第44話

お昼の時間になって、今日は愛菜の方から私をランチに誘ってきた。


彼女はまた手作り弁当持参で、私は社屋の屋上に本日のランチボックスを、アシスタントロボットに運んでもらう。


私にはどうしても、愛菜に言っておきたいことがあった。


「芹奈さんと七海ちゃんのこと、あんまり気にしなくていいよ」


「どういうこと?」


「あの二人、結構ズルい方法で、PP維持してるからさ」


「AI任せ?」


「そう」


愛菜は広げただけのお弁当を、じっと眺めている。


「実は、私もしょっちゅう言われるんだー。もっとPP維持を気にしろって」


愛菜は私が話していても、じっとしたまま動かなかった。


「私はほら、1800の維持とか、難しいタイプだから。だからって、なんとなくAI任せも嫌だし」


彼女の手作り弁当は、膝の上で初期の完璧な形を保ったまま、保存されている。


「まぁ、AIに任せてたって、2000越えを維持するには、もちろんそれだけじゃダメだし、芹奈さん自身がそれにふさわしい……」


「この局に、PP3000の人がいるって聞いたけど、本当なの?」


今の彼女に、この話題は興味を引かなかったらしい。


「うん、いるよ」


私は口の中の、しいたけを飲み込む。


PP3000以上なんて、この世に何人いるのか分からないようなシロモノだ。


彼女が気になるのも仕方がない。


「会いたい」


「そのへんにいると思うけど」


彼女は自分のタブレットを取り出した。


「なんでファンクラブの会員、入会希望者の募集が終了してるの? 昨日から、どれだけハッキングして中を覗こうと思っても、全然入れないのよ」


彼女は一通りタッチパネルを操作してから、あきらめたように端末を脇に置いた。


「うちの部署で会員になってるの、七海ちゃんだけじゃない。なんで明穂は入らなかったのよ」


「別に興味ないし」


私はまた一人で、ご飯を食べている。


「なんか、『そういうの、ありがたいけど困ります』って、言われたらしいよ。だけどファンクラブが集団交渉を起こして、会の存続は認められたけど、非公開にして、新規入会は認めないって約束になったって、七海ちゃんが言ってた」


「なによそれ」


「さぁ」


愛菜の手作り弁当は、今日も綺麗でかわいかったけど、やっぱり箸はつけてもらえないんだな。


私は、それよりも確実にボリュームのある社食製ランチを、しっかり食べている。


「明穂は、見たことあるの?」


「あるよ」


「どこにいるの、連れてって」


「えー、局長の部屋にいるんじゃないかなぁ」


その言葉に、愛菜は急いで弁当を片付け始めた。


まだ一口も食べてないのにな。


私はふきの煮物を箸でつまんで、口に入れた。


「行くの?」


ふきの煮物は、お出汁をたっぷり含んでいて、噛むとじゅわっと溢れ出るまろやかさ。


とてもロボット作とは思えない。


「お願いしたいことがあるの」


「愛菜は、アグレッシブだねぇ」


高野豆腐の出来だって完璧。


「じゃ、後でね」


愛菜は屋上をさっさと下りていってしまった。


私は初夏の風に吹かれながら、おいしいお弁当を一人で食べる。


一人で食べても、計算された味は、変わりようがないのだ。


いつだって美味しく仕上がっている。


そんなことをぐるぐる考えながら、固くはないはずの人参を、ゴクリと飲み込んだ。

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