結成篇
3人目のレーサー
「……ありません、ね……」
その日。わたしは箒さんと一緒に街に出て、ある場所を目指していた。
『キサマがオレ様をそこで買ったというのは、間違いないんだな?』
「うん。この辺にお店があったんだけど……」
探せど探せど、見付からない。
箒さんを買った古道具屋さんが、どこにもないのだ。
『第一、オレ様は誰かに売却などされる覚えはないのだ。それもそんなはした金で……出すならもっと出させろというのだ……』
「怒るとこ、それで良いんですか……?」
箒さん、自分に安い値段を付けた店主が許せないらしかった。
それにそもそも、自分をどこで手に入れたのか。箒さんは、自分が箒となってしばらく後の記憶が無いのだという。
『何人かの魔法使いとは組んだがな。どいつもこいつもロクな魔法使いではなかったから、掃き捨ててやった』
それから貰い手が見つからなくなって、記憶が途切れ……気付いたらわたしの手の中にいた、らしい。
……多分、良い相手が見つからなかったのは、箒さんの態度が問題だったんじゃないかなぁ。わたしはそんなことを思いながらも、口にしない。
『まぁ良い。無いモノは無いのだ。
……それより、そろそろ時間ではないか?』
おっと、そうだった。
わたしには今日、大切な用事があるんだった。
「そうだね。じゃあお店探しは諦めて、行こっか」
――ステラさん。貴方、私の元で箒レースしてみる気はありませんか?
あの時に問われた、その言葉。
わたしは答えたんだ。自分の気持ちに向き合って。
飛びたいです、と。
*
「ようこそいらっしゃいました!」
エスメラルダさんの屋敷に到着すると、彼女が直々に出迎えてくれた。
「こんにちは。……大きなお屋敷ですね……」
『昔と欠片も変わらんな』
エスメラルダさんの屋敷は……流石に領主の邸宅というだけあって、立派なものだった。うちの宿屋が何十軒と入るくらいの大きさだ。
そうでしょう、とエスメラルダさんはどこか誇らしげに言って、わたしを家の広間に通す。
豪華な敷物や絵画。天井から吊り下げられた灯りに至るまで、全てがわたしにとっては見た事も無いようなもので……どうも、自分は場違いだな、という気がしてしまう。
『堂々としていれば良いのだ。オレ様が初めてここに来た時は、もっと汚い格好をしていたぞ』
「箒さんの感覚は当てに出来ないから……」
自信満々にふんぞり返ってたんじゃなかろうか、と疑う。
「それに、箒さんは技術を買われてきたのかもしれないけど、わたしは……」
悪い言い方をすれば、わたしは箒さんの付き添いなのだ。
箒さんのように、自分の実力でここに来たわけではない。
「いいえ、そんな事はありませんよ、ステラさん。私は貴方自身も十分に買っています」
けれど、そんなわたしにエスメラルダさんは言う。
ただ箒に乗せられてきただけの子なら、そもそも誘っていない……と。
「クローヴァさんの箒は素晴らしいものですが、それだけで勝てる、というほど王都でのレースも甘くありませんしね」
「……王都でのレース……たしか、三人一組なんですよね?」
彼女がわたし達を誘いに来た時に、言っていた。
一人はエスメラルダさんだろうし、もう一人がわたしと箒さんだとすると……もう一人、別の箒レーサーがいるんだろうか?
「その通りです。……だから今日は来るようにと、伝えておいたんですが……」
はぁ、とエスメラルダさんはため息を吐く。
どうやら、その三人目はまだ来ていないらしい。
「様子を見てきますので、すみませんが少しお待ちいただけますか?」
「あっ、はい、お気遣いなく……」
かしこまった態度で謝られて、わたしは困惑してしまう。
そしてエスメラルダさんは、わたしと箒さんを残し部屋を出た。
「……しかし、豪華だねぇ……」
『なんだそのふんわりとした感想は……』
「だって、他に言いようがない……」
さっきからずっと、別の世界にいるような浮遊感がわたしを包んでいた。
綺麗で広いお屋敷も、王都でのレースに参加するということも。ほんの数日前まで空を知らなかったわたしには、唐突で理解が追い付かない。
そんな中でちゃんとした言葉を選べだなんて言われても、無理だ。
わたしは使用人さんが淹れてくれた紅茶を少しずつ飲みながら、周囲を見回す。
「あ、肖像画もあるんだね。エスメラルダさんのもあるのかな?」
『無いな。ここの家では一定の齢になるまで肖像画を描かないし、飾らない』
わたしの疑問に、箒さんが答える。
箒さんは、人間だった頃にダイナディア家の援助を受けてたみたいだから……そういう事情にも詳しいんだろう。
「そういえば、箒さんがお世話になってたのって、エスメラルダさんのお父さんなんだよね? 今日はいないのかな?」
昔は色々あったのかもしれないけど、折角なんだから、挨拶くらい出来れば良いのにな、とわたしは思う。
でも箒さんは、『それは難しいだろう』と平坦な声で答える。
『見ろ、あの肖像画の一番左を』
「えっと、一番新しそうなやつだね。ってことは、あれがエスメラルダさんのお父さん?」
『そうだ。そしてその下だ』
「ボルツ・リージェント・ダイナディア……」
それぞれの肖像画の下には、名前と生年月日……
……それから、亡くなった年が記載されていた。
「……そっ、か……ごめんね、箒さん……」
エスメラルダさんのお父さんは。箒さんがお世話になった人は。三年前、既に亡くなっていた。
それを知らずに迂闊な事を言ってしまったとわたしは反省するが、箒さんは『気にするな』という。
『オレ様も、今ここに来るまで知らなかったのだ。……まさか、な』
呟くように話す箒さんは、明らかに元気を失っていた。
……選ばれなかった、と聞いていた。だからこそエスメラルダさんに勝って、自分のスゴさを証明したいのだと。
それだけ聞けば、ただの敵意にも感じる。でも、箒さんは……裏を返せば、それだけその人に認められたかったのかもしれない。
やっぱり、箒さんにとっても、大切な人だったんだろうか。わたしには、想像する事しか出来ない。
「全く、あの子はいつもこうなんですから……!」
と、そこへエスメラルダさんが戻ってきた。
けど、彼女は一人だ。三人目のメンバーはいないし……何か、怒ってる?
「どうしたんですか……?」
「いないのです、クリスが! 約束の時間を守らないどころか、部屋にすらいない……誰も行先を知らないというのですから、もう……!」
クリス、っていうのが三人目の名前かな?
エスメラルダさんはその場ですぅぅと深呼吸して、ため息をひとつ。
ようやく落ち着いた雰囲気に戻って、「仕方ありませんね」と呟く。
「クリスはあとで叱るとして……ひとまず、練習場に行きましょうか」
『ここの練習場か。久々だな』
わたしはエスメラルダさんに連れられ、外に出る。
庭を抜けた向こう。そこには、広大な草原が広がっていた。
「広い……ここが練習場ですか?」
「えぇ。各所に、魔法道具が置いてあるのが見えますか?」
草原には、円を描くように点々と何かの器具が置いてある。
目、のような。ガラス玉の入った、塔のような物体。高さは、二階建ての建物くらいだろうか。道具っていうには大きい。
「あれを使用することで、飛行時の体勢や速度を知ることができます」
「……どうやって使うんですか……?」
正直、よく分かってない。
魔法道具と言われても、魔法使いじゃないわたしには使い方なんてさっぱりだ。
「簡単ですよ。スタート位置に置かれた塔の炉に魔力を注げば……あぁ……」
そうでしたね、とエスメラルダさんは困った表情をする。
わたしは魔法使いじゃないので、魔力を持っていないのだ。
「まずはその練習から、でしょうか。魔力を鍛えるための道具もありますので、少し待っていてくださいね」
エスメラルダさんはそう言って、屋敷に戻っていく。
『手厚いことだな。ところで、炉を起動するだけならオレ様にも出来るぞ』
「えっ。そういうことは早く言ってください……」
そうすればわざわざエスメラルダさんに手間をかけさせることも無かったのに。
『言う前にあの娘が動いたんだ。せっかちだぞ、あの娘は』
「そうかなぁ……」
言われてみれば、今日のエスメラルダさんは始終動き回っている気もする。
っていうか、エスメラルダさんがのんびりしている所なんて、見た事ないけど。
「でもそれは、まだエスメラルダさんの事を知らないだけじゃない?」
もっと親密になれば、気を抜いた所も見られるかもしれない。
そう答えて……そういえば、わたしとエスメラルダさんは、どういう関係なんだろう、と思い至る。
友達、って言えるほど仲良くなれてはいないし、そもそも身分が違いすぎる気もする。チームメイト、というのも、まだ実感が湧かないし。
「……エスメラルダはいつもああだよ。せかせかしてる」
「そうなんですか? じゃあやっぱり、そういう性格なんですかね」
「頑張ってるのは分かるんだけどね。息が詰まるなぁー」
「でも、頑張ってるエスメラルダさん、わたしは好きですよ」
一生懸命な人は、偉いなって思う。
……って。あれ。
わたし、誰と話してるの?
『後ろだ、後ろ』
「後ろ? ……わぁっ!?」
振り向いた。
するとそこには、いつの間にやら知らない人が立っているではないか。
「や、こんにちは」
かくん、と首をかしげて、その人は微笑む。
気の抜けた雰囲気の顔。背はわたしやエスメラルダさんより少し高いくらい。
「あ、あの……あなたは……?」
「誰でもいいよー。それより、君ってもしかして、連隊レースに出るの?」
「えぇ、その……そうですけど……」
間延びした声で喋るその人。顔はどことなく中性的だけど、声は女の子だ。
じっ、と彼女は箒さんを見つめている。
わたしはといえば……彼女の髪に、目を奪われていた。
「……? あぁ、気になるの……?」
その視線に気づいたのか、彼女は少し眉根を寄せて、くしゃ、と自分の髪を掴む。
柔らかそうで、細い髪。伸ばしっぱなしにしたみたいにぼさぼさだけど、不思議と汚い感じはしない。
何よりわたしの目を引いたのは……その髪が、とてもきれいな薄桃色に染まっていることだ。
「変だよねぇ、これ。魔力の影響がどうとかーって、エスメラルダは言ってたけどさー」
もしゃもしゃと、そのまま頭を掻く少女。
「変って言うか……綺麗ですよ?」
「ふぅん? ……へーえ。そう?」
わたしが答えると、彼女は不思議そうな顔で首を反対の方向に傾げる。
『……キサマにとっては、それだけの感想だろうがな……』
箒さんはそこで、小さな声で呟いた。
『髪に影響するほどの魔力というのは……尋常ではないのだぞ……』
「えっ、そうなの?」
じゃあもしかして、この人もスゴい人なのかな?
っていうか急に現れたけど、わたしはこの人が誰なのかさっぱり分からない。
「うーん……んー……分かんないな……」
彼女の方も何かに疑問を抱いているのか、わたしと箒さんを交互に見つめながら、ぶつぶつと呟く。
「エスメラルダが連れてきたって言うから、もっとこう……うぅん、でもなぁ……」
そして呟きながら、彼女はきょろきょろと周囲を見回し……
……練習場のすみに立てかけてあった箒を、手に取る。
「ま、とりあえずこれでいっか。ねぇきみ、向こうに立って」
箒を手にした彼女は、練習場の一角……エスメラルダさんが、スタート位置だと説明したその場所に、わたしを立たせる。
「あの、一体何を……?」
「何って、決まってるじゃん。飛ぶんだよ?」
きょとん、とした顔で答える彼女。
でも手に持ってるその箒って、どうみても……
『掃除箒でオレ様たちに挑むだと? 馬鹿にしているのか、こいつは』
「だよね、あれ掃除用の箒だよね……」
彼女が手にした箒は、魔法使いたちの持つキレイな飛行箒じゃない。
穂先の荒れた、埃っぽい掃除用の箒なのだ。
だけど彼女はそんなことまるで気にしてないみたいに、のんびりと歩いて、スタート位置にある塔に手を触れる。
ぽぅっ……
すると塔の内部から、淡い光が漏れ出した。
それは次々と他の塔にも広がっていき、練習場の中に、光で包まれたサークルが浮かび上がる。
「じゃあー。3、2、1、でスタートね」
『……本気、のようだな。まぁ良い、飛ぶぞステラ!』
彼女が箒にまたがるのを見て、わたしも慌てて箒さんに乗る。
「……あ。そういえばまだ、名前言ってなかったねー」
「えっ、このタイミングで!?」
ちょっと気が抜けるからやめて欲しい。
んだけど、次に彼女の口から発せられた言葉で、わたしの気持ちは変わる。
「ぼくはねー。クリス・ローズって言うんだ。
きみと一緒に連隊レースに出る、箒レーサーだよ」
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