注文の少ない料理店
@stdnt
第1話
二人の若い実業家が、すっかり登山ブランドで身をかため、ぴかぴかの四輪駆動車をあやつってだいぶ山奥の国道を、こんなことをいいながら、走っておりました。
「しかし面白くないね。ガイドブックにはこの季節、山ガールであふれているってかいてあったのに。」
「本当に。いくら俺たちがかっこよくても、獲物がいないのじゃあ意味がない。上物を射止めることができたら痛快だろうになあ。」
それはだいぶの山奥でした。ご自慢のカーナビも位置を見失ってしまったくらいの山奥でした。
「もどろうか。」
ひとりが言うと、もうひとりがいいました。
「賛成。腹も減ってきた。帰りがけに食事でもしよう。この分では我々の舌を満足させられるようなレストランはなさそうだがね。」
二人は何事にもブランド志向がつよく、身なりから住みかから、一流のものでそろえておりましたが、こと、食に関しては贅をつくした生活を送っておりました。
「この間いったフランス料理はソースが二千四百円もしたものだ。」
とひとりがいうと、
「この間いったイギリス料理はソースが二千八百円もしたものだ。」
ともうひとりが応戦しました。
しばらく行くと、立派な西洋造りの家がありました。
そして玄関には
「RESTAURANT 西洋料理店 SLYFOX HOUSE 痩狐軒」
という札がでていました。
「ちょうどいい。入ろうじゃないか。」
二人は玄関に立ちました。玄関は白い瀬戸の煉瓦で組んで、ぼろぼろでした。そしてこれまたぼろぼろの開き戸に貼り紙でこう書いてありました。
「どなたもどうかおはいりください。決してご遠慮はありません。」
二人はそこでひとしきり建物をけなしました。
「こいつはどうだ、ひどいもんだね。入るのやめようか。」
「センスのかけらもないね。どうだい、ひとつ、我々のセンスで小馬鹿にしてやるというのは。」
二人はそう決めて、扉を開きました。
廊下を進み、突き当りの扉には、こう書いてありました。
「当軒は注文(=カロリー)の少ない料理店ですからそこはご承知ください。」
「いやはや、プライドってもんがないのかね。注文のバラエティが少ないことを先に謝ってしまっているよ。しかもあろうことか、それをヘルシーで言い訳しようってわけだ。」
「こうなったら徹底的に馬鹿にするにかぎるな。」
二人はぶつくさいいながら扉を開け、廊下を進みました。
しばらく行くと、今度は大きな両開きの木の扉が見えてきました。
「この扉は重くて開きにくくなっています。ご注意ください。」
「いちいち気に障る店だなあ。イライラしてきた。」
二人はうんうんいいながら、汗だくで扉を開きました。
扉の向こうには長い長い螺旋階段が待っていました。
「お登り下さい。当軒は一番上の階です。」
階段の入口には、そのような看板がありました。
「わけがわからん。そもそもここは店の中だったのじゃないのか。当軒は一番上だなんて。」
二人はまたしてもうんうんうなりながら、汗だくで階段を登りました。
一番上の階にたどり着くと、扉にはこう書いてありました。
「いや、わざわざご苦労です。大へん結構にできました。さあさあなかにおはいりください。本日のメニューは麦パンとじゃがいものスープのみです。」
二人はあきれ返ってしまいました。こおん、こん。狐の痩せた声が聞こえてきます。
「もうなんでもいい。これだけ体を動かされて、腹と背がくっつきそうだ。たすけてくれえ!」
その時です。どうっと風がふきこんできて、室はけむりのように消え、二人は寒さにぶるぶるふるえて、草の中に立っていました。見ると、大きな岩の上に麦パンとじゃがいものひえたスープがおいてありました。風がふたたびどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
二人は麦パンとスープにむしゃぶりつきました。そうして、どんなに高いソースよりも、空腹でいるということが最高のソースになるということにきがついたのです。空腹はやっとこ、みたされたのでした。
しかし、さっき一ぺんみたされた二人の腹は、東京に帰ってもジムに通っても、もうもとのとおりに空腹になることはありませんでした。
注文の少ない料理店 @stdnt
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