、大迫はオリンピックの後だったっけ」

「いえ、ちょうどです。二十年生まれ」

「へえー。もうそんなになるんだ。私ゃにきび面だったな。すごかったよ、オリンピックは」

 いつもの愚痴は止まったが、代わりにいつもの昔話が始まった。徹はおとなしく聞いている。

「すごかった。ほんとにすごかった。そこら中人だらけになって。日本人ばかりじゃなくて。私みたいな子供にまで翻訳機を貸し出してた」

「翻訳機? 専用機ですか」

「当時はソフトだとバッテリーは食うわ、機種による調整が大変だわで専用機になった。けど馬鹿にしちゃいけない。そりゃ今のに比べるとアレだけど、挨拶と道案内くらい出来たよ」

「GPSは?」

「二十年の話だよ。受ける側によっちゃまだメートル単位の誤差があった。土地勘のない奴はかえって迷ってた」

 徹も冷酒に変えた。鯵のなめろうを箸に乗せて口に運ぶ。

「それ、ちょっともらってもいい?」

「どうぞ。あ、気にしないで。直でいいですよ」

 そう言ったが、班長は箸をひっくり返した。

「だけどさ、あんなに人が来たのに、結局は赤字だったな。市場移転とオリンピックは真っ赤」

「落とされた金より建物作ったり壊したりするほうがかかったんですかね」

「それにしても赤字になりすぎだよ。今になって思えばそれで良かったけど」

「良かったんですか」

「東京の力が弱まって他と均衡が取れた。タンクの中と同じだよ。数値がひとつだけ尖っても困るだろ」

「そうですね。なるほど」

 酔いのまわってきた班長は、昔話と社会批評を混ぜて話した。徹はつまみを適当に注文しながら頷いている。

「だろ。それに、後の都知事はそれに懲りたのか夢みたいな大計画はしばらく言わなくなった。あれは別だけど。知ってるよな、さすがに」

「何ですか。ああ、伝染病の」

「あんな非科学的な政策に皆乗っかった。どうかしてたんだな。赤字のせいで。住みよい街を作るとか何とか言われてころっと、な」

「子供の頃、母に言われました。近寄っちゃいけない、怖い病気になるからって」

 班長は、お品書きの札をまるで機器を点検するような目で見比べている。

「熱に浮かされてたんだよ。伝染病だけに」

 ニヤリとする班長に合わせて笑顔を作った。

「車に乗せられるの見ました。嫌がってたな」

「可能性って便利な言葉だよな。科学的な裏付けがなくてもその気にさせられちまった」

「ですね。不衛生で栄養状態の悪い路上生活者は、新型伝染病に感染しやすく、菌を保持して広げる『可能性がある』って言われたら不安にもなる」

 徹は文章を読み上げるような口調で言った。

「私なんかころっと騙されたさ。今思えば冷静で科学的な意見を言ってた人もいたけど、寄ってたかって叩いてたな」

「彼ら、どうなったんですかね」

「まあ、そこは嘘は無かったな。職業訓練をして、生活保護を与えつつ定職につかせた。だから、これだって終わってみれば悪くなかったかもな。少しだけど、労働力を確保できたって意味では」

「街の眺めも良くなったし。公園や高架下はすっきりしましたよ」

「その代わり、今はキノコ人間がいるけどな」

「あれは迷惑じゃないでしょう。掃除とかしてるし」

「おい、ロボットの方が良いって言い方だな。まるで」

「あれ、ホントだ。どうかしちゃったのかな」

 班長はそう言った徹を横目で見て酒を飲み干し、じゃあ、そろそろとなった。締めに鮭茶漬けを食べ、遠慮する徹を手振りで抑えながら班長が支払った。

「ごちそうさまです」

「おお、構わんさ。寮だっけ。いいなあ、歩いて帰れる。それじゃ、気をつけて」

 駅の方へ行く班長が角を曲がるまで見送って、徹は反対方向へ歩き出した。

 途中、近道をするため公園を抜けると、掃除をしているキノコ人間がいた。肩から腰にかけて帯状に発光しており、安全ベストをつけた人のようだった。それを目の隅においたままカフェイン抜きのコーヒーを買ってベンチに座った。生物発光の緑がかった光がぼんやりと手元まで届いている。

 端末を取り出すと、都市芸術連合の集会場の記録を開いた。半年前の日付だった。


『Yb4A%。おめでとう。公式カウント1.24秒。もう新参者じゃない』

『やったな。群れ加入半年もしないうちにクラブ入りはなかなかだぞ』

『それにしてもどうやった? 真っ昼間に発光させるなんて。体内時計いじったのか、それとも環境センサーか』

 徹が答える前に誰かが割り込んだ。

『新参ですまん。連合になる前、初代のアルファは何をやったの? 1.2秒の由来は?』

『キノコ人間にクラウチングスタートの姿勢を取らせた。1.2秒間。それまで侵入不可って言われてたけど、そうじゃないって実証した。伝説だよ』

 その話が終わってから、徹は昼に発光させた方法を公開し、皆からの質問に答えた後、アルファが言った。

『Yb4A%、これからの活躍を期待する。でも忘れるな。我々はそこらの群れみたいにテクニックを見せびらかすだけの退屈な奴らじゃない。アーティストだからな。社会にアートを提供するんだぞ』

 その約一ヶ月後の記録まで送った。

『またやったな。Yb4A%。ジャンケンは良かった。でも、本当はキノコ人間も同時に動かすつもりだったんだろう。そっちはミスしたな』

『そう、失敗した。あの大画面は狙ってたんだけど、それだけじゃ面白くないから、キノコ人間も同期パフォーマンスさせたらアートっぽいと思ったんだけど』

『分かる。発想は良かった。新宿駅前の巨大ディスプレイだもんな。皆狙ってた。失敗の原因は?』

『防御が堅くなってる。ドライだけじゃ限界かも。ウェットを修行してみる』

『Yb4A%はウェットも分かるのか』

『ちょっとは』


 巡回の警官が通り過ぎて行った。徹は立ち上がり、空き缶を集積ボックスに捨てた。寮に帰り、シャワーを浴びた。眠くなるまで次の芸術活動の案を練り、メモを取った。

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