第6話 少女が"向かった"世界


 地上に戻ったポワルは、噴水前に立ち竦んでいたタウマスとエレクトラに詳しい説明をする。二人はとても悲しそうに、そしてとても辛そうに聞いていた。

 その姿にポワルは涙が出そうになるが、ぐっと堪えながら説明を続けていった。


 まさか、たったの13年で別れなければならないなんて、誰が思うだろうか。


 この世界はとても平和だ。どこぞの世界のように戦争をしてる訳でも、危険な生物が闊歩かっぽしているような世界でもない。この世界の死とは"天寿を全うする"という事だ。寿命以外で死ぬ事はない。神々が護っているからだ。

 大きな怪我も、命を脅かす病気すらも治し、悲しい想いを出来得るだけ取り除き、その寿命いっぱいまで幸せに暮らしてもらう。

 これがこの世界"リヒュジエール"であり、ポワルが想い描いた理想の"楽園"だ。


 それがまさかこんな悲しい事になるだなんて誰もが、いや神ですら分らなかった。


「……二人とも。……言葉は、決まったかしら?」


 こんな事も言いたくない。それはつまり、伝える言葉を最後に自分自身よりも遥かに大切な子と"お別れ"をさせるという事だから。


「ではポワル様、俺から伝えます」


 暫く瞳を閉じていたタウマスは、ゆっくりと瞳を開けながら震える声で語り、私も伝えるための準備をする。


「掌に光が現れたら、言葉を伝えて下さい」


 こくんと頷くタウマス。イリスにこちらの不安な気持ちを悟らせてはいけない。

 出来るだけゆっくりと、優しい声で。前向きな気持ちで旅立って貰わねばならない。これが最後なのだから。父として言う事が出来る、最後の言葉なのだから。


 ポワルの両手が次第に淡い光に包まれていき、タウマスは呼吸を整え、とても優しく、はっきりとした声で話していった。


「――イリス。父さんだ」


 最愛の娘が、安心して旅立てるように――。



 *  *   



 掌から光が収まっていき、大切な想いを抱きしめるように胸へ持っていったポワルは、とても優しい声で二人に話しかけた。


「二人ともありがとう。お預かりした大切な言葉は、必ずイリスちゃんに届けます」

「こちらこそありがとうございます、ポワル様」


 タウマスは頭を深々と頭を下げながら、心からの感謝をポワルに捧げていく。


「イリスちゃんはきっと大丈夫。こんなにも優しく温かい言葉を聞けるのだから。

 ……だから、どうか泣かないで、エレクトラ」


 優しくエレクトラを抱きしめるポワル。

 泣くなって言う方が酷だ。そんな事を言われなくても分かってる。

 まだ13年。たったの13年しか一緒にいられなかったのだ。


「ポワル、さまぁ……」


 泣きじゃくるエレクトラにポワルまで涙が出てしまう。我慢していたが、やっぱりだめだった。

 私はこの後イリスちゃんに会う。でも、こんな状態で会う訳にはいかない。

 あの子に涙を見せてはいけない。出来るだけ明るく、笑顔で会わなければならない。


 ポワルは落ち着きを取り戻したエレクトラをもう一度抱きしめた後、二人と別れ"天上"へと戻っていった。イリスがどの世界に向かったのかを確認するために。


 それがまさかりにもって、"あの世界"に飛ばされる事になるとは知らずに。



 *  *   



「……なん、ですって……?」


 ここは地上から"天上"に戻ってくる時に必ず使う場所。所謂いわゆる玄関だ。

 地上に戻る際はどこからでも行ける様にしているが、戻る時は必ずここに出るように創っている。正直こんな事しなくても何処でも転移出来るようにしても良かったのだが、言うなれば雰囲気作りの為、彼女の感性のままに創ったわけだ。

 ポワルはこの仕組みシステムを気に入ってるのだが、何故か仲間には不評だった。


 閑話休題それはさておき

 ポワルは転移した場所で待っていたレテュレジウェリルに報告を受けていた。

 イリスが向かうべき、魂が定着する世界の場所を。

 そして驚愕して聞えていた筈の言葉を、彼女に聞き直しまっていた。


「イリスさんの向かった世界は、エリエスフィーナの"エリルディール"です」


 緑色で美しいグラデーションが煌く、腰の下まで届く長い髪をなびかせながら、彼女は淡々と語る。その青く明るい瞳には、一切の迷いを感じさせない。

 あまりの衝撃の事にポワルは取り乱しながら言葉を返していくが、それに反論するかのように、正論を静かにポワルへ話していくレテュレジウェリルだった。


「そんな! あの世界は! "魔物"がいるじゃない!!」

「ですが現状、"エリルディール"が最良だと判断しています。

 成功率が七割であればもう二つ候補はありますが、その世界はどちらも戦争中です。

 "エリルディール"への転移成功率は九十九パーセント強。戦争もここ数百年なく、魔物を除けば安全な場所です。

 大きな街は強固な壁で囲われ、魔物の浸入を許したことがありません。

 ここ以上に良い条件は存在しないと判断し、イリスさんの魂を導きました」


 額を右手で抑えながら、全力で現状把握に努めるポワル。

 だが幾ら考えても同じ答えしか出て来ない。

 ポワル自身も分かっている事だ。他に選択肢など無いという事を。


 冷静さを取り戻しながら、ポワルはお礼を言った。


「ありがとう、レテュレジウェリル」

「仕事ですので」


 淡々と無表情で彼女は語る。そして――。


「私もイリスさんには幸せになって欲しいと思ってますから」

「……うん」


 彼女もそうだ。"リヒュジエール"の子達を愛している。

 レテュレジウェリルの役割は、異世界から流れて来る魂を浄化し、

 相性の良い世界に送り届けるというのが彼女の本来の役目となる。

 つまりはこの世界の子を別の世界へ送り出すのは初めてという事だ。

 自身が愛した子を別の世界に送り届けなければいけないという事は、

 彼女にとって、どれだけの身を切る思いなのかとポワルは考える。


「……そうね、信じましょう。イリスちゃんを。あの子ならきっと大丈夫。幸せに暮らしてくれる」


 まるで自分に言い聞かせる様に、とても小さな声でポワルは呟いた。

 もうすぐポワルも大切な子とお別れをしなければならない。

 別世界に神が顕現をする事は出来ない。そんな事をすれば大変な事態となる。

 自分の気持ちだけで身勝手な行動は絶対に出来ない。


 これから独りで旅立つ愛しい少女を想い、ポワルは瞳を閉じながら、このままではいけないと自分を戒める。あの子には穏やかな気持ちで旅立って貰わなくてはいけない。悲しんではいけない、不安にさせてはいけない。

 出来るだけ楽しく、明るく、前向きな気持ちで送り出してあげたい。


 幸いエリーの場所なら、大丈夫だと思う。泣かずに頑張ってお別れ出来る筈だ。

 そう心に誓うポワルを、不安そうに見つめているレテュレジウェリルであった。


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