ある箒職人の追想・そして地上に降りて。


 もしかしたら。


 あの時親友が言いたかったのは、そういう事なのかもしれない。

 あまりにも頼りない乗り手を得て、オレ様は考えた。

 というより、考えないわけにはいかなかった。

 箒とは、何のためにあるのか。速ければそれで良かったのか。

 そうではない。だったら乗り手など必要ない。レースなど必要ない。ただ速さだけを調べれば良いだけのことだ。


 箒は、乗り手の為にある。


 あの日、オレ様が作った箒は、アイツの事を考えてやれていただろうか?

 自問する。今更になって自問する。もうとっくに手遅れだろうに。


 答えは……決まり切っている。

 オレ様はもう、新たな箒を作ることは不可能だ。

 で、あるなら。本当の意味で最高の箒を作るとしたら。


 オレ様がそれになる他、ないのだろう。


 *


 結局、わたしは優勝できなかった。


「ごめんね、箒さん……わたしが不甲斐ないばかりに……」

『気にするな。キサマはよくやった。事実、キサマとオレ様の名は広く街に知れ渡っている』


 そうなのだ。


 レースが終わってからというもの、魔法使いでもないのに二位に躍り出た謎の少女、とかなんとか言われて、わたしは色んな所で騒がれていた。

 おかげで宿屋も繁盛して、レースやその練習で仕事を手伝えなかった分のお返しは出来たかな、って思う。

「それより、箒さん。いつまでここにいるの?」

 箒さんはレースが終わってもわたしの元を離れなかった。

 もういい加減、他の持ち主を探しても良い頃だと思うんだけど。

「探せば乗り手はたくさんいると思うよ。箒さんも有名になったし」

 意志を持つ箒。しかも速い。それなら強い魔法使いさんからも誘われたりするんじゃないかな。

『……何を言っている。オレ様の持ち主はキサマだぞ』

「え、でもほら、わたしって魔法使いじゃないし。宿屋の娘だし」


『ほう? なら聞くが……?』


「それ、は……」

 ドキッとした。

 正直に言えば、まだわたしは、あの時の興奮を忘れられていない。

 エスメラルダさんと張り合ったあの時間は。これまで過ごしたどの時間よりも鮮烈で、結果負けたしそれはすっごく悔しい事だったけど、やっぱりどうしても……楽しかったな、って感じてるから。

「……でも、ほら。わたしにはやっぱり無理だよ」

 調べなかったわけじゃないんだ。

 箒レーサーとしてやっていくなら、お金はたくさん必要だ。それでも勝てなければお金にもならないし、第一、箒さんのおかげでどうにか二位までこぎつけたけど、わたし自身が強いわけじゃないから。


 箒さんだけなら、誰かが使ってくれるだろうけど……わたしにお金を出してくれるような人なんて、いるわけがないし。


「――お邪魔します!!」


 と、考えていたその時。

 宿屋の扉が、盛大に開かれた。

「えっ、エスメラルダさんっ!?」

「ごきげんよう、ステラさん。本当にただの町娘だったんですね。驚きです」

 それはあのエスメラルダさんだった。

 金の髪をなびかせて、失礼、と言いながら彼女は手近な椅子に座る。

 質素な家の内装と、彼女の豪奢な衣装は驚くほど合ってない。なんか、悪い冗談みたいな光景になってる。

「ええと、何の御用ですか……?」

「スカウトに、参りました」

「……はい?」

 元気よく話すエスメラルダさんは、なんだか妙に楽しそうだった。

 だけど、言ってることはよく分からない。

「あ、箒さんを引き取りに来たんですか?」

『人を廃品のように言うな』

「違います。私、それは使いませんし」

 あっさりと否定するエスメラルダさん。

 じゃあ一体、誰をスカウトしに来たというのだろうか……?


「決まっているじゃありませんか。

 ステラさん。貴方、私の元で箒レースしてみる気はありませんか?」


「えっと。……えっ!?」

「才能あるモノには手を差し伸べるのが我がダイナディア家の習わしです。そこのクローヴァさんも、そのようにして職人になりましたから」

「そうなのっ!?」

 それは初耳だった。っていうか、箒さんの話、あんまり聞けてなかった。

『事実だ。オレ様はクソが付くほどの貧乏人だったからな』

「えぇ……意外……」

「そういうわけで、ステラさん。そしてクローヴァさん。私は貴方たち二人を誘いに参りましたの」

 にやり、とエスメラルダさんは笑う。

 前に見た、緊張した真面目な顔じゃない。こういう顔も出来る人なんだなぁ、と、わたしは全然関係ない事を考える。

 っていうか唐突で本筋が頭に入らなかった。


「王都で近々、大規模な魔箒レースが開かれるのです。

 ただこれが三人一組制でして。メンバーになってくださればありがたいのですが、どうでしょう?」


 勿論、お金は出します。彼女はそう言って、わたしに問いかける。

 つまり……やると言えば、問題なく箒レースを続けられるということ?

 いやでも、家の仕事あるしな。大体わたしに才能があるとも思えないしな。

 ……ただ、やりたくないってわけでも、ないんだよな。


「……わたしは――」


 そしてわたしの出した、結論は――

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