2-2
◆◆◆
「父上!」
慌ただしい足音を立てて執務室へ現れたロビンに、王は片眉を上げた。
「どうした。珍しいな、お前がそんな大声を出すなんて」
「えっ? あ、すみませんお仕事中に……じゃなくて! 兄上が!」
「……またあいつか」
ペンを持つ王の手が痙攣するように一度震え、深々としたため息が髭の下から吐き出される。幽閉生活二日目にして一体何をしでかしたのだバカ息子め、と眉を顰めた王は、今にも泣きだしそうなロビンの声で現実に引き戻された。
「……消えてしまったんです」
「……。消えた? レグルスが?」
まるで予想外の言葉に、目を瞬かせる。
部屋に入った時の勢いはどこへ行ってしまったのか、ロビンはいつもの猫背を更に丸めてぼそぼそと続けた。
「今朝、朝食を運んだ時には、もう姿がなかったのだと……兄上のことですから、悪戯のつもりで隠れてるんじゃないかって、皆で部屋中探したんですが、どこにも……」
ぐす、と鼻を鳴らしてロビンが肩を震わせる。
平素であれば泣いていないでしっかりしろと叱り飛ばすところだが、今回は事情が事情だ。気の優しい次男坊のことだから、心配で気が動転したとしても致し方あるまい。
そう思う王自身も胸騒ぎを感じ、ペンを置いて立ち上がった。
「……扉が開けられた跡は?」
「いえ……妙なところといえば本棚が荒らされていたくらいで、他には何も。古い本が何冊か見当たらないそうですが」
それで要らぬ知恵でも付けて脱走したとでもいうのだろうか。そんな馬鹿な。
たとえば魔法使いなら密室からも容易に抜け出せたろうが、レグルスはただの人間だ。人並み外れて容姿が整っている以外は何の変哲もない、ただの若者なのだ。
そもそも魔法も呪術も失われて久しいこの大陸で、どこを探せばそんな大層な術を操る者が……いや。
いるではないか。王の知る限り、たったひとりだけ。
王は一つの可能性に辿り着き、目を瞠った。
「……あの女」
「女? ……あ、そうだ!」
おろおろと視線を彷徨わせていたロビンが、何やら思い出したように声を上げる。次いで突き出した手に握られていたのは、萎れかけた一輪の花だった。
慎ましやかな野草を思わせる細い茎、鉤爪のように巻いた特徴的な花冠、そして華やかに開いた青紫の花。
どこかちぐはぐな印象を与えるその花の名を王は知らなかったが、塔の一室で何が起きたのか理解するには十分だった。
「部屋に落ちてたんです。すごい色ですよね。見たことのない花ですが……父上?」
何かご存じなんですか、と問うたロビンの声は遠く、王の疑惑は確信へと変わる。
「これ以上、この老人から何を奪おうと言うのだ……預言者よ……」
苦悩を秘めた王の呟きは、分厚い絨毯に吸い込まれて消えて行った。
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