たとえ愛が無くたって

安里 新奈

第1話

高校生だったあの日の私。

作家を目指していた私は、有名な作家が参加する講演会に行くためはるばる東京へと来た。

講演会は聞いていてためになったが、それ以上に私にはこの街が印象的だった。

それから私は前にも増して小説への思いは強くなった。

大学に進学しても小説を続けたが、就職を控え作家という夢は終わりをむかえた。


「おい!白石!お前が先方に謝ってこい!」

(また私か……)

大学卒業後、就活に明け暮れ結局は今働いている1社だけが私を採用しそのまま就職した。

目立った特技もなく女の私を採用した理由はあの時の私にはまだ知らなかった。

私が請け負ったわけでもない仕事の後始末のため先方に謝罪に行かなくてはならない。

「さっさと行ってこい!ったくお得意様なんだから、くれぐれも気をつけろよ!おい!」

(ミスしたのはお前なんだけどな)

見ての通りこの会社はブラック企業そのものだ。もちろんやめる人間は多くいつだって人が足りない状況なのだ。

「この度は当社のミスで多大なるご迷惑をかけたことを深く謝罪します」

この会社に入ってから何十回目かの謝罪だ。

「下っ端の女ごときが謝罪したってなあ?で別にお前らの所に頼まなくたってもんだいはないからなぁ?」

女というだけで下に見られる。

「申し訳ございませんでした、これからも当社をお願い致します」


それからは昼食もとらず自分の仕事や上司の後始末に追われ、上司が定時退社してからも仕事を続け気がつくと9時を回っていた。

(仕事は持って帰ろうかな)

昨日の夜から何も食べておらず今日は土曜日だ、さすがに家に帰してもらえた。

駅は一般的なサラリーマンの帰宅を過ぎ、少し人がまばらになっていた。

「あ……あのっ!」

駅のホームに高校生とおぼしき男の子が人に声をかけようと頑張っていた。

(そんなことしたって誰も振り向かないと思うよ)

特にこの時間の人間は他人に冷たい。

私と同じ仕事帰り、ガラの悪い不良、愛人と密会する男性。

この時間で無くてもこの街の人は大抵、人に冷たい。

(……誰か助けてあげるでしょ)

他人を助ける義理なんてない。ただでさえ疲れているのにあの高校生に絡んでめんどくさいことになりたくない、そんな気持ちだった。

「……あの……あ」

彼の声もだんだんと小さくなってきた。

そうだ、早く東京はこんな所と理解して帰ればいい。

電車がホームへ入ってきた。この時間を過ぎればかなり人はまばらになる、きっと彼もこの電車で帰るだろう。

「あの!」

まだ彼は諦めていなかった、無性に腹の中から何かが込み上げてきた。

そんな彼に自分の過去を重ねてしまったのだろう。

1度は乗った電車を降り彼の元へ駆け寄った。

「あなた、いい加減に無駄なことだってわかりなさいよ!」

何年ぶりだろうか大声を出した。日頃のストレスと彼への苛立ちが募りに募ったのだろう。

「ご……ごめんなさい!」

「どうして謝るのよ!はっきり困ってるなら理由を言いなさいよ!」

腹がたって仕方なかった、昔の私を見ているようで。

「実は……親と喧嘩して」

「……はぁ……まあそんなところだと思っていたわよ。どうせ今日はホテルかネットカフェにでも泊まるつもりだったんでしょうけど」

場所が分からない、そんなところだろう。

「なので……どこかビジネスホテルでも教えていただけませんか?」

こいつにばかりいい思いにさせておくのは尺だ。

「行くわよ」

「ちょっ……場所さえ教えていただければ」

「教えてあげるからあなたは私に焼肉でも奢られなさい!」

彼は、その後抵抗していたが容赦なく焼肉屋へ連行した。途中で駅員に怪訝な目をされたがそんなことはお構い無しだった。



「だぁ……から!あんなの上司が全部悪いじゃない!」

「そっ……そうですね」

「でしょ!?それなのにアイツと来たら……あー話してたらまた腹立ってきた」

それからしばらく少年の素性も聞かず、私は酒を飲み、愚痴を零していた。

「あー久しぶりにストレス発散したわー」

就職してからは友達が私よりもいい会社に勤めているかもと思うと会えなかった。彼と会い久しぶりに均等かそれ以下で会話ができた。

少し酔いが落ち着いてきた。

「私の話はこれ位にしておこうか、君の話を聞かせてよ」

「名前はアキって言います。歳は17の高2です。学校は近くの高校です。親と喧嘩してとっさに家を出てきて」

「と言って私を騙せるとは思うなよ」

「大人の人ってやっぱり凄いんですね」

親と喧嘩してと言うのは嘘では無さそうだが荷物やホテルを探していたところから見ると前から家を出ようとしていた事が目に見えた。

(それ以前の話かもな)

「ごめんなさい、確かに僕は嘘をつきました。喧嘩したのは本当ですが家出は前からしようと思ってました」

「別に話したくないなら話さなくていいぞ、興味は無いからな」

「清々しいですね」

興味は無かったがこのままだと野垂れ死にそうだったし最悪、親に家に帰らせようと考えていた。

「実は……あまり親と仲良く無くて……母親が1人で育ててくれたんですけど……再婚することになって、相手の人に会うようになると急に」

よくある話だ。独り身だと優しくするばかりで、優しくされると優しくするのが面倒になると聞く。

「……そうか……悪いがあなたの親に電話しておきたいんだけど」

「いいですよ」

拒否されるかと思ったが、意外にも素直にケータイを渡してきた。

母親に電話を繋ぎ事情を説明することにした。

「……あーもしもし、アキ君のお母様でしょうか?」

電話が繋がり電話口の向こうから声が聞こえた。

「……そうですが……アキはそこにいるんですか?」

事情を説明し終えたが口調が落ち着いている。

「それなら、すぐにアキを家に帰らせてください」

(迎えにいくではなく?帰ってこいだと?)

お酒も少し回っていたのだろう、いやあれは確かに私自身の本音だった。

「あなたにアキは渡しません!しばらく私が面倒を見ます!」

「……そうですか」

その言葉に前にも増す激しい怒りを覚えた。

「アンタみたいな母親にアキは渡さないから!」

相手の返答を聞かずすぐに電話を切り着信拒否にした。

「……アキ」

「やっぱりダメでしたね。焼肉代は置いておくので帰りますね」

そうやって逃げようとするアキの右腕を掴んだ。

「待ちなさい」

一呼吸置き私はアキに言い放った。

「しばらく私が面倒を見てあげる」








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