イマジナリー・モンスターフレンド

ゆきまる

 

CASE #01 賢牛と泣き女と包帯少女 

#001 まだ春の日に

 わたし、由乃朋美よしのともみが育った町はよく言えば自然豊かな、ハッキリ言えばそれ以外は何もないくらい田舎だった。

 それは代々続く農家の娘として生まれたからには当然のことである。

 子供のころは野山を駆け巡り、たくさんの生き物を見つけては、それを両親や祖父母へ誇らしげに見せていたらしい。


 中学からは街の学校へ通うようになったが、貴重な休日に遠出で疲れるわけにもいかず、やっぱり近くの野山を散策していた。

 そうこうしている間に月日は流れ、いよいよ大学受験を迎える年になった。

 良くも悪くも勉強をする時間だけはたくさん持てる環境であり、ほかにすることもなかったので、成績だけは人並み以上を維持していた。


「いまどきは農家の娘でも大学くらいは出ていないと嫁の貰い手も見つからない」


 なんだかよくわからない祖母の勧めもあって、大学進学を目指すことにした。

 この地方で生まれ、二十歳そこそこで我が家に嫁入りをして以来、汗を土に染み込ませるように働いてきたおばあちゃんは、叶うなら一度でいいからキャンパスライフというやつを経験してみたかったらしい。

 祖母の夢と両親の見栄を果たすため、わたしは結構なレベルの大学を受験することに決めた。

 自分自身としても幼少から生き物に対して深い興味があったし、どうせなら高度な研究が出来る教育機関へ進みたかったので……。

 幸いにも模試ではA判定を取れて、あとはもう無事に試験を受けるだけだと先生方からも太鼓判をいただいていた。


「修学旅行の北海道でもここまでは降ってなかったわよ……」


 いまでもあの日の光景は忘れない。

 朝、目を覚ますと、これまでの人生で見たこともないほどの大雪が積もっていた。

 それでも空は晴れているから大丈夫だと、おじいちゃんの軽トラで駅へ向かうことになった。そして非情な現実に打ちのめされる。

 積雪により鉄道のダイヤは運休。街へ向かうバスも山道が雪と凍結のために通行禁止となったため、こちらも運行を中止。

 小さな街は完全に孤立状態となった。

 わたしの春は迎える前に終わってしまったのだ。


 春が来て、雪解けの季節が過ぎて、桜が咲いて花びらが散った。

 学校を卒業したわたしは、次の春を目指して勉強を続けている。

 両親は別に私立の学校でも構わないと言ってくれたが、「ワシのせいだ」と泣き崩れる祖父と「わたしが我儘わがままを言ったからだ」と自分を責めた祖母のため、やっぱりもう一度、同じ大学を受験することに決めた。

 口にはしなかったが、こちらの気持ちを汲んでくれた両親は街のアパートを一室、借りてくれて、先月からわたしはひとり暮らしを始めている。

 まあ、いい歳した娘が日がな一日、家にいるのも格好がつかないし、両親からしたら手が空いている人間は、ついつい畑仕事に駆り出してしまいたくなるらしい。


「だからって全部、甘えるわけにはいかないよね……」


 暖かい春の日、わたしは部屋のテーブルの前に腰を下ろし、アルバイト情報誌に目を落としていた。

 現役JK有名大学模試A判定という、少し前のステータスなら中学生の家庭教師くらいは見つかるだろうけど、浪人生にジョブチェンジしてしまってはそれも難しい。

 なので別の職を探すことにした。

 ただ、人前に出ることや多人数で一緒に働くのは性格的に厳しいと思う。

 子供のころから、人よりも自然に触れていた時間の方が長かったのだ。

 ちょっと他人との距離感のつかみ方がヘタクソなのは自分でもわかっている。


「とはいえ、選り好みが許されるほど恵まれた立場じゃないわ」


 ある程度の妥協は現実的に必要。

 パラパラとページをめくっていく。あるところで指が止まった。


『急募 女性施設管理者。経験不問、生き物が好きな方。交通費支給。連絡は事務課まで。公立童呼原どこはら野生生物管理センター施設管理課』


 童呼原という地名には覚えがる。

 確か、ここからバスで一時間ほど行った場所だ。

 わたしの実家と負けず劣らずの田舎だったはず。

 通勤は大変そうだけど交通費は出してもらえるし、どうやら業務内容は生き物に関することらしい。

 だったら、わたしでも務まるだろうと安易に考えた。

 連絡先となっている事務課に電話をかけ、面接の日取りを決める。

 どうやら採用に関しては直接、センターの方を訪れてほしいとのことだった。


 ◇◇◇


 朝早くのバスに乗って、目的の管理センターへ向かった。

 市街の停留所から直通の路線が出ていたのは驚いたが、わたし以外には乗客は誰もいない。

 そのままバスは終点の管理センター前に到着した。


「なんだか、すごく物々しい雰囲気……」


 しばらく道なりに進んで、山の中に突如として現れた背の高い金網。

 それが見える限りにどこまでも続いていた。

 最上部には支柱に沿って、数本の鉄線が平行に延びている。

 多分、あれには高圧電流が流れているような気がした。


「ここなのかな?」


 フェンスの途中に鍵の掛かった搬入用の両扉を見つけた。

 金網のドアの真ん中には、大きく描かれたハザードマークと警告文の記されたアルミ板が掲げられている。

 ここがただの施設ではないことを雄弁に語っていた。

 扉の横にあるインターホンのボタンを押すと、すぐにノイズの多いスピーカーから返事が聞こえてくる。


「おはようございます。どなたでございましょうか?」

「あ……。お、おはようございます! 本日、お約束させていただきました、”由乃”ですが」

「お待ちしておりました。ただいま、ロックを解除いたしますので、そのまま道なりにお進み下さい。わたくしもすぐに参りますので」


 しばらく応答したあと、掛けられていた電子錠のロックが外れ、状態示すLEDランプが赤から緑に変化した。

 いよいよ、わたしは施設の中へと足を踏み入れていく。

 ここが本当はどのような場所であるのか、いまはまだ知る由もなかった。

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