【看板娘ミクの帳簿録―三頁目】

「ミクちゃん、いよいよ戦争が始まるらしいよ。もうそろそろ、このお店は閉めて他の国に行った方が良いんじゃないかなぁ。ね、悪いことは言わないから。仲間の奴とも話してるんだよ。俺達は半端者の荒くれ連中に違いないけどさ。それでも気に入った娘が居るお店が戦争に捲き込まれて無くなっちゃうようなことになるのは嫌なんだよ」

「ダッザさん……。ありがとうございます。でも、私決めてるんです。そう言ってくれる優しい人がお店に来てくれる限り、このお店を続けようって!」

 目の前で力強く微笑む女の子は、多分16歳かそこらだと思う。

 だと言うのに、40をとうに過ぎた俺なんかより、よっぽどしっかりとした意志を秘めた目をしている。

 俺にもこんな目をしていた頃があったのだろうか。盗賊紛いのことをして生計を立てているつまらない男の俺にも。

「ダッザさん。これ、お仲間さんの分も。お弁当です。今日は特別サービス! 優しいダッザさんに、プレゼントしちゃいます!」

「ミクちゃん! 金なら有るんだよ!? そんな、プレゼントだなんて、ミクちゃんから貰える訳ないじゃないか!」

 嘘だ。どの口が言ってやがる。昨日だって、路地で物乞いするじじいから端金はしたがねをぶん盗ったじゃねーか。年端もいかない女の子に軽蔑されるのがそんなに恐いのか。女々しい野郎め。そんなんだからこんな国で生きていかなきゃいけねぇんじゃねーか。そんなんだからまともな人生も歩めない、意気地の無い男になっちまったんじゃねーか。

「そんなことないですよ。ダッザさんは、優しい人です」

「へっ? 俺、今口に出しちゃってた?」

 やばい! やばい! ミクちゃんに嫌われる!

「心の声が聞こえましたよ? 私にお代を払わないと私が困るけど、お代を払ってしまうと、ケガをしてるお仲間さんの治療が出来なくなってしまう。でも、大事にしたいお店だから、やっぱり無理させたくない。って。優しい声が聞こえました」

「へ……? 何でミクちゃんが俺の仲間のこと知ってるの?」

 俺が街のごろつきだってことはこれまで必死に隠してきた。勿論、この娘に嫌われたくない。その一心でだ。

「細かいことは気にしなくて良いんです! さあ! 持ってってください! この国ではお薬は高いんですから、遠慮してたら買えないですよ!」

 そうだ。この国では薬は何よりも高い。一週間の食を抜いてでも金を貯めないと買えないくらい。それもこれも現皇帝の所為だ。

 あのイカれ野郎が数年前から国庫の金を全部戦争に回しやがるから、食い物も薬も手が届かないくらい値上がりしちまった。戦争なんてクソ食らえだってのに。

「うぅ……ミクちゃん。ありがとう。昨日も、アイツは何も食べれてないんだ。ありがとう。ありがとう」

 一週間ぶりのまともな飯を一回り以上も年下の女の子に恵んでもらう。なんて情けないんだ。なんて惨めなんだ。

「ダッザさん、大丈夫ですよ。この国はもうすぐ、きっと良くなります。諦めないでください。そして、出来ればもう少し、私以外の人にも優しくしてあげてくださいね。私は優しいダッザさんが大好きなんですから」

 顔をくしゃくしゃにして、涙と鼻水で顔中を濡らして頷く。

 この国が良くなることなんて到底有り得ないことだが、この娘が言うことなら信じてみたくなる。

 もう少し、人に優しく、か。

「ありがとうミクちゃん。ミクちゃんの言う通りにしてみるよ。弁当、ちゃんと仲間に食べさせる。今度は仲間と一緒に買いに来るから。約束するよ」

 そう言って弁当を受け取り外に出て仲間のもとへと駆け出す。

 抱えた弁当がまだ腕の中で温かかった。


『ダッザさん。国が貧しくなる前は地元の前途ある若者の支援活動をしてた街の青年会の顔役。大丈夫。この国はもうすぐ変わるから』


(次頁へ続く)

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