第8話 貴女のために、特別な"能力"を
少女が落ち着きを取り戻した頃合を見計らい、エリーが話を続けた。
「さて。このまま何も守る術の無い貴女を、"エリルディール"へ送る訳にはいきません。そこで私からイリスさんへ、何か特別な能力を差し上げようと思います」
特別な能力ですか、と聞き返してしまうイリスには少々理解出来ない様子だった。そんな目を丸くする少女に、ポワルが悪戯な目と声で口を挟んでいく。
「むふふー。チートだよ、チート! イリスちゃんが"エリルディール"でも生きていけるように、すんごいのをあげるよ! まぁ、あげるのはエリーちゃんなんだけどね」
チートなる聞き慣れない言葉に呆けてしまうイリスは、今のポワルの言葉を頑張って頑張っている様だった。エリーはそんなポワルの言葉を否定はしないものの、瞳を閉じながら軽く溜息をついてしまう。
どうやら少々考えている様子のエリーに変わり、ポワルがその説明をとても楽しそうにしていった。
「チートって言うのはね、とっても凄い力の事なのです!」
腰に手を当てながら胸を張って答えるポワルにどこか可愛さを感じるイリスは、
そんな凄い力を貰えるんだと、今一理解し切れていない様子で聞いていた。
その言葉にもしやと思ったエリーであったが、念の為に確認の意味を込めて言葉を返していく。
「まぁ、あまり世界に影響を与える様な物はあげられないのだけれどね」
「だいじょーぶだいじょーぶ。エリーちゃんなら調整くらいらくしょーだよ!」
物凄く軽く即答されてしまい、悪い予感が的中してしまったようだ。
あまりにも他人任せな言い方にかなりの苛立ちを覚えるも、何とか気持ちを落ち着かせ、エリーは冷静に言葉を返していった。
「調整って、世界を改変するような強大な力を渡させた挙句、私に全てを丸投げして、まさか貴女は一人でお茶してるつもりじゃないでしょうね」
その表情は呆れた顔でいっぱいであったが、ポワルは更なる追撃をした。
「いぇーす、ざっつらいっ!」
瞬間、世界にひびが入った様な音が聞こえてきた。
その言葉はイリスには聞き覚えの無い言葉であったが、
どうやらエリーには伝わったようだ。悪い意味で。
指をエリーに向かって指しながら、ポワルはまたしたり顔でエリーを見ていた。
そんな彼女はとても素敵な笑顔でポワルへ言葉を返していくも、イリスにはその満面の笑みに怖さを感じていた。イリスですら理解出来る。これは怒っている顔だと。
言いくるめる様に語るエリーは、怒らない様に我慢しながら話していく。
「ここは、私の、世界なの。調整をしない、部外者は、黙ってなさい」
「平気でしょ? エリーちゃん、
美しい笑顔で語るエリーに、更なる追撃を繰り出すポワル。
どうやらそれは沸点を突破するには十分な威力を含んでいたらしい。
ビシッと凄い音が世界に響くと同時に、エリーの額に青筋が立ってしまった。
その表情は変わらずの満面の笑みのまま青筋が立つという、却って凄まじい表情にイリスには見えた。
どうやらポワルにも今更ながらそれに気が付いたらしく、青ざめながらその場から逃げ出した。
ぬぅっと彼女にエリーの手が伸びた様に近寄り、ポワルが後姿を見せる間もなく、エリーに頭を掴まれてしまった。ポワルは何とかそれを振り
「"異世界の秘技"その十五。
「ぎゃあああ~~」
その悲鳴に驚くも、流石に女性がその言葉を使うのはあまり良くないですよと、割と冷静に事の成り行きを見守っていたイリスであった。
じたばたと足をばたつかせながら、頭を掴んでいる手を何とか振り解こうとするポワル。どうやらとてもがっちりと掴んでいるらしく、ポワルが両手を使っても離れる事が出来ないようだ。その姿に、エリーの力が凄まじいのだろうかと、また冷静に考えているイリスだった。
そんな中、ポワルがエリーへ強い口調で言葉を発していった。
「あー! ミシっていった! 今、ミシっていった!!
いけないんだー! こんな音出しちゃいけないんだー!!」
物凄い他人事っぷりに驚きと呆れが半々のイリス。
尚もエリーはポワルの頭を掴み続け、ぎりぎりと手が震えるエリーの瞳の奥は、まるで光って見えるような気がした。
暫く攻防は続き、置いてけぼりの少女は地面に座ってその光景を眺めていった。
十分程続いた後、ポワルは解放されたが、うつ伏せでぐったりとして静かになってしまった。どうやら頭から煙出てるようで、エリーの力の凄さを目の当たりにするようだった。
「イリスさんにお渡しする能力ですが――」
エリーは今の出来事を完全に無かったようにしたいらしい。
近くでひっくり返るポワルを一度も見ることなく、話を続けていった。
「イリスさんは、どんな能力がご希望ですか?」
立ち上がった少女はどんな能力と言われても全く想像もつかなく困ってしまう。
何せこれから必要となる力も、あると良いような力もまるで見当が付かない。
うんうんと考え続けるイリスに、エリーは言葉を補足していった。
「例えばですね、こんな力あったら便利だな、といったものでいいのですよ」
その言葉に考えるイリス。あったら便利な力、便利な。はて、何だろうかと再び考え込んでしまうイリス。
そんな中、ふと何かを思い付いた様な仕草をして、エリーがそれに応えていく。
「何か思い浮かびましたか?」
そのエリーの言葉にイリスは答えて行く。
「洗濯物の頑固な汚れが落ちるのとか欲しいです」
本人の瞳は輝きに満ちているようで、どうやら本気で言っているらしい。
流石にそれを容認出来ないエリーは、何と言っていいのやらという複雑な表情でイリスに説明していく。
「えっと、ですね、イリスさん……。この世界は魔物が
聞き慣れない魔物という存在を忘れていたイリスは思い留まる。
凄く便利な能力なのにと思う一方で、流石にそれを貰ってしまうと危ないのかもしれないと感じた。
だからといって、どういった能力が必要になるのかも見当が付かないイリスは、
一体どういう能力があればいいのだろうかと再び考えてしまう。
悩める少女にエリーは、優しく助け舟を出していく。
「例えば、そうですね。"身体能力上昇"等は如何でしょうか?」
「身体能力上昇、ですか?」
「はい。この能力は――」
「世界最強になれる能力がいいよ!」
エリーの説明を途中でぶった切ったポワルは提案をしていく。
それが助け舟ではなく、泥舟になるとは知らずに。
思わずイリスも耳を疑ってしまった。
完全に目が点となってしまう少女はポワルを見つめ続けるも、
当の本人は話を物凄く楽しそうに続けていった。
「世界最強になれる能力! 剣も魔法も身体も、なーんでも最強!
イリスちゃんの魅力とパンチに、みんなイチコロだよ!
魔法も最強! 一発どかーん! お城とか飛んじゃうくらいの!
剣も最強! 一振りで山とかスパスパ切れちゃう!」
イリスは思っていた。おかしいな、ポワル様って女神様じゃなかったっけ、と。
先ほどから美しい口から発せられる恐ろしい言葉にイリスは戸惑いつつも、未だ楽しそうに話を続けているポワルに、おずおずと手を挙げながら質問してしまった。
「あの、ポワル様、ご質問が……」
「はい! そこの可愛いイリスちゃん、どうぞ!」
凄い勢いで掌をこちらに向けて聞き返すポワル。物凄くノリノリである。
「山をスパスパって、その近くにいる人や動物達はどうなっちゃうのかって、思うん、ですけど……」
徐々に小さくなる声になってしまうイリスの質問に、ぴたっと止まったポワルは考え込む。今自分が何を言ったのかを。
「んん~? うーん。えーっと。……やばいかも?」
半目になるポワル。どうやら気が付いてくれたらしいと思うイリス。
「貴女は――」
近くでとても小さな声が聞こえた様に感じたイリス。
ポワルにもその声が聞こえたらしく、声のする方へ向き直ったようだ。
声の主はとても素敵な笑顔でぷるぷると震えていて、その姿がイリスにはとても可愛らしく見えたが、どうやらポワルにはエリーの逆鱗に触れてしまった様に感じ、笑顔で真っ青な表情をしていた。
「――少し黙ってなさい!」
青ざめたポワルが逃げようと身体を動かす前に、物凄い速度で近寄ったエリーは
彼女の片腕を掴み、そのままポワルに背を預けるように背中を向け、
腕を引き寄せながら素早くポワルの体を回転させ、地面に叩き付けた。
ズドォォン!
世界の果てまで届くような物凄い音が、凄まじい振動と共に辺りに鳴り響いていった。その凄い音にイリスは驚くよりも、その流れるような美しいエリーの動きに見蕩れていた様だ。素直に格好良いと思え、目を輝かせてしまっていた。
そんな瞳を向けられていると気が付いたエリーは、こほんと咳払いをして、
後ろでみぎゃみぎゃ言いながら転げ回るポワルを、白い目をしながら一瞥して話を戻していった。
「あの
そうですよねと普通に納得してしまうイリスだったが、さっきまで転がっていたポワルは勢い良くがばっと起き上がり、強めの勢いでエリーに反論していく。
「なんでー!? それがあればイリスちゃんも安全だし、世界も平和になるんだよ!?」
寧ろそれは危険ではないだろうかと思うイリスは喋らずに黙っていた。
何となく今のポワルには通じない気がしてしまったからだ。
そんなポワルにエリーが真面目に
「……何がどう平和になるんだかはこの際置いておくとして、
そんな力を持っていたら、悪目立ちしすぎて大変なことになるわよ。
最悪、貴族や王族から狙われかねないわ。
あなたはイリスさんを
最後の一言が止めとなり、ポワルは再びうつ伏せに倒れてしまう。
怪しげな『ぐふっ』という言葉と共に……。
エリーもポワルの気持ちが分らない訳ではない。この子は何よりも、自身よりもずっと大切な子だ。最近はこの管理世界へ来なくなったが、彼女が生まれてから2年位は毎日のようにここへ訪れ、その度にイリスの成長日記を見せられながら、ひたすら朝まで喋り続けていた。
その嬉しそうな顔といったら、形容し難いものがあった程だ。
"祝福された子"とは、余程大切な存在になるのだろう。
だからこそ離れ離れに成らざるを得ない状況にしてしまった自分が赦せなく、憤りを強引に心の奥底へ押し込め、同時にどうしようもない悲しみで溢れてしまう。
分りきった事を説明させたり、知っている事を知らない振りをしたり。
彼女の不安を少しでも取り除き、楽しい気持ちで旅立たせてあげようとする姿を見ているだけで、エリーには痛々しく思えてしまう。
エリーとポワルはとても仲が良い神だ。親友と言って良いほどに。
ポワルに親友という言葉を言われると何故かイラッとするのだが、
それでもエリーにとっては、とても大切な友人である事に変わりは無い。
そんな普段のポワルを知っているからこそ思う。無理をし過ぎている、と。
だがそれを口にする事は出来ない。この少女の前でそれを口にしてしまう事は、
普段から感情を押し込める事が苦手な彼女に対する侮辱と裏切りになるだろう。
私は私の出来る事をするだけねとエリーは思いつつ、これから旅立つ少女への贈り物を話していく。
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