序章
少女が、小高い丘の頂を目指し、石段を一歩一歩ゆっくりと上っていた。年の頃は十代半ばぐらいだろう。黒い鍔広の帽子から、長く真直ぐに伸びた黒髪が、真夏の鋭い陽光を受け、まるで夜空に星を散りばめたかのように、きらきらと輝いている。階段を一段上る毎に、その髪は左右に揺れ、星の輝きは光の粒となって、彼女の周りに飛散し瞬いた。
彼女は、質素な黒の上下に身を包んでいた。服の黒と相まって、肌の白さが一層際立っている。そして、胸元には紅玉の首飾りが、ひときわ赤い光を放っていた。
長い石段の途中の踊り場で、彼女は一度、来た方を振り向き、小さく声をあげた。
「わあ、きれい・・・」
高台から平野を見下ろすと、いくつもの民家が建ち並んでおり、屋根や窓ガラスが、魚鱗のようにちかちかと光っている。今日は天気がよく空気も澄んでいて、東を向くと、遠く高層ビル群を望むこともできた。目線を西の方にやると海が見え、穏やかに凪いだ波頭は、太陽の光を反射し煌めいていた。
彼女は、額に手をかざし、少し目を細めて、しばらくその風景を見やった後、「よし」と自らを鼓舞するように呟き、また石段を上り始めた。
「あと少し」
石段を登りきると、その先には墓地が拡がっていた。広大な墓地には多くの墓石が並んでいたが、彼女は迷う様子もなく、そのうちのひとつ、一条家と刻まれた墓の前で足をとめた。
彼女、一条一花は、僅かに潤ませた目を少し伏せ呟いた。
「お父さん、お母さん、今日はいい天気だね・・・」
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