日差し

 おかしい、と俺は思った。


 さやかの幼少期を追体験しているはずなのに、途中から何だか変だ。


 娘である爽に虐待していた風景は一向に現れず、父親はいい親として俺の目に写った。そんなはずはないと思いつつも、見せられている映像に心が揺らぐ。


『子どもを抱えて奥さんに先立たれて、それでも仕事と育児を両立させている佐藤さんはすごいわ』


『いえ、そんなことは』


『奥様のために買った家を売りさばくこともせず、お嬢さんと一緒に住んでらっしゃるんですもんね』


『……』


 日暮れの影が住宅街を照らす中、佐藤翔琉は井戸端会議に捕まり近所のおばさま方の話し相手をさせられている。なにか言いたげなのに口をひらけない佐藤翔琉ー爽の父親は、およそ業界のパイオニアとは思えないほど暗くやつれた顔をしていたが、話し相手はスターの仮面を佐藤翔琉に勝手に当てはめて彼の心情を慮りはしない。


 長く憂鬱な会話が終わったのだろう。佐藤翔琉は追い詰められていた。家を売れないのは土地が安くなったからで、仕事は絶不調でゴーストライターを雇い、育児はほとんどせずむしろ娘を家政婦のように扱っていた。育ち盛りの娘を抱える親としての不満や苛立ちを受け入れる器はなく、ただ借金だけがかさむ負のスパイラルに同業者すら気づかなかった。


 そんな父親を、爽である俺は支えなければと力を入れていた。


 小学校低学年ながら父親の布団を畳み、父親より早く起きてはコーヒーを淹れ、父親の好む夕飯を作り、父親の仕事仲間を接待した。


『賢いお嬢さんですね』


『ええ、まあ』


 苦笑いする父親に気づかず、ゲーム制作会社の男性の褒め言葉ににやついてしまったある日、爽は父親に殴られた。


 よくも俺を貶めたな


 その意味が爽にはわらなかった。自分が褒められることは父親の格をあげることだと信じて疑わなかった爽は、初めて父親の異常性に気づいたが、もう遅かった。


 父親は生ぬるい虚栄心から、娘に”幼くあること”を要求した。爽を爽たらしめていた家庭内の仕事を奪い、寝食だけを保証した。大人顔負けの社交性を身に付けてしまった爽に、無邪気さを強要した。


 爽は耐えきれずに、家を抜け出した。そして何気ない遊びのお誘いの風で、俺を呼び出した。


 俺は最近遊んでくれなくなった爽がまた遊びに誘ってくれたのが嬉しくて、日没後の暗い住宅街のなかを、爽と一緒にいつもの公園へ向かった。


 公園は講義を終えた大学生のたまり場になっていた。やいやいと教員の悪口をいいながらこの寒空の下缶ビールを煽っていた彼らにとって、俺たちは格好の遊び相手だった。


 その日だった、爽がやられたのは。


 俺はますますわからなくなった。追い詰めれた父親の気持ちはわからないでもない。しかし彼の思念とやらがこれを見させた理由はなんだ? 自分のやったことを正当化するつもりなんだろうか――


 あっと俺は声を出した。


 佐藤翔琉は爽が犯される前から虐待していた?


 爽が処女じゃなくなったから虐待したというのは、これも正当化の手段だったのだろうか?


 俺は固まって動けない幼き頃の自分に見つめられながら、記憶の旅を終えた。

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