第31話

確かに、行きたいとは思っていた。


ここ最近はPPを効率的に上げることばかりを考えていて、市山くんと行った施設でのトレーニングを続けていたし、たまにはのんびりしたいなーなんて、行く当てもないのにぼんやりとネット検索して、VRで行った気分になってた。


本当は、さくらか七海ちゃんと行きたかった。


最近ずっと、誰とも話しをしていない。


みんなとの、仲直りのきっかけを探していたのかもしれない。


それを口に出しては言えなかったけれども……。


海沿いを走る車窓から、大きな観覧車とジェットコースターの線路が見えた。


遊園地なんて、何年ぶりだろう。


高校の修学旅行が最後だったような気がする。


たどり着いたところは、それはもう夢のように豪華な門構えで、足を踏み入れた広場は、まさにおとぎの国のようで、かなり強引な誘い方ではあったけれども、連れてきてくれた愛菜に、ちょっとありがたみを感じてしまったりしている。


「さぁ、来たけど、なにしよっか」


彼女は言った。


「私も遊園地来るの、ホント久しぶりなんだ」


にこにこしてる愛菜の姿を見ていると、こっちのテンションも上がってしまう。


「じ、実は私、ホームページ見てて、乗りたいと思ってたのがあるの!」


「あ、いいねぇ、じゃあそこ行く?」


私が指した方向に、愛菜は走り出した。


私も自然と彼女を追いかける。


「先に着いた方が、好きな席を選べる約束ね!」


彼女は、楽しそうに笑った。


愛菜は何でも私の言う通りに動いてくれて、何一つ文句を言わなかった。


私の行きたい場所に行き、乗りたいものに乗った。


空いた時間には、一緒に飲み物やおやつを買いに行って、木の枝にとまった小鳥を見て、可愛いと笑った。


華やかな遊園地の園内は、たとえその瞬間だけでも嫌な日常を忘れさせてくれる。


大きな着ぐるみのキャラクターたちが、盛んに手を振ってほほえみかける。


色とりどりの花が咲き乱れ、ゴミ一つ落ちていない歩道は、現実の世界からかけ離れた、特別な空間。


誰もが楽しむためにここに集まり、全ての設備が、楽しませることだけを目的に作られている。


ここにいる間だけは、私たちは開放されるのだ。


虚構でありながらも、美しくて、あたたかい場所。


彼女はほほえみ、私もつい笑顔になる。


そんな時間も、一度ここを出てしまえば、終わってしまうのに。


なんだかんだで、遊園地を満喫してしまった。


園のAIが推奨する乗り物のガイダンスに従えば、ほぼ待ち時間なく楽しめるし、食べてみたかったレストランのハンバーグも、カラフルなスイーツも注文できた。


私はそれを喜々としてカメラに収め、愛菜も現場証拠写真のように、綿密にそれを撮影していく。


「こうやって、角度つけて撮る方が、見栄えがいいのよ」


「なるほど」


彼女は、スマホカメラの撮影技術も高かった。


「後で加工しやすいってのも、重要ね」


愛菜は、長いスプーンでパフェをすくう私に、カメラを向けた。


「なによ、そのピースサイン」


「いや、なんとなく」


思わずやってしまった行為に、恥ずかしくなる。


「バカみたい」


「そうだね」


調子に乗りすぎた。本当にバカみたい。


「でも、かわいい」


愛菜はにっこりと笑う。


その表情に、私の中の何かが溶け始める。


「ねぇ、一緒に写真撮ろう」


「いいよ」


彼女が私の隣に移動してきて、二人で一緒にカメラに収まった。


その表情は、私からは今は見えないけれども、きっと絶対、いい顔に決まっている。


愛菜は写真だけ撮って、数口だけ手をつけたスイーツを、ほぼ丸々残していた。


「食べないの?」


「太るから、味見だけでいいんだ」


職場のオフィスで、タブレットを見ながら楽しそうにお菓子の話しをしていた三人の顔が浮かんだ。


あの時、なんのページを見ていたんだろう。


「もういいでしょ、遅くなったし、帰ろっか」


「うん」


食べかけのスイーツをテーブルに残したまま、私たちはそこを後にした。


食べるという行為よりも、行ったという事実の方が、重要視されているような気がした。


お土産を買う時間は、許されていなかった。


彼女は、穏やかに微笑んでいた。


すっかり日の暮れた住宅街を、愛菜は先に私を送ってくれる。


家の前に停められた車から、私はあっさり降ろされた。


「じゃ」


そのセリフだけを残して、彼女を乗せた車はそのまま走り去っていく。


愛菜は遊園地に行って、本当に楽しかったのかな? 


私はうかつにも、楽しんでしまったけど。


彼女の時折見せていた笑顔から、私はそれをなぜか信じようと決めた。


視界を遮る暗がりの中、アパートの階段を上ろうとして、持ちあげた靴の先から、大切なことを思い出す。


「たける! 局に電話!」


「そうだね明穂、職場に電話をかけるよ」


発信音。


私は背中に背負っていたたけるをおろし、中からスマホを取り出す。


そういえば遊園地にいる間中、楽しすぎて背負ったままのたけるの存在も忘れていた。


「もしもし?」


市山くんが電話に出る。


「まだ仕事中?」


「うん、でももう終わるよ」


「ごめんなさい、私、今日は……」


「いいよ、それも仕事だからね、今は」


彼の言葉に、うっすらと罪悪感を覚える。


私はただ、遊んでいただけなのに。


「ごめんなさい」


「みんなももう、帰ったよ」


沈黙の時間が流れる。


次の言葉が見つからない。


「今日は、市山くんが夜勤だっけ」


「うん」


さらに続く無音の時間。


何かを言わなければと、必死で言葉を探すけれども、その思いは言葉にならなかった。


「おやすみ」


そう言われて、私も同じ挨拶を返して、電話を切った。


腕の中には動作機能を持たないたけるの存在。


私は、ぎゅっとたけるを抱きしめる。


そのぬくもりは、私の体温以上のぬくもりを、持ち合わせていなかった。

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