第2話 『獅子の海(lion_of_the_sea)』-2-
次の日。327飛空隊は、1400きっかりに『
そして2時間後、『
「肩凝った。俺は、こういう飛行は性分やないわ」
『永瀬』基地の者達は皆、彼らを普通に迎えた。
特に大げさな接待があるわけでもない、かといって、
それに
「まぁ、いつもの事だから」
そんな彼らを不思議そうに眺める瑛己に、元義 新が軍靴のかかとを鳴らしながら言った。
「ここは、補給基地……っていうかさ。空軍基地とは名ばかりの、後方支援専門の基地なわけよ。各基地への物資の輸送、伝達等々を専門にしてる。だから、護衛の依頼も結構あってさ。現実、俺らもここには何度も足を運んでる、常連さんなわけだ」
「『七ツ』なのに、〝七〟でくるのは初めてだがな」
ふっと、前を行く小暮 崇之が半分振り返りながら言った。
「そりゃぁ、入ってくる奴が皆、腕も根性もなさすぎだったのと―――飛が苛めるから」
「って、人聞き悪いわぁ、俺がいつ、そないな事しましたー?」
「……」
「ほーら、聖が『……こいつ、寝ぼけた事言ってる』って顔してるぞ」
「ぷっ! ……ははは!」その言葉に秀一が吹いた。
「瑛己ぃー! 俺がいつ、どこで、お前を苛めた? あ? 言うてみ? 聖 瑛己クン?」
「……」
「『首絞めながら言うな、このドアホ』って顔してるぞ」
「ドアホぉ? 瑛己、おま、ええ根性しとんなぁ? この天才&ナイスガイの須賀 飛様に向こうて……!」
「……新さん、馬鹿に向かって、あおるような事言わないでください……飛、少し苦しい」
「馬鹿やとぉ!? 瑛己、テメー」
……結局、磐木隊長の任務最初の仕事は、飛と新、そして瑛己をぶっ飛ばす事だった。
自分はただの被害者なのに……新にあおられ、飛に首を絞められた挙句、磐木に蹴飛ばされた瑛己は、最初からこんな目に遭うこの作戦の行末を、かなり真剣に悩んだ。
そんな中秀一は、そばでコロコロと笑い転げていた。
その後、『永瀬』基地の総監からもう一度、今回の作戦の説明を受け、実際に輸送艇を見せてもらった。
今回飛ぶのは『
だが、小ぶりとは言っても瑛己達が乗ってきた『翼竜』より二回りほどの大きさがある。
白と青の迷彩柄で、尾翼には『蒼国』の国旗〝蒼翼の鷲〟の章が描かれていた。これは、『翼竜』の方にももちろん描かれている。
それから、最終的な打ち合わせをした後、ここの宿舎の一角を借り、早めの就寝についた。
そして明朝、日の出前。327飛空隊は輸送艇2機と共に、『明義』へ向けて出発した。
◇ ◇ ◇
黒い海の向こうから顔を出した太陽が、今日最初の輝きを放った。
『永瀬』基地を出て約1時間。編隊は、まっすぐ北へ、見果てなく広がる海の上を飛んでいた。
〝獅子の海〟だ。
地図の上で眺めるのと、実際飛ぶのでは違う。先の見えない水平線を見ていると、瑛己はふっと、自分達はどこを飛んでいるのだろうかと思ってしまう。
(いや……どこに向かって飛んでいるのか、か)
『永瀬』から『明義』まで、予定では4時間から5時間の飛行だ。
しかしこれはあくまでも、途中何事もなくば、の場合だ。
「……それを願う」
瑛己は小さく嘆息しながら呟いた。
彼は今、編隊の斜め右後方を飛んでいた。
隊列は、中央に輸送艇、7機のうち6機がそれを囲むように飛び、1機が一段上から飛ぶという形をとった。
各配置は、次の通りだ。
先頭、輸送艇の前を先導するように飛ぶのが、2番艇・風迫 ジン。
そしてその両脇を補佐するように。
右前方に、6番艇・相楽 秀一。左前方に、4番艇・小暮 崇之。
後方、しんがりを、1番艇・磐木 徹志。
その前に補佐が2人。
右後方が、7番艇・聖 瑛己。左後方が、5番艇・須賀 飛。
そして上からグルリと全体を見渡す役を、3番艇・元義 新―――が勤めた。
新の勤める〝上〟は、ある意味一番重要な役目を担っていた。
中央に輸送艇を抱えている以上、どうしても各人に死角が生まれる。これを補い、いざと言う時のラグをどれだけ小さく済ます事ができるか。それが、彼にかかっていた。
だが、新はそれを気負った様子もなく、「見晴らしがいい。ラッキー」と気楽そうに笑っていた。
《―――3番、雲が出てきた》
ザッという音がして、無線から声が流れた。
瑛己は空を仰いだ。
《2番、飛ばしますか?》
《1番、このままを維持せよ》
《2番、了解》
もしもここで無線のスイッチを押して、気に入りの曲口ずさんだりしたら。陸に戻った時、また磐木隊長にぶっ飛ばされるんだろうな……そんな事を思って、瑛己は苦笑した。
(しかし、これは、降られるな)
やれやれ。小さく小さくそう呟いた時。
レーダーに、光が点滅した。
《レーダー確認》
磐木の低い声が響いた。そして、その刹那。
《3番、飛行物体確認! 方位135!》
《4番。方位270。西からもきている》
ザザとひときわ大きなノイズと共に、2つの声が響いた。
方位135とは、南東を意味する。瑛己は素早く斜め後ろを振り返った。
「……っ」
片目をジリと細める―――確かに朝焼けの中、空の彼方に、何か黒いものが見える。
それも1つや2つじゃない。それは小さな黒い雲のようにムワリと広がり、こちらに向かって飛んでいた。
《挟み撃ちか。チッ、趣味わるっ》
その時全員が、同じ事を思った。
瑛己はじっと、南東の
その中に、ギラリと輝く物を見た。
朝の光の中。一回り大きく見えるそれは。
「【
《総員、戦闘態勢につけ》
磐木の声の向こうから、飛の声が聞こえた気がした。
―――ご感想は?
「最低だ」
ガチリとレバーを切り替えた。
「太陽に中から現れるとは、ええカッコしぃ奴やな」
飛は皮肉に笑ってそう言った。
東と西、両方から現れた翡翠の集団、【天賦】。
総勢、おおよそ15。
輸送艇がスピードを最高にして高度を上げた。
そして、まず、ジンが編隊から抜けた。
元々それほど綿密な作戦を練る隊ではないが、今回は、2通りの作戦が練ってあった。
無凱が出るか出ないか。それであった。
そして無凱がいた場合、最初のジンの言葉通り、磐木・ジンの2人がこれに当たる事になった。
そして他を、残る5人で担当する。
だが問題は、今回の飛行がただの偵察や迎撃ではなく、護衛だという事である。
「面倒やなぁ」
作戦会議中、飛がしきりとそう言ったのは、首に鎖をつけられた状態で飛ばなければならないからである。
自由勝手に飛んで、目的の輸送艇が墜とされたら意味がない。
だが、息苦しさを感じたのは何も飛だけではなかった。
「難しい作戦になりそうだな」
隊一番の頭脳派、小暮 崇之も終始難しい顔をしていた。
無凱が出た場合、磐木とジンが特に無凱を重視して、一番奥へ走る。
2人を送り出した後、その援護しながら、瑛己と飛が他の部隊を迎撃。
小暮と秀一は、輸送艇に一番近い場所で、防空。防御の要となる。
そして最後に、新は遊撃。全体を見回して、状況に応じて攻撃・援護する役割となった。
「一番心配なのは、お前らだな」
そう言って、ジンが煙草で瑛己と飛を指した。
「どっちが、ですか?」
さも心外だという顔でそう言った飛に、ジンは片目を細めて「両方だ」と言った。
「飛も無茶な飛行をするが、聖も結構無茶をしますからね」
小暮が、眼鏡を上げながら言った。それに、瑛己も一瞬心外そうな顔になった。
「とにかく飛、無凱が出ても、お前は自分の仕事を優先しろよ? お前は他を蹴散らす。いいな?」
「ザコの相手ですか」
「馬鹿が。【天賦】のメンバーは無凱の息がかかっている。簡単に雑魚と言えるような飛行をする連中じゃない」
そんなの、知っているだろう? 諭すように言うが、飛は機嫌悪そうにそっぽを向いた。
「あー、煙草が吸いてー」
新品のマルボロをズボンの懐から取り出すと、さっさと火を点けた。
「聖、お前も。くれぐれも、独断飛行は避けろよ」
「……はい」
「小暮―、そうガミガミ言わなくたって、だいじょーぶだって」
新が、軽い調子で笑って言った。
「馬鹿始めたら、俺が撃つから」
「―――げっ!」
「……」
飛が一歩引いたが、自分だって仲間で撃墜記録を狙うじゃないか……新に顔をしかめ、飛にも、思いっきり眉をしかめた瑛己だった。
(そういえば)
あの時、秀一はどうしていたんだろうか……そう思って、瑛己は前を行く秀一の飛空艇を見た。
その表情はおろか姿も、
あの童顔の少年……歳は後で聞いたが、20歳。学年としては、自分と飛より1つ下らしい。いつも穏やかに、ニコニコと笑うあの少年が。
(一体、どんな飛行をするのか)
飛に合図して、二人、隊列を抜ける。
「何とか、もってくれよ」
瑛己は空に向かって呟いた。
―――微笑んでいるんだろう? だったらたまには、こっちの願いも聞いてくれ。
その願いが叶ったのかどうかはわからないが、この後最後まで、彼らは雨に降られずにすんだ。
◇ ◇ ◇
空戦は、ジンの銃撃で始まった。
西側の方が早かった事もあり、まず、ジンが先陣、西側部隊へと切り込んでいった。
それを援護するように後ろに飛がつき、ジンが抜けるのを見届けると、得意の戦闘飛行を披露し始めた。
瑛己は東から迫るもう一群を気にしながら、迎撃に入った。
会議中、他の隊員にも言った事だが、瑛己は空戦が得意というわけではない。
空軍に入ってから、空戦を伴う作戦だって、数えるほどしかした事がない。
それで、何かしらの功績を立てたかというと……首を傾げるばかりだ。
(飛との空戦で、随分大きく買われたみたいだな)
ある意味、プレッシャーだ。
―――飛と交差した飛空艇に、横合いから射撃をする。
ズン、という重い音がして、黒い煙が噴出した。
(やっぱり塗料弾とは重みが違う)
そんな事言うと飛みたいだろうか、瑛己は苦笑して、輸送艇の下を抜けた。
正面からくる翡翠の飛空艇を、操縦桿を左に倒しながらドドと短く威嚇射撃する。
と、向こうの空で【天賦】が炎を上げて墜ちていくのが見えた。
1対1とはわけが違う。今この空で、様々な駆け引きとドラマが起こっている。
瑛己は操縦桿を手前に引いた。
自分はただ、今できる事を。目の前で起こる1つ1つに対し、最善を尽すだけ。
(磐木隊長は?)
探そうとして、目の前に丁度1機、【天賦】の背中を捕らえる。
瑛己は射撃ボタンに指をかけた。そして1つ、押し込もうとした刹那。
背中を、言いようのない何かが駈け抜けた。瑛己は咄嗟に、操縦桿を押し倒した。
と思った途端、ガツンガツン! と激しく何かが機体を掠めた。
(まずい)
途端安定を失った機体が、
海面スレスレとまでは行かないが、どうにか持ち直した機体を、急には上昇せずに走る。
速度が乗ってきた頃、やっと上昇をするが。見上げた空に、瑛己は目を見開いた。
巨大な、銀の光。
東から貫く陽光に照らされ、その空に、巨大な銀が君臨していた。
「あれが」
無凱。
機体は、『翼竜』の1回り……輸送艇ほどの大きさがあり。
胴体に描かれた絵は。西洋の神話に登場する―――グリフィン。
「銀色の獅子か」
苦笑している場合ではない。
手負いの瑛己の元へ、【天賦】の刺客が1機、滑るように空を横切ってきた。
瑛己は舌打ちをして、操縦桿を左へ大きく切った。
目の前にある計器が、一瞬、フラリとよくわからない動きをした。
さっきの被弾は、少し嫌な所に当たったらしい。
いざと言う時の事を考え、飛行服の向こうに背負ったパラシュートに意識を向けた。
途端、ドドドドという音がした。が、瑛己はすでに操縦桿を倒していた。
頭の上を、光が軌道を描いて飛んでいく。
落下感に信頼ができなくて、すぐに操縦桿を右へ向ける。
幸か不幸か、速度だけは生きている。
そして【天賦】の足は、思ったほど速くない。
これならいける。瑛己は操縦桿を手前に引いて、ひねるように傾けた。
「出た」
斜めになった視界の先に、【天賦】の脇を捉え。瑛己はためらわずに撃った。
ガンガンガンガン!
銃弾が入る音を聞きながら、その真上をザンと抜ける。
チラと振り返ると、【天賦】が炎を上げた。
乗り手が脱出するのを見届けるが―――。
その時、視界が暗く陰った。瑛己は慌て、正面を見た。
そこに、無凱がいた。
―――それは、一瞬の事だ。
巨大な銀の
その圧倒さ。
その空気。
瑛己は息を呑んだ。そしてこう思った。
この飛空艇は、今、空を支配しようとしている。
何か圧倒的な力が。この空を。
―――解き放とうとしている。
《聖ィィー!!》
思考を絶つ、
その時、ザンと瑛己と無凱の間を断ち切るように、青い翼が横切った。
新だ。
瑛己は慌てて操縦桿を右へ押し倒した。
新は、まるで無凱の注意を引くように、グルリと旋回して見せた。
それに、無凱が吠えた。
たった一撃。ドンと火を吹いた銃口。
だがそれは、とてつもなく重い弾だった。
ヒラリと避けた新の向こうにいた、翡翠の飛空艇。
それはその弾を
パイロットが逃げ出す暇なんかなかった。瑛己はそれを直接見て、すぐに、バックミラーに切り替えた。
(そばにいてはいけない)
後はミラーには目もくれず、ひたすら走った。
背中の違和感が抜けない。
瑛己はそれが何か、わかっていた。
恐怖だった。
ドドドドという射撃と共に、新が無凱に食らいつく。
それを、あれだけの巨体に関らず、無凱は難なく避けた。
「早っ」
天を舞う、神話の獅子。
それは羽を翻すと、新に襲い掛かる。
新は、後ろを取られまいと必死に艇体をひねった。
だが、一瞬、バックミラーからその姿が消えたと思った刹那。向かうその、真正面に出現した。
新は慌てて操縦桿を切ったが―――間に合わない。
その銃口から、光の炎が飛び出そうとした。
その時、ドドドドドドという連続銃撃が、下から無凱を射た。
磐木だった。
それで間一髪、銃口が逸れた。新の真上を、物凄い風が吹いた。新はそれに操縦桿を取られないように両手で必死に握ると、下に逃げた。
彼は、ゆっくりとそちらを見た。
今の銃撃。すぐにわかった。
「磐木か」
その口元が歪められる。
「こい」
ブオンと、質量のある音がして、咆哮のように一つ、炎を放った。
「磐木隊長!」
無凱に磐木が対峙している。
それを、327飛空隊の全員がその目で見た。
【天賦】の数はもう、10を切っている。
飛は、今にでもあそこへ走って行きたいのを必死にこらえ、その数を減らす事に神経を向けた。
それは、彼自身が、わかっていたからだ。
(俺が行っても、足しにならん)
本当は、無凱と対峙してみたい。
だが、それが同時に死を意味するのはわかっている。
空で死ねたら本望だ、その言葉に嘘はない。
だが、
(まだ、ちと、死ねん)
苦渋を全面顔に出しながら、それを晴らすために撃墜記録を伸ばす事に全力を傾ける。
そんな飛を見て、秀一は少し胸を撫で下ろす。
彼もまた、輸送艇に群がってくる
「……大丈夫」
まっすぐ空を見ながら、秀一は呟いた。
「誰も死なない」
翼を傾け、切るように飛ぶ。
輸送艇に近づきかけた【天賦】の注意を引くようにクルクルと飛ぶと、こちらを向いた【天賦】の脇を、小暮の銃口が貫いた。
「誰も死なない」
死なせない―――心の奥底で彼がそう呟いたのを、知る者はいなかった。
無凱の咆哮を、操縦桿を押し倒して、磐木は逃げた。
そしてそのまま、海面スレスレまで走る。
後ろに銀の機体がついてくるのを確認しながら、操縦桿を左へ切る。エルロンで水が薄く切られた。
無凱の圧巻、そしてその早さ。
磐木は知っている。だからこそ彼は、意識から無凱の姿を追い出していた。視覚に惑わされないために。
磐木はスロットルを急激に落とした。
途端、目の前に銀の機体が姿を現す。
だが、向こうが咆哮を上げる前に、磐木の姿は落ちている。
小さく8の字を描くように無凱の横を抜けると、ザザッとレバーを切り替えた。
無凱が左に切った。
それをサイドのミラーで見ながら、磐木は操縦桿を右に切った。
そしてそのまま、スピードだけで横へ滑ると、
「―――出た」
磐木の脇は、無凱にさらされる。
無凱がニヤリと笑うのが、わかった。
だが、磐木には打算があった。
目の端に、無凱を捕らえながら。
ジンは走れない。
【天賦】3機に絡まれて、必死に試みるものの、抜け出す事ができなかった。
だが、状況とは裏腹に、ジンの表情は静かなものだった。
1機が横合いから射撃をかけてくる。それをかわし、さらに降りそそぐ銃弾の嵐を、寸前でどうにか抜けていった。
その先に、【天賦】の姿を捉える。
そこで、ジンは射撃ボタンに指をかけた。だがそれは、どう見ても命中するタイミングではなかった。
案の定、弾はかわされ、空を走って行く。
【天賦】の翼をすり抜けて。
―――その先にいる、銀の機体へと。
一直線に、飛んでいく。
ダンダンダンダン!!
「!」
明後日からの銃撃に、無凱はそちらを振り返った。
磐木を狙ったその瞬間、無凱のわき腹はガラ空きだった。
だが。確かに入ったにも関らず、無凱は何事もなかったように磐木を撃っていた。
磐木は寸ででそれをかわすが、傾けた翼の一端に、それが掠める。
それだけで、翼は爆破しようとした。
だが磐木はそれをさせまいと、スピードで炎を切った。それにより、破損は半分ですんだ。
磐木の飛空艇は宙を叩くように斜めに飛んだ。それを建て直し、なおも、無凱に食い下がる。
「―――笑止」
無凱が磐木に止めを刺そうとひねり込みを入れる。
そこに上から新が矢のように現れ、射掛けた。
だがそれは、見越したようにかわされた。どころか、通り過ぎた新の背中を、グンと重く操縦桿を切った無凱が捉える。
逃げる。上に逃げた新に、無凱は咆哮しながら追いかける。
「クソッ!」
呟いた新のサイドミラーに、ふと、青い機体がかすめた。
新は目を見開いた。
それは、聖 瑛己だった。
瑛己は無凱を追いかけた。
その手は汗でジトリと濡れていた。
背筋の寒気は消えない。
だが、無凱を追いかけた。
新を追いかけるその背中に回り込むと、間髪入れずに銃撃した。
ダダダダダ
無凱は簡単にそれをかわした。逸れた銃弾が新に当たらない事を祈りながら、瑛己は操縦桿を押し倒した。
そこに、無凱の銃弾が飛んできた。炎をまとう、神話の獅子の咆哮。
だが、瑛己はギリと眉を寄せると、右に避けた。そのまま翼を立てて、ザンと下に空気を切り裂く。
ミラーにも、目視にも、無凱が捉えられない。
だが、炎の銃撃だけは襲い掛かる。
それが機体に入らなかったのは。やはり彼に運があるからなのだろうか?
「
無凱は叫ぶと一気に間合いを詰めた。
チラと後ろを確認して、瑛己は歯を食い縛った。
今、上に上がると、銃弾が飛んでくる。
だが、上にひねらなければ、無凱を捉える事はできない。
(自分に、運があるかないか)
瑛己は苦笑しながら。
賭けてみる。
右に素早く操縦桿を切りながら、手前にグイと引く。
無凱はそれに、照準を合わせる。
瑛己のバックミラーに、無凱の姿がようやく入る。
ここから、逆さに旋回ができたら。瑛己は無凱を捉える。
だが、その前に、無凱は必ず撃つ。
それを抜けるか、抜けられないか。
それが、聖 瑛己、命の境でもある。
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