第14話 コウガが依頼を出す?
宿代をまとめて向こう一ヶ月分、しかも相場の三倍くらい前払いして、部屋のグレードも上げてもらった。
この町の宿はここだけしかなく、ライバル店がないので、もし、どんなにサービスが悪くてもここにしか泊まれない。
その点、コウガは幸運だった。
ここは実にサービスが良い。
グレードの高い部屋など存在しなかったのに、天蓋付きのベッドを町の家具屋に特注し、3日で仕入れてきたほど顧客満足を大事にしてくれる宿だった。
おかげで、ふかふかふわふわな寝心地にコウガは大満足だ。
ツーフォーとジルにも(コウガの強い要望で)個室が充てがわれ、他にも空き部屋はあるにも関わらず「この宿はコウガ様ご一同専用」と立看板が出されていた。
小さな文字で「ファルヨシの町にお越しの商人の皆様は、別途宿を用意いたしますので店主ダヤンにお声がけください」とも書いてあるらしいので、どこか泊まれる場所はあるのだろう、とコウガは心配しないことにした。
むしろ、一般客がツーフォーやジルに(ツーフォーやジルが)変なことをしないとも限らないので、これはこれで安全だからだ。
この町に来てもう一週間経つが、今のところアップレチ王国から追手が来るでもなく、平和だ。
王国がエフェメラのツーフォーを探しているのは間違いないのだが、探す先を間違えているのかも知れない。
ツーフォーは「ここを拠点にしてしばらく『世の中』を知る勉強をしましょう」と提案したのだが、ジルは早くも滞在に飽きていた。
コウガとしては、こんな狭い街の食べものでも、衣装でも、人の暮らしでも、とにかくすべてが真新しく感じて感動していたので、まったく退屈していなかった。
酒場で多少町の人達とも話をするようになった。
暇なので毎日昼と夜顔を出していると、自然と人が集まってくるようになったのだ。
コウガが出来ることは、自分のいた世界の話をすることだけだ。
鉄の船が海に浮かび、潜り、馬を必要としない鉄の馬車が走り、アルミニウム合金の塊がジェットエンジンで空を飛ぶという話もしたが、誰も信じなかった。
信じなかったが荒唐無稽なその話は面白いらしく、誰もがコウガの話を聞きに来た。
「本当なんだけど」と思いつつ、コウガは町の人々を明るく楽しませた。さすがは元パーティー・ピープルなだけあってコミュニケーション能力と人を楽しませる話術には長けていた。そんな折────
「旦那ぁ、異世界の知識でアレ、なんとかしておくれよ」
請われて向かったのは、町の外れにある水車小屋。
歯車が摩耗してだめになっていた。
水車技術者というのは国が確保している最高位技術者らしく、こんな辺鄙な町にまではなかなか来てくれないのだそうだ。
川の流れに身を任せて虚しく回転する水車。本来はその水力を利用して、小屋の中で歯車が連動し、自動的に
「歯車の知識はないんだよなぁ。うーん。引数とか噛み合い率とか、なんか習ったんだけど、勉強してたのが25年以上前だから、そりゃ忘れるよなぁ………」
かみ合いを大きくするほど静かになるが、平歯車よりはすば歯車の方がかみ合いが大きくできるので静かになるとか、歯車が正しく回転を伝達するには、このかみ合い率は1より大きくなければならないとか、なにかの授業で習ったが「受験に必要なくね?」と切り捨てた知識だ。
まさか異世界でその知識を求められようとは。
「要するにこの歯車を直せばいいんじゃね」
というわけでツーフォーとジルに加わってもらった。
「これは冒険者としての依頼ですか?」
ツーフォーはジト目でコウガを見た。
「冒険者になったからには依頼無しで人助けなんて無駄なことをしてはいけません。ですが、そんな優しいコウガちゃんのことが好きです」
「こやつはコウガを慕っておるのか、それとも姉目線なのか、よくわからん女じゃ」
ジルが呆れたように言うと、ツーフォーはコウガの頭を抱き寄せて胸に押し当てながら「コウガお兄ちゃんですよ。私が妹です」と言い始めた。
「年齢はそうじゃろうが………見た目がのぅ………」
「ほっとけ!」
小さい扱いされ続けたコウガが憤慨して声を張り上げる。
「いいからこの歯車の摩耗しているところを治癒して」
「「は?」」
二人の声が揃った。
「あのな旦那様。治癒魔法は生命体にしか効かぬのじゃ」
「そうですよコウガちゃん。無知かわいいけど、無理ですよ」
「やってみたことあるの? ないんじゃない? この歯車元の素材は木だよね? 生命体だよね? 岩と違って呼吸していた代物だよね? やってやれないことはないと思わない? 大体さ、やってもみないくせに『出来ない』とか『そんなのやる意味がない』とかって逃げる若者はどうなのかとおっさんの僕は思うわけよ。やる意味が無いことなんてこの世の中に一つもない!って言いたいね! それに………」
いつものウザイ長台詞に耐えきれなくなったジルとツーフォーが渋々治癒魔法を掛けると、歯車は元の姿に再生し、ギコギコと回転しはじめ、臼を突き始めた。
「………もっと治癒すると元の木になってしまいそうじゃな」
「こんな使い方があるなんて考えもしませんでした」
二人の美女が唖然としている中、コウガは「どやぁ」と言いながら得意満面な顔をしてみせた。
それからというもの、ジルとツーフォーは町で大人気だ。
体調が悪い人がいたら、ツーフォーやジルが治癒魔法をかけてあげるようになり、近くにヤバいレベルの魔物が出たら狩りに向かって成果を上げた。
冒険者として依頼を受けることもあれば、人助けとして無料でやることもある。
そんな二人に感謝して、町の飲食店はだいたい「お代」を受け取ってくれない。
たまに服飾屋のジョルジョは「新作の試作をするからモデルになって欲しい」と言いつつ、良い素材で作ったドレスをプレゼントしてくれたし、宿のダヤンも二人の部屋は「町の英雄の部屋だからな!」と丁寧に掃除するように下男たちに命じた。
道行けば、誰もが笑顔で挨拶してくれる。
そんな二人の影で、小さいおっさんは不貞腐れている────なんてこともなかった。
自分から注目が外れたのを良いことに、毎日酒場で酒盛りしている。
だが、そんなコウガの怠惰な生活も三週間目で終わりを迎えようとしていた。
この隣領が大規模な野盗の集団に襲われたという情報が、文字通り転がり込んできたのだ。
情報を届けてくれたのは、隣領で暮らす若者だった。
体中傷だらけで、もらった水を飲みこぼしながら、必死に「この町に勇者がいると聞いて!」と言い続けた。
そして、人混みの中に混じって話を聞いていたコウガに這うようすがりつき、若者は必死に頭を下げた。
話によると、野盗と言えどその数は数百。
まるで軍隊のように訓練された彼らは、町や村を襲撃し、金品強奪はもちろん、無益な殺生を繰り返し、捉えた者達は奴隷として売ってしまうらしい。
特に悲惨なのがご婦人方だ。野盗たちの慰み者にされ、ボロ雑巾のように捨てられるか、売り払われる………その非道な行いは人に在らざる者と言ってもいい、極悪な連中なのだそうだ。
「数百人いて、多少訓練されているとは言っても野盗の集団だろ? 領地にいる騎士団なら正当な訓練も受けているし、簡単に駆逐できるんじゃないのか?」
村の誰かが疑問を呈すると、若者は首を大きく横に降った。
「野盗の中には
その懇願の眼差しにコウガは「え、えー!?」と青ざめた。
アップレチ王国最強の剣士で、三大国家の剣聖を決める国際試合で過去三回連覇の、まさに剣鬼とも呼べる男だった。
そんな男がどうして野盗になってしまったのかわからないが、剣圧だけで砦の壁を粉砕してしまうという、まるで漫画のような力量を持つ男らしい。
「漫画みたいに強いのならこっちにもいるけどね………いるんだけどね」
おそらくはその剣聖に訓練された数百の軍勢相手に、こちらの戦力は二人。
ジルはドラゴンの姿に戻れば楽勝かもしれないが、人間には数と知恵がある。いくらブラックドラゴンでも無傷とはいかないだろう。
実際ドラゴンという高位の存在でも、夥しい犠牲はあるものの人間如きに狩られている、という事実を考えると、やはり危険はある。
そしてツーフォーは魔法は使えても、訓練など受けていない只の人だ。戦闘の訓練を受けている可能性が高い野盗相手だと、とても危険だ。
「冒険者に野盗討伐の依頼はないの?」
コウガが冒険者ギルドに行って尋ねると、受付嬢は首を横に振った。
「今回はどんな冒険者も受けてくれませんよ。町長は荷物をまとめて逃げる算段をしているらしいですし、そもそもこの町を守ろうと思う依頼者がいません。いても、そんな大金を持っていないでしょう」
「ギルドからの依頼ってないの?」
「ございません」
どうしたものか。
滞在しているだけの縁もゆかりもない町のために、なんの見返りもなく、二人の美女を前に晒して戦うのか。
「そういえば、あなたはどうするんですか」
コウガが職員に尋ねると、薄く笑った。
「私は冒険者ギルド職員です。どんな時もこの場から離れません。私がここを離れる時は魔王軍が攻めてきた時だけです」
「だけど、野盗が町を占拠したらギルドもあなたも………」
「ふふ」
受付嬢はまた薄く笑った。
「私を心配してくれるんですね。ありがとうございます、勇者様」
勇者、か。
自分になんの力もないことが悔やまれる。
なにが勇者だ。なにもできないじゃないか。
『あの若者………隣町から傷だらけでわざわざ来てくれたのに「ごめん、僕はなんの力もないんだ」って言ったら、絶望してたなぁ………』
今、自分ができることを考える────宴会を盛り上げることしかできることがない。
逃げるか?
ツーフォーとジルの力があれば、野盗に追いつかれない所まで逃げられる気がする。
だけど、町の人達はどうする。
足が悪くて逃げられないだろう人もいっぱいいる。
町角の花屋のおばちゃんの笑い方が豪快で好きだが、彼女は脚を悪くしていて、ゆっくり歩くのが精一杯だ。
寝たきりの爺ちゃんを置いて逃げられないという家具屋のリリーは、箪笥の角で小指をぶつけすぎて、小指が親指みたいなんです、と陽気に笑えるいい娘だ。
この町が好きだから逃げ出せないと言う酒場のアイモは、エールを運ばせたら天下一品。あんな小さな体で18ものエールグラスを運べるのだから大したものだ。
「…………」
失いたくない人達の笑顔。
偽善でも良い。
野盗撃退に力を貸してくれる冒険者を探そう。
「依頼があれば冒険者たちも受けてくれるのかな」
「それは………金額次第かと」
受付嬢は「おそらく無駄ですが」と付け加えた。
「うーん。依頼料が高いほうがやってくれる?」
「ええ。命と金を天秤にかけて生きているのが冒険者ですから」
コウガは、ポケットに無造作に入れていた金剛貨を握りしめた。
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