前借り

 ショッピングセンターの前のショーウィンドウにとある10代少女は羨望の眼差しを向けていた。財布にある金にもう1つは0を足した額である服は到底買えそうにない。せめてみるだけならと通いつめていたある日、年齢不詳な成人女性に声をかけられた。「未来のあなたが着ている服、みたくない?」好奇心から女性についていった少女は、ありふれたタブレットからそれ眺めることとなった。

 「格好いい」が「欲しい」に変わるのにはそう時間はかからなかった。少女の気持ちを察した女性はこう囁く。「前借り出来るわよ?」

 どんなシステムでそれが出来るのかは理解していない。しかし、少女がショーウィンドウにあるものよりも華麗で可憐な服を着て街を歩けたのは事実であった。


 やがて仕事に就いた少女は、同僚からの結婚式の招待でそれを思い出した。どんな服を着ればいいかわからないからとりあえず教えてもらおう。軽い気持ちで街を歩くと、不思議なことに昔会った女性にまた遭遇した。自分のドレスを手に入れた少女は周りに羨ましがられながら式に参加した。

 そのうち少女自身も結婚し、子が生まれ、それに伴う様々なイベントを控える度に、服を“くれる”女性に会った。いつしか何故得られるかを考えることすらやめ、得られるのが当たり前となっていった。


 子供も巣立ち、夫にも先立たれたその少女は、静かに老後を過ごすことになる。今となっては服なんていうくだらないものに労力を費やしていた昔が懐かしい...そう過去の記憶に耽っていた彼女から急に服が消えた。まだ現状を理解出来ていない彼女の前に“いつもの”女性がまあ現れ、「数年前のあなたが欲していたので」と告げて静かに立ち去った。

 すぐに新しいものに気を取られていたから気付けなかった...。幸いにも昔と違って貯金のある彼女は、服を買いに行く為の服を購入しようと、久々に自分のタブレットを手に取った。

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