第17話 コウガはひょっこり現れる?
勇者コウガを殺す理由はただ一つ。
勇者とは、魔族を片手間で殺せるおそるべき存在だからだ。
噂によると、すでに東の勇者は剣の一振りで魔王軍の主力を壊滅させているし、北の勇者は絶対破壊不可能と言われていた魔王領の結界を貫いた。
そんな化物があと一人召喚されている……南のアップレチ王国が呼んだ勇者……ただし、こちらは勇者召喚に手間取ったのか、他の二国より召喚が遅く、まだこの世界に来て時間も経っていないし、勇者としての目覚めもない。
魔族の占術師によりそれが判明した。
ならば、勇者の力に目覚める前に殺す、という魔王軍の作戦は妥当なものだった。
イーサビットは手下の精鋭数百名を集めて王国に攻め入った。大軍だと魔族側にも被害が出るので、隠密行動を取ったのだ。
アップレチ王国に入ると、手はず通り、国境警備隊はいなかった。
だが、すぐに近隣の王国軍がやってきた。
その軍勢は軍とは呼べない少数だったので、軽く遊ぶことにした。手はずと違うがこの程度のイレギュラーはどうとでもなる。それほどの実力差が人間と魔族の間にあるのだ。
イーサビットは王国軍の中に奇妙な剣士がいることに気付いた。
魔族の部下たちが、たったひとりの人間相手に苦戦を強いられていたのだ。
その人間とは思えぬ一騎当千ぶりに、イーサビットはそれが魔族の血を引いている半端者だとすぐに分かった。
あとは簡単だった。こちらには占術師がいる。
半端者、つまりガーベルドの弱点になりえる親しい人間を占術師に探し出させたら、王国軍の中にはガーベルドの婚約者がいたので、すぐさま捕らえた。
それを人質にしてガーベルドを従わせ、各地の町を襲わせた。
親からは「魔族たるもの、人間がやるような外道に落ちてはいけない」と言われていた。人間は野蛮で、目的のためであればどんな禁忌でも犯す連中だ、と。
人質など、魔族のモラルからしたら以ての外だ。
だが「魔族たるものとかいう紳士的な態度でなにができようか。人間はつけあがる一方だ」と感じたイーサビットは、逆に人間より姑息で外道な存在になろうと思った。
イーサビットの考え方は魔族の中では異端だったが、魔王は「それでもよい。成果が全てだ」と放任した。
そして今である。
ファルヨシの隣町を占拠したイーサビットは、ガーベルドの婚約者を裸に剥いて椅子代わりに腰掛けている。
「この女を失いたくないのなら、勇者の首をもってこい。早くしないと私が気まぐれにお前のような半魔族を作ってしまうことになるぞ」
椅子にされた女は舌を噛み切ろうとしたが、猿ぐつわをはめられていてそれも適わない。
「人間は侮蔑すべき生き物だが、女はいい。魔族の女と同じで気持ちいいものを持っているからな。姿見だけは我々魔族に似ていて助かったな、お前たち」
ガーベルドの前で高笑いする。
椅子にされた婚約者は「私を殺して」と叫んだつもりだったが、口にはめられたなにかの拘束具のせいで、声がでなかった。
「あぁ、そうそう。ガーベルド。どうして我々はいとも簡単にこの国の内辺境まで来れたと思う? くくく、貴様達の国のトップ、宰相とやらが手引したのだよ」
「!」
ガーベルドは目を剥いた。
夢見がちな王に成り代わり、執政を取り仕切っている宰相が、どうして魔族と手を結んでいるのか、と。
「お前たちの登場は想定外だったが、おそらく宰相も知らぬことだろう。おっと、どうして宰相が裏切ったのかと驚いているな? んー、いいだろう。暇つぶしに教えてやる。今まで甘い汁を啜っていた貴族たちからすると、勇者という存在は邪魔なのだよ」
勇者がこの国に、いや、自分たちにもたらすであろう利益と天秤にかけた時、この国の貴族たちは勇者の抹殺を選択した。
それが宰相を始めとする貴族勢ほとんどの総意となり、わざと魔族を招き入れるという裏切りに動いたのだ。
王の意思ではない。
王は「我が国が召喚した勇者が魔王を倒し、三大国家のまとめ役になる」という夢物語を今も信じている。
だが、そんな愚王だから、自分の利益しか考えないが頭が切れる宰相に付け入られるのだ。
「ガーベルドよ、悔しいか? なんのために命をかけている? 宰相や貴族のためにか? 馬鹿らしいことこの上ないだろう? さぁ、人など捨てよ。そして勇者の首を持ってこい。そうしたらこの女はお前のものだ。おっと、そうだな。勇者の次は宰相の首を持ってきてもいいぞ? 私の忠実な猟犬になるのであれば、な。 くははははははははは!」
「………」
「……何だその目は。早く行ってこい!!」
イーサビットは空いたワイン瓶を投げつけ、瓶はガーベルドの頭にぶつかり、粉々に割れた。
「お取り込み中にすいません~、勇者ですけど~」
小柄なおっさんがひょっこりと現れた。
場の空気をまるで読んでいない人間の登場に、イーサビットは「あ゛?」と睨みを利かした。
魔族でもイーサビットが睨みつけるとすくみ上がるというのに、この小さなおっさんは「あー、悪趣味な椅子に座ってんなぁ、お前」と、イーサビットを睨み返した。
勇者コウガ。
ファルヨシの町を守るため、敵陣に突撃してきた男。
「うおおお!! 魔族がなんぼのもんじゃい!!」
野太い歓声を上げる冒険者たちは、魔族といい勝負を繰り広げていた。
ツーフォーが彼ら冒険者に与えた肉体強化魔法は、使用後に一週間ほど恐ろしい筋肉痛に襲われるという副作用があったが、それでも魔族と対峙できるだけの力を与えてくれた。
コウガが金を積んでも一人として依頼を受けなかった冒険者たちが、この場に揃っている。
その理由は………
「こっちには女神様が4人もついてんだ!」
エフェメラの魔女ツーフォーが放つ強大な魔法は、魔族の魔法障壁を持ってしても防げないようだ。それでもツーフォーは町をできるだけ壊さないように、かなり的を絞っている。
ブラックドラゴンのジルは本来の姿ではなく、部分的に腕を竜化させ、バッタバッタと魔族を薙ぎ倒していく。元の姿になって攻撃すると町を吹き飛ばしてしまうので、やむを得ず、だ。
冒険者たちの指揮をとる
彼女たちがいるからこそ、冒険者たちも戦えた。
だが、この戦いに参じたのは彼女たちがいるからではない。
「野郎ども、稼ぎの時間だ! 魔族一匹につき白金貨1枚! 遊んで暮らせる大金が欲しけりゃ、狩って狩って、狩りまくれ!! 戦わなかったら冒険者の資格は剥奪だ!」
「うおおおおおお!!!」
普段とは全く違う雰囲気で叫ぶ冒険者ギルドの受付嬢は、ほとんど上半身裸に近い格好で鼓舞しつつ、向かってくる魔族の顔面に拳を叩き込んだ。
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