第16話 コウガは諦めた?
隠れて町外れにいる必要もなくなったので、場所を町の酒場に移す。ここが「野盗防衛戦」の作戦会議室だ。
いつもなら昼飯時でごった返す酒場は、しんとしている。
町の人々は避難準備に余念がなく、昼飯どころではないのだ。
そんな中、酒場の看板娘「アイモ」は、コウガたちにエールを4杯持ってきた。
「これ、勇者様御一行様に、うちからのサービスね!」
「アイモちゃんは逃げないのかい?」
「はい、うちはみなさんが野盗たちをぶっ潰してくれるって信じてますから!」
「お、おう」
過度の信頼にコウガは後ろめたくなった。なんせ自分にはなんの力もないからだ。
エフェメラの魔女、ツーフォー。
最強のブラックドラゴン、ジル。
元ランクC冒険者の
そして無能の小さなおっさん勇者、コウガ。
『僕にもなにかできることはないんだろうか……』
コウガが悩んでいると、ミュシャが「いろいろ確認したいことがあります」と話題を振ってきた。
「………この町の人々は私も含めて『襲ってこようとしている野盗がどういうものなのか』という情報を、あの言動の怪しい若者からしか聞いていないのですが、これは危険ではないですかね」
「ふむふむ。僕達の目でも確認した方がいいってこと?」
「それもやっておくべきですが、まず彼の言う野盗たちは、どうしてこの町に向かっているんでしょう? 隣領からここまで結構距離がありますし、途中に村や町はいくつもありますよ? 数百もの人数でここ目的に移動するなんて、余程の理由がない限り、ありえないでしょう」
「確かに、まるで野盗がここを目指しているような口ぶりでしたよね」
ツーフォーもミュシャに同調し、ジルも「うむうむ」と頷いている。
確信を得たのか、ミュシャは猫の瞳でコウガを見る。
睨んでいるわけではないが吸い込まれそうな瞳だ。
「こんな辺鄙な町をわざわざ遠方から襲いに来る必要があるとは思えません。理由があるとしたら………みなさんの存在だけです」
「だよねぇ」
コウガも薄々わかっていた。
勇者コウガ、エフェメラの魔女ツーフォー、ブラックドラゴンのジル。それだけの貴重種がそろっていることくらいしか、このファルヨシの町に特徴はないのだ。
「それに、軍隊のように訓練されていると言っていました。ですが、普通の野盗だったら訓練だなんてイヤがって逃げだすでしょう。
「おお、たしかに」
言い方は辛辣だが、ミュシャが言うとおりだな、とコウガも思った。
働いて金稼ぎしたくないけど、楽して物を手に入れたい。そんな連中が野盗などやっているのだろうから『楽するために必要な苦労』すら嫌がる可能性は高い。
「あと………そうそう。襲撃されたら子供に至るまで奴隷として売りさばく……という話にも違和感があります」
「それは………よくわかんないから説明して?」
「野盗風情が奴隷商にツテがあるとは思えません。奴隷商はどこの国でも国の指定業者ですし、準貴族といっても過言ではない地位にあるのです。奴隷の売り先は貴族がほとんどですし、野蛮な輩相手に商売することはないでしょう」
「ほ、ほぅ………」
「これは私の憶測ですが………いえ、深読みしすぎですね。この話はやめましょう」
「そこまで言ったのなら、なんでもいいから言ってみてよ」
「では────他国に攻め入り、金品を奪い、現地人を奴隷として売りさばく侵略者。それは魔王軍ではないのかな、と」
「え………」
ミュシャは思い出すことがあったのか、少し目を閉じて言葉を止めたが、すぐにコウガに向き直った。
「魔族の領内では捕らえられた人間が奴隷として売買されているという噂を聞いたことがありますし」
「野盗じゃなくて魔族だとしたら……それが数百もいたとしたら……この国の全兵力を持ってしても、太刀打ちできません。三大国家の全力を持ってしてもあるいは負ける、というくらいの数です」
ツーフォーが青ざめている。
それほどに魔族というのは人間では相対するのも難しい、強大な相手なのだ。
ジルは「魔族など別に怖くないわい」と白けている。
「最後に───なぜ私が魔王軍だと疑っているのか、ですが………天位の
「ふぁ!?」
「育ちはこの国ですが、その出生は人間と魔族のハーフだとか。剣圧だけで砦の壁を粉砕してしまうなんて、人間には不可能です」
「た、たしかに………って、そんな人が三大国家最強の剣士なのか。よく各国が認めたね?」
「出自はどうあれ、育ちは人の国ですからね。しかし、差別も迫害も数多かったことでしょう………魔族側に寝返ったとして不思議はありません。そして魔族にとって一番危険な相手は『勇者』です。もし勇者が自分の力に目覚めていないのなら、今のうちに全力で殺そうとするでしょう。私が魔王ならそうします」
ミュシャは冷静だが、ツーフォーは完全に顔色が白くなっている。
「いまのミュシャの推測が正しいかどうか確かめるすべは一つだけだよ。ジル、あの若者を呼んできて」
「我にまかしておけ、旦那様」
ジルは意気揚々と酒場を出たが、数十分後、手ぶらで帰ってきた。
「おらぬ。もうこの町にはいないようじゃ」
「マジか」
コウガは頭を抱えた。
「その代わりと言ってはなんだがのぅ、旦那様」
「ちらりと町の外壁の上から遠くまで見たんじゃが、どうやら魔族の軍勢は隣町を制圧したようじゃぞ?」
隣町まで馬なら1時間もかからない。
そんな距離に魔族が数百名も。
「あ、これ詰んだかな」
早くもコウガの頭の中には「諦めの境地」というものが見えてきた。
「人間など、どこもこの程度か」
椅子の代わりに四つん這いにさせた裸の女たちの上に、鎧甲冑のまま腰掛けた紫色の肌の男は、フンと鼻を鳴らした。
年の頃は20代だろうか。線が細く、若い。
魔王軍第八師団、師団長イーサビット。
狂乱の貴公子という二つ名を持つ上位魔族にして、魔王領の貴族階級である。
その背にある被膜の翼や、こめかみから生えている二本の角が人間ではないことを明確に表している。
ここはファルヨシの隣町で、嘗ては綺麗な広場が観光名所にもなっていた。
それが今では広場の彫刻は破壊され、町のあちこちで火の手が上がり、女たちの泣き叫ぶ声が響き渡っている。
部下の魔族達は、町から金銀財宝を奪い、抵抗する男たちをなぶり、女たちを組み伏せた。
「ガキどもは広場に集めろ。魔王領に連れ帰って奴隷商に売りさばけ。値札も忘れるな」
「女たちも売るぞ。楽しんだあとでいい」
「使えそうな男も奴隷にする。年寄りや反抗的な男はすべて殺せ」
魔族たちは人をゴミのように扱っていた。
その様子を少し高台の町長邸宅のバルコニーから眺めているイーサビットは、ワインの瓶を傾けて何回か嚥下すると、自分の椅子にしている女の頭に、中身の残りをぶちまけた。
「どうだ人間の女騎士。お前たちが守ろうとしていた人の町が壊されていく様は圧巻であろう?」
「………外道」
女は震える声で抵抗した。それは殺されることも辞さない抵抗だった。
「くくく。お前たちが、我ら魔族に叛意など持たなければよかったのだ。魔族の中には人間ごときとの共存を唱える腰抜けもいるが、私は違う。魔王様が仰る通り、貴様達は我ら魔族に飼われることで、はじめて生き延びることができる下等生物なのだよ」
「黙れ! クソ魔族!」
「くはははは。いいぞ、私はそういう気の強い女は魔族でも人間でも好きだ。あとで死ぬほどかわいがってくれよう。なぁ、お前も混ざりたいか?」
イーサビットに問われた男は、何も語らず瞳を閉じていた。
ざんばらと無骨に切った長髪に、浅黒い肌。
30代くらいの男は、二本のショートソードを腰に挿した、引き締まった筋肉をまとう剣士だった。
「ふむ? 人の世で暮らしていると言葉も忘れるものなのか? それとも
「………」
「語らぬのか、ガーベルド」
「ふむ。仕方ない。そろそろこの椅子にも飽きてきたところだ。潰して新しいものに────」
「イーサビット様」
ガーベルドは魔族の前で
「喋れるのなら、さっさと返事をしろ、この蛆虫が!」
イーサビットは傅くガーベルドの顔を正面から蹴り飛ばした。
「よく見ろ。この椅子はなんだ? お前の女ではないのか? 私の気分一つでどうなるのか、わかっているのだろうな」
ガーベルドは鼻と口から垂れる血を拭うこともせず、じっと下を向いていた。
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