第6話

月経前症候群でイライラした体に、うっかりひねった右の足首が痛い。


おかげでパーソナルポイント、PPが1524にまで落ちてしまった。


「そうだね明穂、体調が悪いようだけど、大丈夫?」


「大丈夫よ、ちょっと辛いけど、PP回復のためにも、頑張らないと」


「そうだね明穂、気をつけて、だけどあんまり無理しちゃダメだよ」


「ありがとう、たける。そろそろ行こうか」


「そうだね明穂、今日も元気に出発だ!」


イケメン年下執事アイドルのたける(ピンクうさぎAI)と一緒に、今日も仕事へ向かう。


人間には、目的と義務が必要だ。


それなのに、自分では人生の目的を見つけられない一般的大多数である75%以上の人類のために、人工知能がマッチングした職業の中から、自分の好みにあった仕事を選ぶ。


それがいいか悪いかなんてのは、結局はどんな仕事であれ、その仕事に就いた自分がどう楽しむかでしかない。


AIが選択を提示したりなんかせず、自分で一から考えて、転職と挫折をくり返し荒廃していく人生なんかより、ずっと効率がいい。


おばあちゃんも言っていた。


昔なんて、就職活動してたのよ。


それでも自分の希望する仕事とか会社に素直に入れる人間なんて、ほとんどいなかったわ。


決まった会社で、それなりに頑張るしかなかったのよ。


今じゃ自分の希望が一番、しかもAIがマッチングで選んでくれるなんて、ずいぶん楽になったわねーって。


私は、初めからこの仕事を目指していたわけではない。


というか、こんな仕事がこの世に存在することすら、知らなかった。


世の中にごまん以上ある職業のうち、大学卒業と共に受けた職業適性マッチングの項目の一つに、この仕事があった。


自分の知らない仕事をAIが提示してくれるのも、この仕組みの素晴らしいところ。


人生の岐路後に知った新たな職業に、自分もなってみたかったなーなんてことに、ならなくてすむ。


ここが特殊な職場であることも事実だ。


全就労人口における就労率が1%以下、そこに惹かれた部分もある。


これだけの管理・監視社会の中で、いったいどんなことが起こっているのか。


何がどう管理され、運営されているのか、それが知りたかった。


そうじゃなかったら、私は警官になることを夢見ていた。


出局して淡々と業務をこなしているのに、さっきから私の横顔に、ちくちくと刺さる視線がある。


分かっていながら無視してるのに、これだけチラ見されると、さすがに無視もしづらくなってきた。


「さっきからなんですか、横田さん」


「PPが落ちてる。君はこのまま、仕事をしていてもいいのか」


この人は、仕事熱心といえば仕事熱心なのだが、神経質といえば神経質すぎる。


「大丈夫です。たいしたことではないので」


そのセリフに、なぜが冷徹横田の顔が真っ赤になった。


「じょ、女性の生理は自然現象であり、生理前後にPPが落ちるのは全くの問題にならない。人体に炎症反応もみられる。どこか怪我をしているんじゃないのか?」


「……横田さんって、そういうところは古くさい考えをお持ちなんですね。生理だからって、平気ですよ」


「俺は、チームのことを考えて言ってるんだ! 無理に仕事をする必要はない!」


「本人が大丈夫だって言ってるんだから、いいじゃないですか」


「そーか、ならもう知らん、好きにしろ」


少し離れた席で、真っ赤になったままデスクに向かう冷血横田の背中は、何か笑える。


女嫌いで有名なこの人でも、気を使うところには、案外ちゃんと気を使う人なんだな。

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