第12話 城下町Ⅰ

「では、魔導師様に失礼の無いよう頼むぞ!」


「はい!」


 白銀の戦士と兵士の会話である。

二人はその会話を終えるとそれぞれ別の部屋へ戻った。


「はぁぁぁぁ」


 自室に入るなり大きなため息をついたのは鎧を着た男である。


「なんであんなことをしてしまったのか…」


 ため息の原因は少し前の出来事にある。

この男は国を救ったとも言える恩人の魔導師に、呼ばれたと勘違いしてノックもせずに部屋に押し入ってしまったのである。


「めちゃくちゃ気を遣ってくれたなぁ…朝御飯も気を遣って食べてくださったし…あぁ、なんてことを…」

(これ以上の失態は…怒られる?殺される?いや、国がなくなるという可能性も…大変だ。それにしても、魔導師様の名前はコータだと聞いたが、それが本当ならあの動物には近寄らない方がいいかな。これ以上、気を害させるわけにもいかないし。)


 城下町を案内することは光栄なことであるのは間違いない。

しかし今の彼は国を救った魔導師に怯えているため、できたら逃れたいと考えていた。

 少し考え事をしながらその男は城門へと歩いていった。

それはもし、魔導師が歩いていってしまっても外へさえいっていなければ、すぐに駆けつけることができるからである。

しかし、その心配はすぐに不要となることを知る。


(カイロさん、どこにいますか?)


 男は立ち止まる。

そして周りを見渡す。

自分以外は聞こえていないようだった。


(先ほどもそうであったが…やはり、魔導師様は心の声を使えるようだ…)

「あ、魔導師さま!城門です!今からそちらへ向かう…」


 周りの兵士は驚いたように男のほうを見る。

周りの兵士からしたら男と魔導師の会話はただの男の大きな独り言になっていた。

急に一人で話し出したようにしか見えない。


(そこにいてください、今からいきます。)


 男が身なりを整えようとしたときにはもう目の前には魔導師がいた。

男は目を丸くしている。

よほど驚いたのだろうか。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目の前に突然現れた魔導師の姿に目を丸くさせた。

突然現れたことにたいしてはさほど驚きはない。

しかし、その格好に対して、驚きを隠すことはできなかった。


(おぉ…今朝まで…魔導師と言われても信じられない格好であったが………魔導師だ…)

漆黒のローブに白の縁取り、金のラインが入っている。

力ある魔導師らしい格好に圧倒された。


「そ、その…格好は…どうされたのでしょう…?」


 驚きで声が上手く出なかった。


「変…ですかね…」


 魔導師は照れながら言った。

変なはずがなかった。

今、自分はその格好をした少年に圧倒されているのだから。


「変なはずがありません!まさに大魔導師様!」


「そ…そうですか…?ありがとうございます。」


 (照れるところは少年だな)


 少年らしい心を垣間見たところで、一つ不思議な点があった。


「ところで、杖はどうされたのでしょう?」


 普通、魔導師は杖を持つ。

魔力を上昇させるためであったり、マグの消費量を抑えたりする効果があるらしい。


「杖は…カイロさんと相談して見た目を決めようと思いまして…」


 また、驚いた。

単純に見た目を決めると言ったことに。

杖の見た目をそれほど権力のない自分と決めると言ったことに。

杖の見た目は普通、決められない。

それは王であってもだ。

ある杖職人の話だと、杖を作る人が形を決めるわけではなく、買う人が決めるわけでもなく、杖が自身の形を決めるらしい。

どういうことか理解はできなかったが、とにかく、杖の形を決めるのは不可能らしい。

しかし、目の前にいる魔導師が言うと不思議と不可能ではない気がする。


「杖はどこでお作りになられますか?よければ我が国が全力をもって作らさせていただきますが…」


「えっ…?大丈夫です!普通に自分で作りますよ?」


 またまた驚いた。

杖を作るということは少年にはできるはずがなかった。

杖職人は8歳から12年間学び、そこから20年修行してようやく一人前の杖職人になることができる。

目の前にいるのは少年だ。


(できるはずがない…本人には言えないが…)

「では、途中、杖職人のところへ寄って、杖を見てみましょうか。」


「わかりました。お願いします。」


 少年は身分の低い自分にも礼儀良く接してくる。

非常に気分がよかった。


 先程までは案内を頼まれたのが憂鬱だったが、今は不思議とその気持ちは消えていた。

魔導師の心には少年が間違いなくいることを知れたからだろうか。


「では、着いてきて下さい。」


「はじめから歩いていくんですか?」


「はい?」


 何をいっているんだと思った。

国を救ったから馬車にでも乗せろと言いたいのか。

明らかに顔に不満が出てしまった。

少年はそれに気づいたのだろうか。


「まず、空の上から街を見た方が、早いと思って…」


 またまたまた驚いた。

どうしてその事に気づかなかったのか自分を責めた。

確かにまず、街全体を見た方が地形などつかみやすいだろう。

それに移動魔法の…瞬間移動を簡単にやってのける魔導師が歩くことを選ぶことはあまり無いだろう。

今までは自分に付き合ってくれていたということになる。


「し、失礼いたしました。では、そういたしましょう。私もご一緒しても?」


 魔導師は当たり前だと言わんばかりの無表情だった。

少し、怖さを感じるほどに。


「ご…ご一緒します!」


「タルタルソース」


 謎の言葉を魔導師が口にすると体に重力を感じなくなった。


「こっ…これは…」


 ふわふわとした感覚が体を包む。

魔導師は確かめるかのように空中を上がったり下がったり、回転したりしている。


「はじめてですか?大丈夫ですか?」


 魔導師は驚いている自分を空の上の方から見下して聞いてきた。

すこしバカにされている気がした。


(確かにはじめてだが…こんな少年に…クソッ)

「初めてですが、大丈夫です。ご心配なく!」


 少年と共に上昇し、上から城を見下ろす。


(我が国は…なんと綺麗なんだ)


 自画自賛ではあるが確かにきれいであった。

城を中心に広がる街。

町を囲む砦。

周囲の山々。

青い空。

コントラストが完璧だった。

ポツリと少年が言う。


「…綺麗だ。」


 その言葉を聞いて口許が緩む。

誇らしかった。

どんな力を持った魔導師でもこの美しい街に心奪われるということが。

さっきまでの少年に対しての負の感情はきれいさっぱりなくなっていた。


「では!!魔導師様!!案内をさせていただきます。まず、どこかいきたいところはございますか?」


「あ、あそこの中心地から離れた赤い屋根の…」


 しまったと思った。

なぜ、魔導師にいきたいところを聞いてしまったのか、と。


「あそこは特別面白いものはございませんよ」


 そう言ってみたものの、魔導師は譲らない。


「あそこにつれていってください!行きましょう!」


 気は乗らなかったが仕方がない。


「…わかりました。行きましょう。」


 スーッと音もなく赤い屋根の場所まで降りていく。


ブヒィーッ


 近づくにつれあの動物の鳴き声が聞こえる。


「なんていう動物ですか?」


 最も恐れていた質問がやはり来てしまった。

答えたくなく、黙った。

赤い屋根の小屋の前に降りた。

そこには四足の丸々とした動物が何百といた。


「なんていう動物ですか?」


 もう、答えなくてはならないと思った。

二回も無視するわけにはいかない。

できるだけ失礼の無いようにしようと心に誓った。


「あの動物は…コータといいます。」


「これがコータ…」


 魔導師はそれ以上なにも言わなかった。

きっと内心では怒りに満ちているのだろう。

コータはよく食される非常にポピュラーな動物だ。

昨日も宴に出た。

魔導師も美味しいといって食べてはいたが。

「コータ野郎」男性に対して用いられるポピュラーな蔑称の一つである。

そう言われる程度の動物なのだ。

自分と同じ名前の動物が肉として育てられているこの動物と同じなのであれば腹が立つのは分かる。

力のある者ほどそう感じるだろう。

だからこそ、この場所だけは避けるべきだった。

しかし、やってしまったものはどうしようもない。

もう、覚悟を決めた。


「申し訳ございません!!コータという動物の説明をしておくべきでした!」


 魔導師は静かにこちらを向き、またコータの方を向いた。

それがまた、さらなる恐怖になった。


(なにも言わない…どういうことだ………怒ってない?…そんなわけ無い………)


 様々な思いを巡らせていた。

結局たどり着くのは魔導師は怒っているということだが。

考えていると魔導師が突然口を開いた。


「………ます。」


 なにか言ったようだがよく聞こえなかった。


「はい?」


「名前変えます!」


 感服した。

普通、力のある者は周りの環境を変えようとする。

例え、一国の王であっても同じことをする。

しかし、目の前にいる強者は違う。

自身を変えるというのだ。


(なんと心の広い…)


「格好いい名前、考えておいてください。名称でいいので」


「え…私が考えてもよろしいのでしょうか?」


「はい。おねがいします。」


 驚きなんて言葉では表すことはできない。

王でも、軍団長でも、他の権力者でもなく、この自分に頼むのだ。

理解に苦しんだ。

しかし、同時に喜びもあった。

たかが一兵士が国を救った英雄の呼称を考えろと言われたことに。


「分かりました!このカイロ!偉大なる魔導師様に相応しい名を考えさせていただきます!」


 魔導師が頷くと自然と笑みがこぼれた。

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