第14話 戦略という泥に溺れ

 ファランクスのような密集形態はこの時代、既に廃れた戦法である。それは戦場に隕石の如く雷・炎・氷と様々な魔法が降り注ぐからだ。

 現在主要な戦法は10人程度の小隊を組み分散。騎兵・歩兵は戦場を死に物狂いで駆け回り魔法が当たらないことを願う事である。


「敵指揮官は中々の切れ者だな。ファランクスはこちらに魔法兵対策があると思わせるフェイクなのだろう? 弱気な指揮官であれば術中にはまっていた。」


 指揮官の男はネズミを睨む猫のようにいやらしく笑った。


「フェイク⁉︎ 確かに…… 奴らは魔法兵を持っていないように見受けられます。つまりこれは、敵が魔法兵を使わせないようにするために画策した作戦なのですね!!」


 指揮官の側にいる男は戦況に希望を持ったようで目に勝利を確信していた。


「魔法兵を無力化するには詠唱を止めるか精神的負荷を与える他にはない。"死の3秒"に怯えて負けろ!!」


 指揮官の男は高らかに笑った。


 *


 戦況はパスタリアの圧倒的優勢であった。サラディアの兵士達はリザードマンに接近を試みるも長槍のリーチに成す術なく、黒色の土に赤い血をぶちまけては倒れていく。また、右翼の兵士達は傭兵達の放つ欲望のプレッシャーに完全に呑まれ、異様な汗を掻き手足は震え、気付いた時には地面に伏していた。まるでこの死の土に魂を吸われているかのように体は冷たくなっていく。

 現在の戦場は大きく2つに分けられている。片方はキッチリと線で区切られたかのような陣と陣の殺し合いであり、もう片方は敵味方入り混じる乱戦。サラディアの兵士達はどちらも苦悶の表情であった。

 だが、サラディアの兵士達はある光景を目にした途端、その目に希望を宿す。

 上空50mほどの所に5つの魔法陣が形成されていたのである。直径5mの円にはどこの言葉ともわからない文字が描かれ、炎なら赤。雷なら黄色とその色が異なっている。今回現れたのは全て赤色の魔方陣。つまり炎。その魔法陣全てがファランクスの中心に向けられていた。そして、這い出るように大炎の球体が形成されていく。


「"死の3秒"がもうすぐ終わる!!」


「トカゲ野郎共!! 焼け焦げて死ね!!」


 後方の兵士達は歓喜の声を上げていた。


 死の3秒とはつまり魔法陣出現から魔法が発動されるまでの時間差の事である。ただ眺める3秒であれば長く感じよう。しかし、行動を起こし、そして終えるための3秒はあまりにも短い。対処するための判断に1秒。アクションに1秒。残り1秒で50m上空の物に作用させる。言うまでもなく不可能。

 だが、この不可能はその"3秒の内"に何かをするのであればの話である。


 歓喜した兵士達はリザードマン達を嘲笑いながら魔法陣を眺めていた。しかしすぐにその笑顔は消え絶望に変わる。


「え……⁉︎」


 彼らの目を横切ったのは5つの矢。その矢に射抜かれ欠けた魔法陣は跡形もなく霧散していく。

 すぐに兵士達は矢の飛んできた方向を向いた。そこにいたのは騎馬隊。ヒトとケンタウロスの混同隊。そしてケンタウロスの背中にはエルフが弓を構えていた。


 *



「エルフの嬢ちゃん……。おじさんに説明を頼む」


 タイランが驚愕しながらネルに尋ねる。

 現在、ファランクスの左後方をこの騎馬隊は駆けていた。居場所は逐一変えている。そして、その騎馬隊にはジェイドやタイラン。キーンなどのヒトの精鋭20人とフラールとネル率いる20体ずつのケンタウロスとエルフの混合騎馬。対魔法兵の特殊部隊である。


「魔法陣の発生する地点が視えるだけです。」


 ネルは淡々と空を見ながら言った。は? とタイランは困惑した表情をする。

 そこにキーンが口を挟んだ。


「エルフが視えるのは精霊なんだろ? その応用か?」


「いえ、私達が視ているのはあくまで精霊です。そもそも魔法とは精霊の特殊反応に過ぎません。」


 ネルの言葉にタイランが疑問を放つ。


「今のは魔法兵が出現させた魔法陣に精霊って奴が反応して魔法。つまり、炎が発生したって事か? なら魔法陣出現前に何故、地点を予測できる?」


 ネルは相変わらず空を見上げ答える。


「魔法陣そのものも魔法に含まれるという事ですよ。常識的に考えてください。空に急に図が描かれるなど普通はあり得ません。」


 ネルの言葉にタイランや他のカリバンは唖然としていた。彼らにとって魔法は日常であるし、見慣れた物であるためそう言った考えに及び難い。理解はできるが彼らの常識の範疇ではないのだ。


「つまり、魔法兵の詠唱。その声のトーンや空気振動・発音など原因は多々考えられますが、ある特定の事象が起因して精霊が反応。上空に光魔法による魔法陣が形成されます。その魔法陣の形や記号羅列によって精霊がさらに反応し、魔法が放たれるのです。」


 故にエルフは魔法陣が形成される位置が精霊の動きによって早期にわかる。

 そして、この事実は帝国一の魔法発展地域のポターゼの精鋭すら知らなかった事。


「なるほど、だから俺が酒灼けの声の時、魔法のキレが良いんだなー」


 タイランが呑気に言っているが他のカリバンは違った。亜人のくせにと心の中で舌打ちをしていたのだ。魔法に関してポターゼより知識がある事に腹立たしく思っているのである。何故、彼らがここまでプライド高いのか、それは魔法が精神に作用することが原因である。つまり、パスタリア人であるという優越とエリートだという自尊心が彼らの心を支え、他種・他人種を見下す事により、精神が安定し彼らの魔法を確固たるものに、そして強くさせるのだ。これは幼い頃からのカリバンの徹底教育によるもの。そして、彼らはそのプライドに相応しい力を教育により授かっている。



 敵指揮官はこれに敗北は決したと心底思った。ファランクスを突破する算段を見つけることが出来なかったのである。苦悩に頭を抱え、深考していると兵士が慌てて伝令を叫んだ。


「敵!! 撤退を開始しました!! 指揮官殿、ご命令を!!」


 一万の兵をほとんど駆逐すると敵は撤退を開始した。窮地を脱したのだ喜ばしいことである。しかし、何故敵は本陣を攻めてこなかったのか、ファランクスを止める手段を持たないことは明白であったはず。その理由を考えても考えても答えは浮かばない。終始手のひらで踊らされていた事実が指揮官を恐怖のどん底に叩き落とした。

 そして、指揮官は撤退を決断する。


 *


「さすが"天読"。開戦のタイミングはバッチリじゃん。でもなんで撤退? あのまま攻めたら今日中に終わってたし、明日には敵が逃げちゃうよ?」


 ミルタは理由を尋ねた。

 マザックは水晶玉を指で回し、暇そうに言った。


「僕の占いで明日攻めろと出た。その意味はすぐにわかるよ」


 そして、マザックはニヤリと笑うとミルタの頬に水滴がポツンと落ちる。雨粒は次第に数を増やし徐々に強くなっていく。


「なるほどね♪ じゃあ君からの依頼も済ませちゃおうか」


 ミルタもニヤリと笑った。



 *


 山の麓に野営地を置いたサラディアの兵士達は激しく打ちつける雨音が敵軍の行進のように感じられ、怯えて夜を過ごしていた。毛布を頭から被り必死に雨音をかき消そうともがいているのである。


 深夜の事である。曇天が月を隠し、夜をさらに深くしていた。そして、雨音が確実に近づいてくる無数の羽音を打ち消し、誰一人として獣の来訪には気づかない。雨音がまた少し強くなった。


「クソッ!! 雨だと⁉︎ ふざけるなッ!! 地盤の緩い山を越えて撤退なんて不可能じゃないかッ!!」


 耳障りな雨音をかき消すように指揮官は大声で叫び、椅子を蹴ってはグラスを投げたりと大いに暴れ回っていた。

 だが、突然指揮官はその行動をピタリとやめる。瞳孔が小さく揺れ、冷や汗が額を流れ首筋にまで至る。そこには一本のナイフ。刃先が少し指揮官の皮膚に軽く当たり、冷や汗が血と混ざり合った。


「最後まで…… 読めなかった。何故暗殺なのだ……。」


 意識が次第に遠退いていく。床に倒れこむ最中、背後に立つ者2人が狂気な笑みを浮かべている事に気がついた。そして、視界は徐々に狭くなっていきその意識は完全なる暗闇に溶けていった。



 *


 朝日が昇り、夜が明けた。昨日の曇天が嘘のように空は青く輝いている。

 清々しい空模様とは裏腹に見張りをしていた兵士の顔は酷く青ざめていた。朝日に照らされ目前に晒されたのはパスタリアの軍勢。総勢2万3,000の大軍である。


「突撃ィィッ!!」


 勇ましく放たれたジェイドの号令によりその大軍は勢いよく動き出した。



「指揮官殿!! 大変です!! 敵軍が……。」


 側近の男が指揮官のテントに慌てて飛び込むとそこに指揮官の姿はなかった。椅子は倒され、グラスなどは散乱していたが他に目立った形跡は何もない。そして、側近の男は指揮官に見捨てられたのだと気づき、その場に跪くと、絶望に顔を歪ませた。テント内に飾られたサラディアの国旗をぼんやりと眺めると、数秒の間を置いて自身の剣で喉を切り裂いた。


 頭を失った組織に一体何ができるだろうか。統率を失い、場は混乱を極める。何とか統率を取ろうとする者。勇気を振り絞って立ち向かう者。自害する者。逃げ惑う者。その全てが正常な判断力を欠いていた。さらにそれが場に混乱を招く。その混乱が行き着く先は死のみ。サラディアの兵士達は地面に伏し、その鮮血は泥土を赤く染めた。

 そして、傭兵の男達はサラディアの兵士の半数程度を蹂躙した時、ある事に気づく。


「おい……。正規兵や亜人はどこ行った?」


 辺りを見回すとそこには目立つはずの亜人の姿はなく。傭兵の兵士達しか視界には映らない。他の者もその異変に気付いたようで周囲を不安気に見回している。


「嘘だろ……。」


 そう呟いた傭兵が指差した先。それは山の中腹付近であった。他の者もそこに視線を移す。

 小さく砂つぶのように見えたのは数体の鳥人に吊るされ飛行するヒト。それが3つ。椅子のような物に座っている。そして、その前方には3つの赤色の魔法陣。それは山に向けられていた。傭兵達はその狙いを理解する。


「逃げろォォオオ!!」


 ある傭兵が叫ぶと同時に山の中腹で大規模な爆発が起きた。

 昨日の雨により大量の水を含んだ土。元より崩れやすかったその山は、斜面を滑るように勢いよく大量の土砂が流れていく。魔法により山崩れを起こしたのだ。その土石流が目指す先はサラディアの野営地。次々と木々を倒しテントを薙ぎ払い、人々を飲み込んでいく。傭兵達も逃げる事叶わず、茶色い蛇に喰われていった。魔法が発動して10秒も経たない内に野営地は土に埋もれたのである。その土からはテントの骨組み、サラディアの旗。そして、兵士・傭兵どちらともわからない腕が迫り来る死から助けてくれと言いたげに空に向かって突き出していた。


「損害もないし、埋葬の手間も省けるし。楽で良いね」


 ミルタとマザックはモーニングティーを優雅に楽しんでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます