第15話 確固たる意志による

 緑色の大地。あちこちには小高い丘があり爽やかな風が吹く広大な丘陵地帯。その中でもひときわ小高い丘をサンダウィッチ大公は本陣とし、軍の総指揮を取っていた。


「士気を高める何かが欲しい……。さすればこちらの勝利は揺らがない……。」


 サンダウィッチは顎を触り、考え込んでいる。

 現在戦況はパスタリアが多少優勢である。本陣と敵本陣の間にある数々の丘。その占領数がこちらの方が多い。だが、犠牲者の数は双方変わらず。死傷者は秒針が進むたびに増えていく。


 最前線の丘上に魔法兵隊・弓兵隊を展開し、騎兵や歩兵が敵の丘を奪取しようと矢や魔法が降り注ぐ丘の麓で敵兵士と交戦している。そんな戦闘が5日と続いていた。夜以外に上空の魔法陣が途切れることはない。サラディアの兵士達は行軍を急いでいた事もあり、パスタリアの兵士よりも疲労しているように見えた。


「サンダウィッチ大公。マルゲルーク辺境伯より伝言です。"作戦は成功。ただ亜人の士気が低いため不安要素有り。敵陣より視認できる位置で待機でよろしいでしょうか"と。」


 サンダウィッチ大公の元に降り立った鳥人は跪き、淡々と伝える。

 その伝言を聞くとサンダウィッチはニヤリと笑った。


「このタイミングの良さ。"天読"は恐ろしいな。ミルタに伝えてくれ。"承知した。それともうこの戦場では遊べないぞ。残念だったな"ってな!!」


 サンダウィッチは大口を開けて豪快に笑う。鳥人は一瞥すると空に飛び立った。

 そして、サンダウィッチは伝令を走らせるために兵を呼んだ。


「才能ってのはすげぇな。あいつらは俺をまだ師だと思ってるみたいだが、とうの昔に俺がお前らの背中…… 見ちまってんだよ。」


 サンダウィッチは小さく呟いた。



 *


「まだか⁉︎ 別動隊はまだ来ないのか⁉︎ 本陣との距離はだいぶあるが、最前線の丘を取られたら一気に崩れるぞ!!」


 サラディアの総指揮官であろう小太りな男は酷くイラついたように腕を組みぐるぐると本陣内を歩きまわっていた。


「公爵様!! 北方より軍勢を確認!!」


 公爵は待ちわびたとばかりに安堵のため息をつく。別動隊は北方からやってくる。東方に戦力を集中させ、3日越しに来た3万の軍で敵の側方を突く作戦。だが、公爵は何故2日遅れて来たのかを考えてはいなかった。いや、考えようとしなかったのである。もしそれが起こっていたらサラディアの敗北を意味するからだ。希望的観測。これは指揮官が絶対にしてはいけない事。軍の総指揮を取るような者がこれを犯すのはとても不可解であるとパスタリアの指揮官が知ればそう思ったであろう。だが、彼らはサラディアの情勢を知らない。


「今すぐに反撃だ!! なんとしても勝利を収めねば!!」


「北方の軍勢が掲げるのは…… パスタリアの旗です……!!」


 兵士が顔を歪めて言った。この絶望は兵士たちにとっても信じたくないものだったのだ。



 *


 時を同じくして、最前線の指揮官達の元にはサンダウィッチからの伝令が到着した。兵士は跪く。


「サンダウィッチ大公より伝令です。"亜人と下等供に心配されてるぞ? 助けてもらうか?" との事。」


 伝令を聞いた指揮官は拳を強く握り、その身を震わせている。


「図にのるなよ……。テイラーのペット如きが……!!」


 そして、本陣の方向を睨むと小さく呟いた。


「大公。そこまで私は不甲斐なかったのですね……。目が覚めました。どうやら私は勝ち過ぎたようです……。」


 そして、前線に向くと周りの兵士に叫んだ。


「各部隊長に今と同様の伝令を出せ!! 敵陣を地の底に沈めるぞッ!!」


 サンダウィッチはパスタリア人の対抗心に火をつけたのだ。ずっと見下して来た他人種供。パスタリアに屈した敗北民族。兵士達が子供の頃はそう笑っていた。嘲笑っていた。それがとても心地良かった。優越していた。それが当然であった。

 だが、それも今は違う。自らを魔人エルキスと名乗り煌びやかな戦勝を無数に飾る。僅か20年で帝国最大の矛と呼ばれ、武人の到達点と称される。他国にも魔人エルキスの名は恐怖の対象として轟き、対面した敵の顔が歪む。

 その強さは紛れも無い努力によるもの。二度と絶望の淵には立たないとした決意。

 もう見下せるわけがない。心の中でパスタリアの兵士達は彼らの存在を心強く思ってしまった。その武勇に羨望を抱いてしまった。

 そんな感情を認めてはならない。許してはならない。二度と抱いてはならない。故にパスタリアの兵士達はエルキスに敗北を見られてはならないのだ。

 羨望をかき消すための武勇を、掴まなくてはならないのだ。



 1人の兵士が雄叫びをあげながら敵陣に走り突っ込んでいく。依然、魔法や矢が降り注ぐ中を恐れず進む。

 無謀と勇気は違うと誰かが言った。だが、その誰かは知らないのだ。


《 確固たる意志による無謀 》


 これこそが真の勇気であることを。

 真の勇気は味方に伝染し、確固たる意志が各々の胸の内で熱く燃える。

 気づけば群となっていた。意志を猛らせた軍勢が雄叫びを上げ近づいてくる。真の勇気は敵に狂気と写る。

 その勢いに押されて1人のサラディアの兵士が退いてしまった。それに伴って他の者達も退いてしまう。一歩後ろに退いただけ。だが、気づけば逃走していた。


「おいッ!! 何してる⁉︎ 逃げるなッ!! 戦えッ!!」


 指揮官達の叫びはもう兵士達に届かない。

 そして、指揮官達の耳にパスタリアの兵士達の咆哮が轟く。苛立ち、焦りながらも指揮官達は撤退した。


 そして戦場に轟くのはパスタリア人の歓喜の叫び。剣や槍を空に掲げていた。


「これは予想してなかった。」


 サンダウィッチは少し戸惑っている。あくまでも軍に勢いをつける事を目的としたものだったにもかかわらず。それ以上の成果が出てしまった。そんな戸惑いをかき消すようにサンダウィッチは強引に笑って見せた。


「敵軍のほとんど全てが逃走した模様。追撃はどうしましょうか?」


 側近に控えていた若い男が尋ねる。


「既に山にカリバンを配置済みだ。数は多いが……。まぁなんとかなるだろ。」




 サラディアの兵士達が国に帰るため谷を通っていると天地轟かす爆発音が空より放たれた。降り注ぐのは崩れ落ちた無数の岩。そして、地に落ちた岩の下からは滲み出るように血の小川が流れる。


「まだ1万程生き残ってますが、どうします? マザックさん」


 タイランは気怠そうに言った。


「食料とか潰れてると思うし、何もしなくても死ぬだろうから帰還で良いよ。急用もできたしな。」


 マザックの声が若干の沈みを見せた。

 タイランは何か厄介ごとがあるのだと察し、ため息をついた。



 *


 数日後、ブレッディーの亜人都市クロワスへと帰還する道中。ミルタは苛立ちながら団員達を整列させた。


「いつまで沈んでるんだい? 何か言いたいことがあるんだろう? 聞いてあげるよ。」


 亜人に向けて発せられた言葉に一体の若いリザードマンが反応した。


「何で……。何で傭兵達を殺した⁉︎」


 リザードマン達はミルタに嫌悪の目を向けた。ミルタは鼻で笑い答える。


「マザックからの依頼だよ。"できる限り数を減らして欲しい"ってね。だから全員殺した。」


 悪びれもしないミルタの様子にその若いリザードマンは激昂し襲いかかろうとした。だが、それを他のリザードマンが必死に抑える。


「命を何だと思ってるんだッ!!」


 若きリザードマンの心からの叫び。ミルタの返答は恐ろしく冷たいものだった。


「どの口が言う? お前は見ず知らずの赤ん坊を見て、自分の子のように歓喜するのか? しないだろ。泣き喚けば煩いと感じるだろ。なぜ死んだ時だけ思い出したかのように尊む? 殺す事で飯を食っているのに。」


 若いリザードマンの勢いがさらに増す。ミルタはそのリザードマンの前まで歩き煽るように言った。


「ああ〜わかった。依頼内容が商人の護衛と盗賊狩りがほとんどだからね。誰かを守るために仕方なく殺してるって言い訳でもしてたのかな? しょうがない……。じゃあなぜマザックが依頼をしたのか教えてあげるよ」


 リザードマン達は押し黙る。

 ミルタは言った。傭兵とは略奪者である事を。戦場に立てば金のために敵を殺す。もし、敵領地に進軍したならば道中の村や町を尽く襲う。金品を奪い、女は犯す。そして、雇い主から金をもらえば去っていく。では傭兵は雇われていない間は何をしているか。真面目に働いている。そんなわけがない。奴らは変わらない。村を襲い金品を奪い、女は犯す。その金で肉や酒を買って騒ぎ、楽しみ、金が尽きれば村を襲う。その繰り返し。討つにも兵士を派遣しなければならないし金がかかる。長期戦争中のパスタリア。傭兵に向ける兵士すら惜しい。そして、金さえ与えれば戦力となる傭兵には需要があった。

 ではなぜマザックは傭兵を殺害する依頼を出したのか。他ならぬメッツァルナの台頭である。メッツァルナの需要拡大により傭兵は村を襲う事が格段に増えた。つまり傭兵は盗賊とイコールの存在にまで落ちたのだ。領内の害を取り除くのは領主の役目。これを全うしたのだ。

 この傭兵の実態はメッツァルナの需要とも関係が深い。メッツァルナの需要は強さだけでなく貴族が運営しているという点にある。責任者がおり、信頼を置く事ができるからだ。亜人と魔人エルキス。迫害を受けた彼らがこの国で飯を食えているのはテイラー家という信頼の証の元にいるからなのだ。


 リザードマン達は沈黙を続ける。だが、あの若いリザードマンが小さく声を震わせて尋ねた。



「答えろ……。命を何だと思ってる……?」


 ミルタはヘラヘラと答える。


「僕が尊む命は家族・領民・師と友人。それだけ。人の命は尊くない。尊い人が持っているから尊いんだ。」


 そこまで言うとミルタは真面目な表情になる。そして亜人全体に語りかけるように言った。


「忘れるな。君たちが何故傭兵として殺しあってるのかを。種族のため、家族のため。その笑顔を絶えさせないために、死を覚悟したのだろう? 未来の我が種族が惨めにならないように、体と心に傷を負うのだろう? なら、お前らは本当に守りたいものだけを見据えていれば良いんだ。」


 亜人達は首を垂れる。拳を強く握っていた。歯を食いしばっていた。瞳からその涙を落とさないために。

 そして、ミルタはごめんと呟くとその表情が優しくなる。


「本当は違うんだろ? 覚悟は十分にしていた。だけど脳裏によぎったんだよね? 自分たちも捨てられるんじゃないかって。」


 リザードマン達はその不意に見せた優しさに戸惑いを見せる。他の亜人達もそうであった。エルキスはその様子をニヤニヤと眺めている。


「僕は約束しないけど。アイミーは君たちを裏切らない。彼女は本気なんだ。だから君たちの生活をまず保障した。君たちが彼女に応え続ける限り、その保障は揺らがない。」


 亜人達は知った。ミルタが持つのは冷淡さだけではない事に。真に守りたいものがあるからこそ他者には目もくれず最短を歩くのだ。最短ゆえの非道。その非道は兵士・領民への優しさへと繋がっている事に。


 そして、数時間と歩くと見えてくるのは彼らの都市。クロワス。


「「お帰りなさ〜い!!」」


 クロワスの大きな門の前。そこにいたのは亜人兵士たちの家族・友人・恋人達。皆笑顔で手を大きく振っている。そして、子供達がこちらに笑顔で駆け寄ってきていた。

 こぼさぬようにと必死に押し殺したはずの涙があふれ、頬を伝い地面に落ちる。


「本当に守りたいものを…… 見据えるのって、難しいな……。涙が…… 邪魔して……。」


 誰かが言った。

 そして亜人達は泣きながら笑い、愛する人と固く抱擁を交わすのであった。


「「ただいま。」」

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