リベレイター

MANYO

少女と流浪者(一)

 凡そ生きる者の気配のない大地の只中に、その流浪者の姿はあった。


 自軍を離れた時、持ち合わせていた荷入れに山ほどあったはずの携行食は既に尽きていた。腰からぶら下げられた最後の水袋もだいぶ前に乾いてしまっている。旅を共にしてきた馬はとっくに自らの胃袋の中へと放り込まれており、その恩恵に預かれた数日間も最早遠い過去のものとなっていた。


(ここで死ぬのか…)

 霞んだ視界の先には干からびた荒野と滲んだ地平線が広がるだけである。流浪者には死を前にしての嘆きも悲しみも、恐怖すらも無い。さして長く生きたわけでもない人生の中から、少しはましであったろう思い出や記憶が断片的に過るだけであった。ただ一つ、心残りがあるとすれば──流浪者は首からぶら下がる銀製のロケットを握りしめた。


 やがて足が止まり、流浪者は大地に膝をついた。生暖かい風が砂埃を纏う灰色の髪を撫で、落とした視線の先に見える捲れた手のひらの皮とこびり付く砂利が、流浪者にはどこか他人事のようにも思えた。


 ふと前方に何かの気配を感じ、流浪者は顔を上げた。遠く地平線の彼方から誰かがやってくる。一人?味方か敵か──。反射的に腰の剣に手をかけ身構えようとするが、身体は思うように動いてくれない。人影はゆっくりとこちらに近づいてくる。流浪者は力の限りを持ってその影を見据えていたが、視界は小さく収縮していくように闇に包まれる。

 抗えぬまま、流浪者はやがて意識を失った。

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