8.一話切りを防ぐため(来訪者に優しく)

「圧倒的な語彙」「緻密な設定」「作り込んだ世界観」

 いずれも感想でもらって嬉しい言葉ではありますが、これは一歩間違えると致命的なミスにもつながる要素を孕んでいます。


 例えば「圧倒的な語彙」では読者に難解な熟語や漢字を読むことを強いていないか。歴史が絡めば当時では当然のように使われていた用語をそのまま用いることもあり得ます。(表現上譲れない場合は当然ありますが)


 作者はその作品を作り込むために様々な知識を持ちます。場合によっては他の方々よりも詳しくなります。それ故に、読み手がついてこれない言葉を使ってしまう危険性があるのです。


 例を挙げるとすれば、「践祚せんそ」「譲位じょうい」「禅譲ぜんじょう」と言う言葉がどういう意味かご存知でしょうか。いずれも天子(皇帝などの君主を指す)の位の移動にまつわる用語です。

「践祚」は天子の位を受け継ぐこと。先代が亡くなったり、先代から譲られたりすることで行われます。そして実際に位についたことを明らかにすることを「即位」と言います。

「譲位」は君主が生きている内にその地位を後継者に譲る行為のことを指します。

「禅譲」は位を血縁者以外に譲ること(無理やり奪う場合は簒奪さんだつといいます)


 中華系の世界や古代日本を描く際にこの用語をそのまま使えば、歴史好きならわかりますがそれ以外の読者には難解なものとしてとらえられてしまいます。読者は楽しむために来ています。せっかくあなたの作った世界に引き込んだのに理解できない用語が出た瞬間に、その人は現実に引き戻されてしまいます。


 いわゆる一話切りなどになる原因の一つにこれがあります。いきなり難しい用語がバンバン飛び交い、何も知らない読者が覗いただけで敬遠してしまうといったものです。


「読んでいけば面白さがわかる!」と言う人もいるかもしれません。

 では聞きます。


 冒頭は捨てているのですか?

 貴方は適当に作ったものを読者に見せて「面白いと言え」と言うのですか?


 それはあまりに読者に失礼です。

 勘違いしてはいけません。


 


 プロが書いた本を買って読む際にはその作品の品質はある程度保証されています。私たちはアマチュアです。貴方の良さを分かっている読者ファンや交流している作家などを除き、。冒頭からガンガン攻めていかねば読者を逃がしてしまいます。逃げられる要素は可能な限り排除しなくてはなりません。その一つが分かりにくい用語は控えつつ、世界観や設定の説明を入れるということです。


 異世界もので時折見かけるのがプロローグで神話や建国の歴史を書き連ね、世界の法則などを一気に放出する説明に特化した冒頭です。SF系もありがちですね。

 現実と違う世界や制度を説明するために「まずはこれらを知ってもらわなければいけない!」と言う気持ちは痛いほどわかりますが、それは最悪の手法です。


 いきなり分厚い説明書を渡されて「この世界で生活するためにまずはこれを全部覚えて来い」と言われたらハードルが高くなりませんか? 私なら遠慮します。もっと初心者に優しい世界を探します。


 望ましいのはわからない用語(その世界限定の言葉なども含む)が出たら解説が入ること。話のテンポを維持したままそれを行うのは実は結構難しいんです。

 作り込むほどに設定は緻密になり、それを生かした物語が展開できます。ですがその反面、読者にそれを理解させる難易度が上がります。

 そこで重要になるのが、難しい言葉をどれだけ噛み砕いて説明する力があるかと言うところです。


 私が趣味を兼ねて書いている「歴史小話」では、ある程度は歴史好きのために書いている所はありますが、初めて見る人でも理解できるようにわかりやすい言葉を選んでいます。

 歴史は面白い反面、難しい単語(現在使われていない言葉など)が非常に多く、歴史が嫌いな人の大半がここが原因となっています。


 さて、話を戻しますが、貴方の物語は、貴方の世界の初心者に対して迎える体勢は整っていますか?


 自分だけの独特な世界、それは小説を書く者にとって一つのアイデンティティになりますが、読者あってこそ書き続けられます。自分のためだけじゃなく、読者を考えた表現を心がけるのもまた、読んでもらうための大事な努力ではないでしょうか。

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