光を求めて

ごんぞう

第1話 謎の生物

一人の男が立っている。

身なりはいたって普通で現代日本人としてなんの変哲もない。

しかし、周りを見れば鎧をきた兵士らしきものや武器を持ったケンタウルスのような生物が横たわっている。

息があるものは数人だ。

 味方らしきもの達は遥か遠くから呆然と見ている。

横たわっている兵士の中でなんとか防いだであろう、ボロボロの盾を持った、ボロボロの鎧を着た、ボロボロの戦士がその男に叫ぶ。

「お前は何者だ!」

 一人立っている男は空を見上げているだけだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 畑仕事の朝は早い。

真っ白な世界…水で薄めた牛乳の中のような世界である。

霧が立ち込める中せっせと畑を耕す。

昼までに終わらせなければ…などと考えつつ一息つく。

 息をふぅっとついたとき真っ白な霧の中、朝日に照らされ、人影らしきものが見える。

馬に乗っているのだろうか。

霧にうつされた影には足が四つあるように見える。

だんだんと近づいてくる━━━━。


(一人?一匹?じゃない?一、二、三…五匹?五人?)


どんどん近づいてくる。

それと共に地鳴りのような、雷の轟のような音が聞こえ恐怖をおぼえる。

 恐怖という言葉が正しいのだろうか。

分からないがこれはきっと恐怖なのであろう。

いや、恐怖に違いない。

なぜならあのような足で畑に入り走ったら間違いなく畑は荒れるが、怒ることが怖いのだ。


(はやく通りすぎてくれ…)


 あまりの恐怖に逃げることを忘れ、魅入ってしまう。

その集団はどんどん近づいてきて顔は見えないが姿ははっきりと見える位置まで近づいてきた。

 そこで一匹とも一人ともわからなかったものの正体がわかった。


(馬人だ!)


 馬人はひどく恐ろしいと聞く。

先日、隣の国である那国の村が襲われ皆殺しにされ食べられたそうだ。

馬人は人を食料としか見ていないらしい。


(俺は…俺の村は…今日で最後なのか…?)


恐怖の中、ただひらすらに見つからないように祈っていた━━━━━。


「おい、そこのお前!ここはどこだ!」


━ビクンッ━

(見つかった…)


 こちらから姿が見えるため当然向こうからもわかる。

そんなことはわかりきったことである。

見つからないように祈った自分がバカらしかった。


「おい‼ここはどこだと聞いているんだ!はやく教えろ!」


 先頭の馬人が怒鳴った。

しかし、なにか変だ。

恐ろしい馬人であるが、その声からは焦りが伺える。


「おい!!」


 恐怖とは別の迫力のある声で馬人は怒鳴る。


「こ、こここ、はぁ、は、け、恵国…の…ひ、ひが、ひががが、東の村です」


 唇が、口が、いや顔全体むしろ全身が思い通りにうごかず驚くほど声が震える。


「東の村か、ここまで来たら大丈夫か。」


 馬人の声からは安堵が感じられた。


「そこのお前、家はどこだ、休ませてくれ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「帰ったぞ!お客様だ!はやくしろ!」


 畑仕事に出掛けたはずの夫の声が聞こえる。

なんだか急いでいるようだった。


「おかえりなさい、あなた、何かあっ…た………⁉」


 絶句した。

夫の後ろには下半身が馬、上半身が人である馬とも人とも言えないものが何体もいるのだ。


(もしかして…馬人…?)


 夫が急いでいたのもわかる。馬人と思わしきものの機嫌を損ねたらと考えると恐ろしい。


(本当に馬人…?そうだとしたらなぜここに…?夫とはどんな関係…?)


「お客様だ!はやくおもてなしの準備をしろ!!はやく!」


 夫の怒鳴り声で我に帰る。


「ど…どうぞ…」


 声にならない声で言った。

失礼になってないといいが。

 馬人らしきものは何も言わず家に上がる。

馬人の下半身は馬のようであるため靴は履いていない。

だから畑の中を走ってきたままである。

当然家の中に泥の足跡がつく。


(汚い…)


 きれい好きであるため正直、今、目の前に広がる状況は許せるものではなかった。

しかし口がさけても言えない。

もし噂に聞くあの馬人だとしたら機嫌を損ねたらどうなるかわからない。


「せ、狭い家ですが…どうぞ…」


 夫が必死に馬人であろうものの接待をする。

妻である自分は飲み物の準備をしなければいけない。


(馬人はなにを飲むのだろうか?馬だから水?いや、人間だからお茶の方がいい…?それとも…?どうしようか)


 悩んだ。

今後の人生でこれほど悩むことはないだろう。

頭が爆発しそうとはよくいうものであるが、今まさにその言葉がぴったりである。

人生最大にして最難である悩みの答えはでない。

しかし、同じ空間に馬人と思われるものは確かにいる。

どうするべきか。


(だめだ。わからない。こうなったら…)


 必死でつくった。


「飲み物でございます。」


 そういって飲み物を机においた。

夫と馬人らしきものの視線が刺さる。

いやむしろ貫通するのではないかというほど強い眼差しを感じる。


「なんだこれは!」


 夫が怒鳴った。

確かにその気持ちは分かる。

いきなり見たことのない赤ともみかん色ともいえない色の飲み物を出されたら不思議、不快に思うだろう。

しかも人生がかかっている場、特別大切なお客様にであるならなおさらである。

しかし、気持ちは分かるのだが、どうしようもなかったのだ。


「人参じゅぅすというものでございます。」


 もうやけだった。

自分の中で馬というものは人参が好きというイメージがあった。

じゅぅすというものは飲んだことがなかったが、果物などを搾った汁ということは知っていた。

非常に美味であるときく。

馬人にはこれしかないと思った。

 静まり返った空気が妻に重くのしかかる。


「…ど…どうぞ…」


 静まりかえった空気のなかに声が響く。


「…飲んでみるか」


 静寂をきりさいたのはリーダーと思われる馬人?であった。

その男?雄?を見てみると左腕がないことに気づいた。

なにか大きな事故にでもあったのだろうか。

しかし、その事については触れることはできない。

機嫌を損ねるかもしれない可能性がある限り、なにかをいうことはできない。

聞きたいという欲求と、それにより機嫌を損ねたらという恐怖の間で葛藤しているとリーダー格と思われるその者は飲み物を口へ運ぶ。


(噂に聞くほど悪い人?馬?じゃないのかしら…)


 リーダーに引き続き他の馬人らしきものも口にする。

夫は目を真っ赤にしてこちらを睨む。

怖くて下を向いているため、正確には睨んでいるかは分からないが、恐ろしいほど強く視線を感じる。


(もし口に合わなかったらどうなるのかな…私…食べられる…?)


 そう思ったら急に手が震えてきた。

夫に助けを求めようと見ると目力はさっきほどなく、しゅんとしており、うっすらと目元に光るものが見えていた。


(かなり怖かったんだ…ごめんね…)


 夫婦で悲しみにくれていた。

しかし、最悪の展開というものは時には裏切るものだ。

シーンとした時間が…たかだか数秒であるが無限に続くかのごとく感じた。


「ウマいぞ!」


 皆口々にいう。


(えっ…)


 ポカーン。である。妻でさえポカーン。であるのだ。ということは恐怖とずっと戦ってきた夫はというと、ポカーーーーーーン。である。

これ以上ないくらいに顔面がなにも表現していない。

 今度は夫婦で能面のようになっている。


「奥さん、この飲み物どうやって作ったんだ?教えてくれ!」

「あんた天才だよ」

「ウマすぎる」


 馬人は口々に言う。

地獄から天国へ担ぎ上げられたような気分だ。

場が一気に打ち解けた。

先程までが永久凍土の様に凍りついていたのだとしたら今では温帯の春の陽気である。

 場が一気になごんだところで、ポカーン。から我に帰った夫は思っていたことを聞いた。


「あなた様方は何をなさっていたのでしょうか?なにかあったのでしょうか?」


 するとまた場が一気に凍りついた。

しかも先ほどまでが永久凍土であるなら今は絶対零度といったところである。


(えっ…なにか変なことをいってしまった…?)


 夫は背筋が凍った。

妻にいたっては身動きがとれないでいる。

しかしそれは一瞬であった。


「そうだ、逃げているんだった!!!」

「この国はどうなっているんだ!!!」

「はやく逃げなければ!!!」

「それよりも隠れよう!!!」

「まだ死にたくない!!!」

「これからどうすればいい!!!」


 家の中に馬人達の声が飛び交う。

静寂から突然の喧騒である。

恐ろしいほど皆が皆のことなどきにせずしゃべっている。

混沌としている。


「だまれ。」


 リーダーと思われる馬人の声が静かに響いたと思われた瞬間、混沌としていたその場がまた静寂に包まれた。


「我々はある人間から逃げている。いや、あれを人間といっていいのかは分からないが。」

「あなた様方は馬人でいらっしゃられますか?」


 夫はできるだけ丁寧な言葉で聞いた。


「人間は我々のことをそう呼ぶ。」

「だとしたら人間を食べるのでは?その人間から逃げているのですか?」


 夫はいつ食べられるのかドキドキしながら聞いた。


(今だよ!なんていわないよな…?やめてくれよ…)

「いま…」

ワァッ‼


 リーダー格らしき者が話そうとした途端、夫婦そろって声をあげた。

どうやら妻も同じ事をおもっていたようだ。

馬人は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに続けていう。


「今…いや、昨夜までは人間はか弱い下等生物だと思っていた。ただ家畜としての価値しか見つけていなかった。さっきまでは…」

(なにかあったのか…?)


 夫婦は顔を見合わせる。

馬人は確かに人間を食べるようであった。

しかし事実として今、自分達は食べられておらず、間違いなく『さっきまでは』といったのだ。

どういうことだという顔を見て馬人は続く。


「人間の恐ろしさを初めて知った。人間とはあんなにも勇ましく、恐ろしいものだとは思っていなかった。」

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