Ⅱ.世界創造


 「原初の世界」

 太初はじめの世界には、ギンヌンガガプ(:ギンヌンガの裂け目)と呼ばれる大穴がただぽっかりと大口を開けており、それ以上でも、それ以下の状態でもありませんでした。しかし、世界は動き続けるものです。やがてその虚無の淵から南にはムスペルヘイム(:炎の民の国)が、北の端にはニヴルヘイム(:霜の冥府)が出現しました。後者から流れ出てくる沸き立つ鍋フヴェルゲルミル泉の水は、その強烈な低温により、氷塊となり、それがギンヌンガガプに転がり落ちていきました。


 対するムスペルヘイムの境界には、特に黒の巨魔スルト(:黒)という恐ろしい異形がいて、それの持つ剣からは絶えずほむらがほとばしっています。その火花がちょうど溝の中に落ちると、恐ろしい勢いで氷は昇華し、水蒸気が上がりました。するとその水から、原初の魔人ユミル(:雌雄同体)が誕生しました。ユミルも生き物ですから、何か口にしないといけません。暗闇の中をうごめいていると、ユミルの次に生まれた巨大な牝牛アウドムラ(:肥沃なる黎明)に出会いました。ユミルはそれからでる乳を飲んで、何とか生きながらえていきました。一方のアウドムラも、何かを食べなければなりません。そこで、塩気のある氷塊をなめ続けます。すると頭のようなものが見え始め、さらになめ続けると、最初の神であるブーリ(:食料庫)が出てきました。



 「神の誕生」

 美しい女神ブーリはボル(:船倉)という神を生み、他方ユミルも、寝ている間に巨人たちを誕生させました。彼らが後の巨人たちの祖先です。ボルは女巨人のベストラと結婚し、後に神々の王となるオーディン(:激怒)とその弟たちのヴィリ(:歓喜)とヴェー(:悲嘆)を儲けました。オーディン三兄弟がほしいままに乱暴を働くユミルを協力して殺すと、その大量の血による洪水で、残りの巨人たちはみな死に絶えてしまいました。ただ、ベルゲルミル(裸で叫ぶ巨人)とその妻だけは船を作って生き残り、ヨツンヘイム(:巨人の国)という世界の果てに流れ着き、そこで霜の巨人として、神に対する憎悪に燃えながら子孫を残していきました。神対巨人という構図はこのときにまで遡ります。


 その後オーディンとその弟たちは、ユミルの死体から世界を作り始めました。肉からは大地を創り、骨からは山々創り、空はユミルの頭蓋骨から、雲は脳からつくりました。空の四隅はアウストリ西ヴェストリスズリノルズリという四人のスヴァルトアールヴヘイムに支えさせています。(こういった巨人を世界の材料にする神話と、とくに巨人死体化粧神話といいます)。その死体からは、しばらくするとたくさんのウジ虫が湧いてきたので、神はそれに魔法をかけ、黒の妖精に変化させました。さらに彼らは光を世界に生み出そうと、スルトの剣から放たれる火花を掴み、それらを星々にし、空を輝かせました。そうして作業をしていると、ひときわ大きな炎の塊が飛んできたので、それを太陽と月にして、打ち上げました。



 「世界創造」

 ところで最初の人間は、オーディンたちが海岸を歩いている時に見つけた二つの木からつくられたといいます。人間を創造する場面の話は二種類あります。一つ目は、オーディンとヴィリ、ヴェーが心や知性、体を分担して作ったというもの。もう一つはオーディンとヘーニル、そしてロドウルらが分担したというもの。いずれにせよ、オーディンが関わったということに違いはありません。彼らは最初の男女はアスク(:トネリコ)とエムブラ(ニレ)と名付けられ、ミッドガルドに住まわせられました。

 そのあとでいよいよ、オーディン三兄弟は自分たちの暮らすことになる拠点を、世界の中心に作っていきます。これが神々の世界アースガルドで、そのさらに中央にはフリズスキャルブと呼ばれる玉座があります。これに座ると、世界中を見渡せ、起きていることを把握でき、人間の心までをも読めてしまうといいます。

 神々はまた、地上(おそらくミッドガルドのことと思われます)から神界をとおってウルザルブルンのほとりまでビフレスト(:揺れる道)という、虹で出来た橋を架けました。赤、青、緑の三色で出来たこの橋のほとりにはヒミンビョルグ(:天の守り)という聖なる館があり、そこにはヘイムダル(白い神)が住んでいます。この神は橋の番人であり、また世界の守護者でもあります。ラグナロクが到来したことを叫びの角笛ギャラルホルンで九つの世界全てに伝えるからです。彼はまた、人間の「身分」を生んだ神でもあります。



 「太陽と月」

 先述した通り、太陽と月はスルトの剣からほとばしる炎の塊から作成されたものですが、神話では運行の様子まで詳しく説明しております。

 太陽と月はそれぞれ車に乗せられて、馬に引かれています。太陽はアールヴァクルとアルスヴィズという二頭の馬が熱を冷ますためのふいごを肩に付けて引いていました。また、その眩しさを軽減するためにスヴァリンという盾を車の前に置いていたといいます。

 この二つの車に御する馭者に、オーディンはマニ(:月)とソール(:太陽)という美しい巨人を抜擢しました。二人の父ムンディルフェーリ(:決まった時を動く者)がその美貌を何かにつけて自慢していたことに対する罰として、この辛い役目を負わせたといいます。「罰」と述べたのは、太陽と月が年中無休で休まずに空を移動しているからですが、ではなぜマニとソールの車は動き続けなければならないのでしょうか。実は、前者にはスコル(:騒ぎ立てるもの)、後者にはハティ(:破壊するもの)という巨大な狼が後続していて、二頭の狼は常に太陽または月を飲み込もうと狙いをすましています。そして、天体がときどき口に入ってしまう時を日食や月食と見立てています。

 また、マニとソールの他に、車を引いて空を飛ぶ神がもう二柱います。ノート(:夜)という巨人は曙光の神デッリングと結婚し、昼の神ダグ(:昼)を生みます。オーディンはそれを見て、この母子にも天を駆けるよう指示します。母親のノートにはフリームファクシ(:霜のたてがみ)という馬を与え、夜の十二時間を担当させました。この馬が夜明けに口から吹き出す泡が地上の露になるといいます。一方のダグにはスキンファクシ(:輝くたてがみ)というたてがみ輝く光の馬に車を操らせます。その光が地上の昼の十二時間を作っているのです。

 なぜ太陽と月だけで満足せず、ノートとダグにまで夜と昼を操らせたのかは私にはわかりません。個人の考察ではありますが、おそらくマニとソールの太陽と月がそれぞれ天体の“象徴”として働くのに対し、ノートとダグ、そしてその馬の存在は天体の果たす“役割”を担当しているのではないでしょうか。

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