第15話 捕捉
その日、内務省警保軍所属の独立上級正保安官ルーク・ガーランドは久し振りに再会した冒険者時代の仲間と共に行きつけの大衆酒場で酒を酌み交わしていた。
「にしても冒険者だった君が今や帝国内務省の正保安官とはねぇ……未だに信じられないよ。
しかも結婚して子供を三人も設けているとはなあ……」
「オレに言わせればお前のほうが驚きだよ。
死ぬまで冒険者をするって大見得切っていた男が帝都大考古学部の教授様とはな……しかもまだ冒険者の資格を持ったままだって言うんだから……正直言って恐れ入ったぜ?」
テーブルを挟んで正面に座るのはルークの冒険者時代の仲間で名をハリソン・ジョーンズと言い、当時はルークと共に名の通った一端の冒険者だった。もともと学者崩れで等級が上がれば国を跨いで活動できる冒険者の身分に魅力を感じて冒険者稼業に身を投じた変人である。
職務の妨げにならないように金髪を短く刈り込んでいるルークに対してハリソンは肩に掛かるくらいの中年にしては綺麗な銀髪をひっつめている。鍛え抜かれたがゆえに全体的に分厚い筋肉のお陰で恰幅が良いように見えるため「筋肉達磨」と例えられることが多いルークとは対照的にハリソンは学者然とした線の細い体格であったが、彼の仲間であった者達にとってその服の下の肉体がルーク同様、かなり鍛え上げられていることは周知の事実であった。
「考古学っていうのは遺跡の発掘とかもするからね。
往々にして遺跡っていうのは人里離れた辺鄙な場所に存在しているから、冒険者の身分を持っていたほうが何かと都合が良いし、動き易いんだ。
最近は盗掘団の連中と鉢合わせすることも多いしなぁ……体を鍛える面でもギルドの施設を利用できるのは大きいし、ギルド経由で入ってくる情報は貴重だよ。
わざわざ資格を返上するまでもないしね」
「そういうものか?」
「そういうものだよ。
まあ、国家権力を後ろ盾にして好き勝手できる正保安官様には分からないだろうけれどね?」
「言ってくれるじゃねえか」
「ハハッ! ところでどうだい仕事は? やっぱり忙しいのかい?」
「まあな。 この業界は常に人手不足だ。
警保軍なんて軍隊みたいな大層な名前が付いてはいるが、帝国軍の兵士と違って保安官っていうのは志願すれば誰でもなれる仕事じゃないからな」
「確か近々警保軍の名称が変わるんだったかな?」
「ああ。 『警保軍』から『警保局』へと名称が変わって部署も再編される予定だ。
あと『治安警察軍』が司法省の管轄下に入って入管の『特別警備隊』と統合されて『警察庁』に改編されるし、『国境警備軍』は帝国軍に編入される予定だしな」
「大変だねぇ、役人は」
少し酔いが回ったのか、ハリソンが赤ら顔でルークを労うように肩をポンポンと叩く。
「別にそこまで大変じゃねえよ。
大変なのは上の連中だろうなぁ。
とりあえず、俺みたいな下っ端保安官はかみさんと子供達を食わせられる給料が貰えればそれで良いからな」
「よく言うよ。
何が下っ端保安官なのさ? 治安警察軍と違って、大帝国内であれば例え飛び地であっても管轄を飛び越えて好き勝手に強制捜査権を行使できる[独立上級正保安官]のどこが下っ端なんだよ?」
「上級独立正保安官って大層な肩書きではあるが、何の権限もないぞ?」
「本当かい?
管轄を飛び越えて現地の正保安官や保安官補を捜査の補助として指揮できるって聞いたことあるよ」
「あるにはあるが……実情は現地の捜査機関との調整やら何やらで実際に指揮できることって少ないんだよ。 権限振りかざして無理にこっちの指揮下に入れようとすると要らぬ軋轢が生じるから独立保安官が単独か二人組で捜査したり、逃走中の手配犯を追跡したりすることのほうが多いんだぜ?」
「本当に?」
「ああ。 向こうから見たら、オレ達独立保安官は外様だからな。
そんな奴らが突然やって来てよ、『オレ達の言う通りに動け!』と言われて『ハイ。 分かりました』って従う馬鹿がいるわけねえだろ?
オレが連中の立場なら、絶対に従わねえ!」
「確かに君の性格ならそうなるだろうねぇ……」
気心が知れた懐かしい仲間との酒の席。
夜は静かに更けていった。
◆
時刻は既に午後十時に差し掛かろうとしていた。
店内の客は疎らになり、残っているのはルーク達を除けば一人でチビチビと酒の味を楽しむ初老の男と冒険者風の若い男二人組みの客のみである。
「さてと……もうこんな時間だし、オレはそろそろここらで帰るとするぜ」
「ああ、もうそんな時間だったんだね。
歳を取っても楽しい時間が早く過ぎ去る感覚だけは若い頃と変わらないなぁ……」
お互いに持っていた懐中時計で時刻を確認しながら帰る用意をする。
昔の仲間と少しばかり話しを楽しんで一杯引っ掛けて帰るつもりがこのザマだ。やはり、お互い命を預けて仕事をしていた仲間と酒を飲むというのは気持ちが良いものだと口には出さないが、二人の顔にその気持ちがよく現れていた。
「おっとそうだった。
ルーク、君は確か保安官の仕事では銃を使っているんだっけ?」
「いきなり何だ、藪から棒に? まあお前の言う通り、銃は使ってるな。
まあ銃だけじゃなく、剣も使ってるが……それがどうした?」
ふと思い出したかのようにハリソンがルークの右腰に目をやりながらルークに質問をしてきたのに対し、ルークは怪訝な表情になりながらも彼は律儀に答える。ハリソンの視線に気づいたのか、ルークも己の右腰に目をやる、そこには護身用に携帯している拳銃が入った革製のホルスターがある。
「いや、冒険者時代武器は魔剣一辺倒だった君が銃を使っているのをふと思い出してね?
時代は変わったなあと思ってさ……」
「何だ、そんなことか?
まあ確かに冒険者時代は剣ばっかり使ってはいたが、別に銃が嫌いだった訳じゃねえぞ?
使ってみると結構便利なんだぜ。
特にこの拳銃という武器はこんな狭い場所で使うには最適な武器だからな。
オレの場合は状況に合わせて拳銃と魔剣を使い分けているが、そのお陰で今まで犯罪者共相手に遅れをとったことは一度もないぞ」
「何だ、まだあの剣を使っているのかい?
よく警保軍が魔剣の携帯許可を出してくれたね?」
ポンポンと拳銃が入っているホルスターを軽く叩きながら話すルークに対して少しばかり驚いた表情を浮かべるハリソンは「大丈夫か?」と言わんばかりに疑問を投げかけてくる。
「まあ警保軍もそこら辺は文句の一つも言わずに柔軟に対応してくれたよ。
基本的に独立正保安官ってのは管轄や街を跨いで行動することが多い所為か、地元出身者の平民が多い警官や憲兵と違って国や街を跨いで仕事や依頼をこなしていた元傭兵や冒険者出身の奴が多いからな。
同じ規格で構成されている官給品の武器より前職で使い慣れて手に馴染んだ武器が一番信頼できるから、よほど変ちくりんな武器じゃねえ限り携帯許可が下りやすいんだよ」
「へえ、成る程ねぇ。 じゃあ、今銃を使ってる若手の傭兵や冒険者達が保安官に転職した場合、彼等は今までの仕事で使い慣れた銃を携帯するようになるのか……」
「ん? なんだ、最近の若い奴らはとうとう銃まで使うようになってきたのかよ?」
ルークが現役バリバリだった時代の傭兵や冒険者らは主に剣や槍、弓を使う者が多かった。中には巨大な戦斧や鎖鎌、面白いところでは吹き矢を使う変わり者なんかもいたりしたが、その中でも銃を使う傭兵や冒険者は殆どいなかった。
(まあ、オレ自身が保安官という仕事でとはいえ、拳銃を使っているんだ。
傭兵や冒険者が敵兵や獲物を安全な距離から仕留めることができる銃を使っていたとしても不思議じゃねえか……)
当時は予算豊富な国の軍隊の中でも優秀な将兵で構成された部隊にのみ配備されていた銃だが、今とは違って弾丸と炸薬が別々になっていたことと装填作業に面倒であった為に全軍に配備とはいかなかった。しかも火薬が湿気や水に弱いという欠点もあり、戦場が主な活動場所である傭兵は兎も角、沼地や洞窟など様々な場所に行って依頼を遂行する冒険者達にとって銃はことさら人気が無かった。
しかし時代は変わり、銃の構造にも変化が生じる。
『薬莢』という便利な物が出現したことにより装填作業は以前と比べて格段に良くなった。未だに大部分の銃で使われている紙製薬莢は水に弱いという欠点を抱えているものの、剥き出しの火薬を銃身内に装填していた前装式や後装式の銃と比べて装填時間が短縮されたし、管理も楽になった。
また最近一部の銃で使われ出したという金属製薬莢は水や湿気の影響を殆ど受けないため、仮に土砂降りの中でも銃が撃てると聞いたことがある。もしそれが本当であれば兵隊や冒険者達の持つ武器はたちまちの内に銃にとって代わり、剣や弓は時代遅れの遺物と化すだろうとルークは考えていた。
(まあ、そうなればクソったれの犯罪者共が持つ武器も銃に変わって行くんだろうがな……)
若手の傭兵や冒険者が銃を使っているのだ。
邪な考えを持つ犯罪者達が使わないとどう言い切れるのだろうかとルークは内心、犯罪者達が銃で武装してより凶悪な犯罪を犯す様を想像して怒りを覚える。
「そういえば、この前久しぶりにギルドに用があって顔を出したんだけれどね?
ちょうど裏庭の訓練場で新人冒険者の実地試験が行われていたから、興味本位で見に行ったんだよ」
「訓練場での実地試験ということは戦闘試験だろ?
お前がそれを見に行くなんて珍しいな」
ギルド冒険者候補の最終試験の中には『実地試験』という名目でいくつかの試験を合格しないと冒険者として登録されない決まりがあり、その実地試験の項目に戦闘試験や生存術試験が存在する。前者はギルドの訓練場で行われ、後者はギルド所有の山岳地帯や森林地帯で実施されているが、戦闘試験の場合はギルド魔法科所属の魔導師が作り出した泥人形を相手にした戦闘が基本であり、合計三体から成る大きさや形状、動きや速さが異なる泥人形全てに勝たなくてはならない。
「まあ……ね。
用が終わってギルドから出ようってときにさ、裏庭からもの凄い音が聞こえたんで何かと思って見に行ったんだよ。
でね、そこで何が起こってたと思う?」
「オレが知る訳ないだろう。 いいから、とっとと先を話せよ」
まるで新しい玩具を手に入れて友達に自慢したくて堪らないという子供のような雰囲気で語りかけてくるハリソンに対して、早く結果を聞いて家に帰りたいルークは手短に話すように促す。
「銃だよ。 銃!」
「は? 銃が何だって?」
「実地試験に参加していた冒険者候補五人の内、三人が得物として銃を使っていたんだよ」
「なんだ。 そんなことか……」
ハリソンの子供のようなワクワクとした顔を見て、ルークは今まで見たこともないような何か凄い魔法の術式や武器、戦術などが使われていると予想していたのだが、彼の予想は見事に外れる。しかも、使われていた武器が銃という正保安官のルークにとっては最早馴染みとなった武器ということもあって彼は非常に落胆していた。
「なんだとはひどいなぁ……まあ、話は最後まで聞きなさいって。
でね三人の内の一人がこれまた今まで見たことないような銃を使っていたんだよ!」
「今まで見たこともないような銃だと?」
何か引っ掛かることでもあったのかルークは眉を一瞬だけピクンと動かしたが、彼はハリソンの話を聴き逃すまいと耳を傾ける。
「長さは治安警察軍の銃士隊が持つ小銃よりも短いんだけれど、口径が物凄く大っきい銃なんだ!
それも大人の人差し指がスッポリと入ってしまうほどにね?
しかも使われている銃弾が半端なく大きくてビックリしたよ……」
そう言いつつハリソンは「これくらいの大きさかな……」と言いながら、身振り手振りで銃と銃弾の大きさを示す。今は帝都大の教授とはいえ、冒険者時代から身長が自分とほぼ遜色のない高さを誇っていた彼が言うのだ。その銃の大きさはかなりのモノだと容易に想像できた。
「威力も凄かったよ。
ギルドの魔導師が作った泥人形がたった一発銃弾を受けるだけでバラバラになってしまうんだ。
それも一番大きな泥人形がだよ!
信じられるかい?
泥人形は簡単に倒されないように術者である魔導師本人によって魔法防御が施されているのに、それを物ともせずに泥人形が一発の銃弾によって破壊されてしまったんだ。
いやぁ、この目で見ていてビックリしたよ!」
「へえ? それ程の威力とはねえ……」
ルークも若かりし頃、冒険者候補の最終試験で件の泥人形を相手に闘ったことがあった。泥人形を作るその時その時の魔導師の魔力や魔法技術によって性能は若干違ってくるものの、かなり手強かった記憶がある。
生き物ではないために痛覚や恐怖心というものが存在しないので、手足を剣で切り落とそうが体の中心を剣先で抉ろうがそういった攻撃を一切ものともせずに突撃して来る上に、石飛礫や矢などの飛び道具が全く効かなかった。
仮に銃を使ったとしても、銃弾は泥人形に穴を空けるだけで相手は構わず突っ込んで来るものだとルークは思っていたのだが、銃弾だと生き物ではない泥人形が相手であっても善戦するものなのだろうか?
「他の二人の候補者も小銃を使っていたけれど、次弾の装填作業に時間が掛かってしまって直ぐに他の泥人形に肉薄されて吹っ飛ばされてたよ。
だけど、三人目の候補者は銃を構えていた左手を前後に素早く動かして瞬く間に次弾を装填し終えて二体目、三体目の泥人形を屠ってたのが印象的だったなあ……」
「ほお? そういったカラクリがある銃は聞いたことないな……」
どういう仕掛けがあるのか実物を見ていないのでよく分からないが、素早い装填作業を達成させるために独自に進化した銃は幾つか存在している。紙製薬莢然り、金属製薬莢然り、銃という武器も他の武器と同じで常に何処かで進化を遂げている。
「ただ、一番驚いたのは銃から吐き出された銃弾のカスである筒状の物体が消えてしまうことだったなあ……面白いものを見たから、興味本位でこっそり拾ったそれが後から掌の上で霧のように消えていってしまったんだよ」
それを聞いた瞬間、ルークは酒の酒精によって少しばかり鈍っていた思考が急速に鮮明となり酔いが一気に覚めていくのを感じていた。
「ハリソン、その話もっと詳しく聞かせてくれ」
これから家に帰ろうとしていたルークの帰宅時間はあと一時間ほど延びることになった。
◇
「皆さん、おめでとうございます。
あなた方は本日、ギルドの冒険者として無事登録されました。
これより当ギルド普通科発行の身分証をお渡ししますので、名前を呼ばれた方は前に出てきて身分証を受け取って下さい」
教官が我々冒険者候補者に対してお祝いの言葉を送ると臨時の講義室として利用されていた大会議室の室内に疎らな拍手がパチパチと木霊する。俺も含めて合計5人が今日から晴れてギルド登録の冒険者としての生活がスタートするのだが、まさか日本で平凡に人生を送っていた自分が冒険者になるとは当時は夢にも思わなかった。
ギルドの窓口で冒険者登録の申請を出して出してから早1ヶ月超。今日まで色々なことがあったが、ここにいる俺を含めた5人全員が脱落することく基礎講習と実地試験をパスして見事冒険者になることができるのだ。
俺の場合、算術や筆記などはパスだったが、交渉術や生存術、対人格闘や魔物を対象とした戦闘訓練などをみっちりと教え込まれた。特に生存術は陸自のレンジャー訓練かと思うような内容があり、その中でも鶏や豚、鹿などの屠殺と解体訓練という項目が精神的に辛かった。
生きた動物を絞めて解体という現代日本で平穏に暮らしている者にとっては悪夢にような訓練であった。教官の見本通りに実行するのだが、なかなか実行できずに苛立った教官に激しく怒鳴られながら自分の手で生きている鶏や豚を殺した瞬間は今でも生々しく思い出すことがある。
お陰で訓練が終わった当日の夜は夕飯が碌に喉を通らず、布団の中で殺した鶏や豚に対し滂沱の涙と鼻水を流して顔をグシャグシャにしながら命を奪った行為を懺悔して謝り、次の日俺の目の周りが泣き過ぎたことによって真っ赤になっている顔を見たアゼレアが驚いていた。
既に人間を一人射殺した俺が生き残るための訓練で動物を殺したことで泣いてしまうなど可笑しいと思われるかもしれないが、個人的には人間を撃ち殺す行為のほうがまだマシだ。俺の場合だと可愛い子犬や子猫と人間を並べてどちらかを撃ち殺せと言われて銃を渡されたら、躊躇なく人間を撃つ。
(いかんなあ……まだあのときの感触が残ってる)
今から自分が殺される運命を知らないで周りをキョロキョロと見回す鶏の顔と体温、そして首の骨を折るときの独特の感触、それを忘れたいが為に俺は翌日からの訓練をがむしゃらに突っ走った。特に戦闘訓練などは結構無茶をした記憶が蘇る。
なまじ一緒に訓練をしていた俺を除く冒険者候補の4人が元兵士や傭兵出身で強かったこともあり、彼らに負けたくない一心で宿に戻ったあとは空いた時間で軍人であるアゼレアに徒手格闘の手ほどきを受けたのだが、見事にズタボロにされてその度に魔法が使えるようになった彼女に傷を治してもらうというパターンが繰り返えされ、この世界の厳しさの一端を味わうことになったのだった。
(まあ、良い経験といえば良い経験だったけれど、今思い返してみると無謀だったよなぁ……)
――――全魔族の頂点に位置する魔王軍の将軍に徒手格闘の訓練をお願いする
この行為が如何に無謀だったかを思い出して思わず笑いが出てしまう。
魔族の頂点と言えど、魔法を得意としてるので格闘はそこまで強くはないだろうと勝手に思い込んでいたのだが……
(まさか魔導士であるアゼレアが金十字魔導野戦突撃章に一級徒手格闘技章持ちとはね……)
要するに格闘においても比類無き強さを持ち、自由に外出出来ない上に本国と連絡を取れずにストレスを抱えていたアゼレアによって散々扱かれた俺は地獄を見たわけだが、特訓のお陰でそこら辺のチンピラや一兵卒の兵士を相手にした場合遅れを取らないくらいには強くなれたが、ここにいる4人の冒険者候補には格闘技では手も足も出ないので、あくまで一般人より少し強いだけである。
「孝司榎本さん、前へ来てください」
「はい」
教官に呼ばれて前に行くと拍手が起き、一番最初に呼ばれて少し気恥ずかしい思いに駆られながらも教官の元まで行くと直ぐに冒険者登録証兼身分証を手渡される。
「タカシエノモト殿、貴殿をギルド普通科の冒険者として登録します。
貴殿が死亡または本人の意思で望まれない場合、またギルドの規則に抵触しない限りおいてギルド普通科冒険者としての資格は有効です。
ギルド組合員の一員として恥ずかしくない行動を心がけて冒険者としての活動を頑張ってください」
「はい。 肝に命じて頑張ります」
「よろしい。 ではこちらが登録証兼身分証です」
「ありがとうございます」
手渡された身分証を受け取り席に戻る。
俺を皮切りに次々に他の冒険者候補達が前に呼ばれて同じように登録証兼身分証が手渡されていき、全員に行き渡ると改めて教官から祝いの言葉と共に激励のメッセージが送られた。
「皆さん、改めておめでとう。
その登録証兼身分証が手渡された瞬間から冒険者候補から冒険者になった。
よって今から諸君らはギルドのお客さんから、正式に組合員へと仲間入りしたことになる。
諸君ら一人一人がギルドの看板を背負っているものと自覚し、冒険者として恥じることのない行動を期待する。
これから冒険者として活動する諸君ら五人全員が今のように今後顔を合わせられることはほぼないだろう……ある者は生き延び、ある者は土の下にいるかもしれない。
だが諸君らが冒険者でいる限り、ギルドは諸君らと共にある。
諸君らが一日でも早く一人前の冒険者になれるように手助けできる用意がギルドにはある。
これは個人的な考えではあるが、仲間を慈しみ、仲間と手を取り合い助け合って共に成長できる者こそが真の冒険者であると私は思っている。
もし何か辛いことがあったり困難な案件に突き当たった場合、一人で悩むなよ?
仲間を頼り、ギルドを頼りたまえ。 以上だ」
途中から教官の言葉遣いが変わっていたが、それこそがお客様扱いからギルド組合員のへと仲間入りしたという意味の表れだったのだろう。俺たちは姿勢を正して教官が述べる祝辞を黙って聞いていたが、教官の祝辞が終わると自然と新たに冒険者になった俺たち5人から拍手が湧き起こり、教官はそのまま大会議室を退室した。
「ふう。 さてと、このまま黙って部屋を出て帰る……というのも少し味気ないので、これから全員で飲みに行くというというのは如何ですかな?」
「良いですね。 俺は行きますよ」
「僕も行きます!」
「拙者も行きたいっす」
暫くの静寂の後、この中で一番の年長者で元傭兵出身の冒険者が振り返って俺たちに笑顔で声をかけた。すると俺を除く3人の男が快くその誘いに了承の返事をする。
「エノモト君はどうだい? もしかして都合が悪かったかな?」
「とんでもない。 私も行きますよ」
「そうか。 では、儂が行きつけの飲み屋で良いかな?
酒と料理の味は保証するよ」
「それは楽しみですね。
美食家であるスタームさんの行く飲み屋ということは、さぞかし美味しい料理とお酒が待っているんでしょうね」
「ははっ、そう言って貰えると嬉しいね。
エノモト君には筆記や算術でよく世話になったからね。
女将には特に美味しい料理と酒を出して貰うように言っておかないとな」
そう言って和気藹々とした雰囲気の中、俺たちはギルドを出て彼が案内する飲み屋へと向かった。
◇
「ただいま」
宿に戻り自分が借りている部屋に戻ってから隣りの部屋に行くと、アゼレアは丁度寝る準備をしていたらしく、ベッドメイキングをしているところだった。
「あら、お帰りなさい。
やっぱり今日は朝言っていた通りに帰りが遅かったのね?」
「うん。 今日は身分証の授与式があったからね。
多分、お祝いということで皆んな揃って飲みに行くだろうと思っていたから……」
「私はもう夕食を済ませたけれど、孝司はどうするの?」
「ああ、さっき食堂に寄って女将さんに外で食べてきたから大丈夫って伝えてきたよ」
「そう」
「これでようやくメンデルに向かうことが出来るようになったよ。
明日、列車の切符を購入しに駅に行って来ようと思う」
「本当は私も付き添いたいのだけれど、この見た目では目立ってしまうでしょうね……ごめんなさい、孝司。
貴方ばかりに何でもさせてしまって……」
「それは気にしなくていいよ。
今のアゼレアはとにかく姿を見られるわけにはいかないんだから」
「そう、そうよね……」
こちらに対して申し訳ないという顔で接するアゼレアだが、こればかりはしょうがないと割り切ってもらうしかない。行方不明という扱いではあるが、何せこの街というか国に来た経緯が転移魔法の暴走事故という法的な手続きを経ていない行為のために現在進行形で不法入国の状態なのだ。絶対に彼女の姿を官憲に見られる訳にはいかない。
「ところで軍刀のほうはどう? 扱えるようになった?」
「ええ! お陰様でね。
少なくとも以前使っていたサーベルと同じくらいには扱えるようになったわ」
俺の問い掛けに対して部屋に備え付けで置かれていた机に立て掛けていた軍刀を手に取り、瞬時に腰を低くして抜刀の姿勢になるアゼレアを見て俺は慌てて両手を上げてホールドアップの状態になる。
「待った待った! こんな狭い部屋で軍刀を振り回そうとしないで!
このまま抜いたら絶対に切っ先が俺の腹を掻っ捌いちゃうよ!!」
「ふふっ。 冗談よ」
そう言って軍刀の柄から右手を離して姿勢を正すアゼレアだが、やられた方は堪ったものではない。
「でも、この剣……いいえ軍刀は面白いわね。
長年片手で持つサーベルを使ってたお陰で両手で持つ剣というのは最初違和感があったけれど、慣れると結構扱い易く感じるわ」
「そう言ってもらえれば俺も用意した甲斐があるというものだよ。
因みにどの軍刀を使うことにしたの?」
「この九五式に決めたわ」
「ああ、そうなんだ。
将官であるアゼレアのことだから、てっきり三十二年式か旧型、もしくは九八式のどれかに決めるかと思っていたよ」
「うーん……最初は私もかなり迷ったのだけれど実戦での使用を考えた結果、最終的に九五式軍刀に決めたの」
「なるほどね」
嬉しそうに軍刀を眺めるアゼレアを見て俺はウンウンと首肯する。
元々アゼレアは将官として軍務中は片手剣……所謂サーベルを携帯していたのだが、転移魔法の暴走事故の時は腰の剣吊帯からサーベルを外していたので武器の類は所持していなかったのだ。
で、魔法が再び使えるようになったある日、アゼレアから携帯できる武器の相談を受けた。後日、俺がイーシアさんにこの件を相談したところ、魔族である彼女の身体能力と戦闘力を鑑みた結果「軍刀が良いじゃろう」というイーシアさんの提案でアゼレアの持つ武器として軍刀が選ばれたという訳である。
因みに用意されたのは護拳鍔を装備したサーベル様式の佐官用旧型軍刀、二個の佩鐶を装備した陸軍の太刀型軍刀こと九四式軍刀、二個のネジ留め目釘とアルミニウム一体型成形の柄を装備した下士官用の九五式軍刀初期型、透し彫りの分厚い鍔が美しい陸軍将校用の九八式軍刀、漆塗りが施された柄糸と二個の目釘が実戦的な三式軍刀標準型、片手で扱えるのが特徴的な輜重部隊用の三十二年式軍刀乙型、不錆鋼を用いた海軍の太刀型軍刀という計7振りの各種軍刀である。
アゼレアが選んだ『九五式軍刀』は通常の日本刀と違い、目釘が一個のところを二個に増やした上で目釘をネジ留めとすることで刀身と柄の固定を強化している。また九五式の初期型は柄をアルミニウムの一体型成形としているのも特徴であり、作りが他の日本刀や軍刀と比べても一線を画している。
しかもそれまで作られてきた日本刀を徹底的に研究し、近代的な工場設備で量産された軍用としてあらゆる戦場での使用に耐えうる強度を持つことを目指して作られた日本刀としては異端の部類に入る刀剣なのだ。軍人として実戦での使用を重んじるアゼレアにはピッタリの剣と言えるだろう。
「それにしてもこの軍刀といい、孝司といい、今思い返しても驚きだわ。
貴方が別の世界の人間……いえ、今は神様だったわね。
そういった存在が実存しているだなんて、正直言って夢にも思わなかったもの」
「まあ、俺自身は何の権限も無いとはいえ神様になったっていう実感は未だに感じられないんだけれどね?
それよりも俺はアゼレアと出会えて良かったと思ってるよ。
この世界に来れて一番良かったのはそれかな?」
「ふふっ、ありがとう。 お世辞でも嬉しいわ」
「いや、お世辞じゃなくてマジ……本心なんだけれど?」p
「え? そ、そう?
で、でもそんなこと言われても何も出せないわよ……」
「え? いやいや、別に何か欲しいんじゃなくて、アゼレアと出会えたことは俺としては本当の意味で嬉しかったんだよ」
「ま、まあそれは良いとして早く寝て明日に備えましょう!
さあ! 孝司も早く寝ないといけないわよ!」
「え!? ちょ、ちょっと、アゼレア?」
「ハイ! おやすみなさい!」
突如として挙動不審になったアゼレアによって部屋を追い出されて俺は釈然としないまま部屋に戻り、そのまま眠りに就いた。
◆
シグマ大帝国帝都ベルサの市街地には『官庁街』と呼ばれる一画がある。皇帝とその家族が住まう皇城『シグ』を背後に戴くようにして形成された官庁街は大帝国の頭脳ともいうべき多数の官僚達が集って働く場所であると同時に、ここから大帝国の国土全域に散らばる各公的機関を一元的に管理運営している最重要区画の一つに数え上げられている場所だ。
官庁街には各省庁の規模に応じて大小様々な建物が乱立しているが、もし日本の現役官僚の人々が見たら拍子抜けするほど低層の建物ばかりで驚くことだろう。
最高でも六階建、平均で四階建の建物が多いため日本の霞ヶ関と比べてやけに低く感じるが、大部分の建物は煉瓦や石を用いた精緻でレトロ感溢れる重厚な建築物で構成されているため、日本人にとっては見ているだけでも楽しいことだろう。
しかしながら、当の建物の中で働く者達はその見馴れた重厚感を楽しむ余裕などなく、日夜大帝国とそこに暮らす皇帝陛下と帝国臣民のために汗水垂らして割り振られた業務を遂行している。そしてその汗水垂らして働いている官僚達の中で労働の汗ではなく、冷や汗を垂らした上に青褪めた表情を浮かべている者が官庁街の中にいた。
――――シグマ大帝国帝都ベルサ 官庁街 内務省 警保軍本部庁舎
数ある省庁の庁舎が建っている官庁街の中において一際異彩を放つ建物があった。五階建の煉瓦造りの建物で周囲の庁舎と違って街路と建物を隔てる塀や柵を配し、上空から見た場合、全体的にほぼ正方形で構成されたそれは大帝国の中でもかなりの権力を誇る[内務省]の庁舎であった。
その内務省の直ぐ隣、内務省本庁舎と渡り廊下で繋がれた内務省の官僚達からは通称『別館』と呼ばれている建物、[内務省警保軍本部庁舎]が周囲を威圧するかの如く屹立している。内務省本庁舎と違い、全てが色の濃い石で構成された建物は一見すると、まるで軍事要塞のような外観だった。
「駄目だ!
判事の許可も出ていないのに逮捕などできるはずもないだろう!?」
内務省警保軍本部庁舎内の三階。
『保安総務課』と表記された室内に怒号が響き渡り、机に向かって仕事をしていた課員達が思わず声がした方を見ると、そこには興奮のあまり思わず席を立ち上がって己の正面に立ち続ける男を睨む上司の姿があった。
「しかし、状況証拠的にこいつが例の憲兵殺しの事件に関与している可能性は濃厚です。
逮捕ができないのなら、せめて重要参考人として引っ張りたいのですが?」
青筋を浮き上がらせ、顔を真っ赤にしながらも睨み付ける自分の上司のことなど何処吹く風というように淡々と自分のやるべき職分を話すルーク・ガーランド独立上級正保安官は否定を繰り返す上司に対して執拗に食い下がっていた。
「仮に何も出なかったらどうするのかね?
冒険者とはいえ、外国人を何の証拠も無しに連行して取り調べた結果「何も出ませんでした。 すみません」では済まされんのだぞ!?
ただでさえ最近は帝国軍兵士による集団暴行事件が起きて久しいのだ。
ここに来て
「これは保安官である俺の勘ですが、奴を聴取すれば絶対に唄いますよ。
賭けてもイイ」
「そうであったとしてもだ!
分かるだろう? 今は警保軍にとって大切な時期なんだ。
ただでさえ、競合相手である治安警察軍が司法省の傘下に入って今まで以上に予算・人員共に拡充されて権限も拡大する可能性があるんだ。
我々内務省が司法省の後塵を配する訳にはいかないんだよ?」
「ではせめて憲兵隊と合同で捜査する許可をください。
もともと、この事件は向こうの若いのが殺られたことが今回起きた事件の発端です。
連中にこの情報を提供すれば、こちらが何も言わなくても猟犬のように奴を追い立てるでしょう」
「で、予め網を張っておいて逃げ出したところを捕まえるというのかね?
仮に君の思い通りに事が運んだとしよう。
勢子の役割をさせられた上に、目の前で獲物を掻っ攫われた憲兵隊が黙っていると思うのか?」
「連中のことですから黙ってはいないでしょうな。
しかしながら、そうでもしないと奴を捕らえることはできないかと思いますが?
すでに奴は先日、ギルドの冒険者として正式に登録されています。
例の情報が俺の耳に入ったのが基礎講習期間中であればギルドから帰る奴を尾行することも可能でしたが、奴が冒険者となった今ではそれも困難です。
ギルドに問い合わせたところ、奴は冒険者になって以降、一度も顔を出してしない上にギルドに伝えている宿には奴は泊まってもいないどころか立ち寄ってすらいません。
泊まっている宿の名前を偽っているだけでも怪しさ満点ですよ?」
そう言って制服の胸ポケットから手帳を取り出して今までの捜査の結果を上司に報告するルーク。ギルドに問い合わせたと言ったが、実際に得られた情報は僅かであり、もっと突っ込んだ情報は犯罪者かどうかも怪しい状況では裁判所の令状か命令書を持って来ない限り渡せないと言われてしまい、取り付く島もなかったのが実情である。
「それは分かるが、だからといって帝都中の宿を虱潰しに探すのかね?
大勢の保安官達が宿の捜索をしていたら、嫌でも相手に気取られるぞ」
「その点は心配いりません。
既に調べた結果、奴は帝都の東区にある宿のどれかに泊まっていることまでは突き止めました。
あとは包囲の輪を次第に縮め、奴が驚いて逃げ出すのを待つだけです」
「ふーむ……いや、やはり駄目だ。
判事や検事局から出される令状無しでは許可できない」
「課長! 今、奴の居場所を知っているには我々だけですよ?
憲兵殺しの被疑者を捕らえたとあれば、課長の言う治安警察軍を出し抜けるどころか憲兵隊に恩を売ることも可能なんですよ?
それだけではなく、名ばかりの準軍事組織である我々警保軍が、本物の法執行機関である警保局へ昇格する手土産にもなるはずです」
「ううむ…………わかった。
部長に掛け合うだけ掛け合ってみよう。
ただし! もし部長が首を縦に振らなかったら引き下がれ。
いいな?」
「分かりました。 それで結構です」
苦虫を噛み潰しながら忌々しげに答える上司を前に満足げに頷いたルークは足取も軽やかに保安総務課を後にした。
◆
「ふう! まったく、あの頑固者が。 尻拭いをする身にもなってみてもらいたいものだ……」
部屋を出て行った直属の部下に対して悪態をつきつつも、口から出た言葉とは裏腹にその顔は感心したような表情であった。
(ガーランドが嗅ぎつけたか……これはいよいよ隠しきれるものではなくなったな?)
憲兵が通り魔によって通行人の女性と共に刺殺された事件。
だがこれは表向きであって、本当はこの殺された憲兵自身が通り魔だったという笑うに笑えない事件の真相が憲兵隊によって完全に伏せられており、真相を知っているのは事件を直接捜査している治安警察軍と死亡した憲兵軍曹が所属していた帝国軍憲兵隊、帝国軍経由で情報が入ってきた内務省警保軍の一部上層部くらいであった。
帝国情報省も治安警察軍に接触しているところが確認されているので情報省も真相を知っていると見るべきであろうが、今のところ一般国民には真相が公表されていないのは、件の通り魔が憲兵軍曹であるという証拠が未だ見つかっていないことが理由だ。
普通、この手の異常な犯罪者は己が犯罪を犯した証拠……犯人に言わせれば“戦利品”を密かに隠し持っていたり、暗に自分がやったという証明を犯行現場に残して置く場合が多いのだが、憲兵軍曹はそういった証拠の品を一切所持しておらず、現場にも手掛かりとなる痕跡を残していなかった。
そのため憲兵隊は「状況証拠だけでは憲兵軍曹を連続通り魔殺人事件の被疑者と断定するのは適当ではなく、時期尚早である」と言い訳を述べて治安警察軍の追及をのらりくらりとかわし続けているのだという。
(まあ流石に限界が見え始めているようだがな?)
帝都で発生する事件を所管しているのは治安警察軍だが、直接事件には関係のない警保軍にも一部の者限定とはいえ事件の真相が漏れ聞こえてきているのだ。そう遠くないうちに耳の良いギルド職員や商売人などを中心に事件の真相が囁かれ始めるだろうとルークの直属の上司である内務省警保軍保安総務課長であり正保安官視でもあるジーク・バックナーは予想していた。
(ガーランドにはあのように言って誤魔化してはみたものの、実際のところ一治安機関が連続殺人の被疑者を庇っているというのは由々しき事態ではあるな)
ジーク自身も内心はルークに事件の真相を伝えたいのだが、遥か雲の上の存在である警保軍の長の座に新たに就いたマテバ将軍が元帝国軍南方方面軍出身で憲兵隊に忖度している状態であるため組織内に箝口令が敷かれていた。事件の真相を知り得る立場にある筈のルークが知らないのはついこの前まで指名手配犯を追跡して帝都の外へ出ていたからに過ぎない。
独立正保安官は通常の警保軍正保安官や保安官補、治安警察軍警察官や帝国軍憲兵などと違って、シグマ大帝国内であれば省庁間や街と街の管轄を超えて被疑者を捜査・追跡できる『越境捜査権』という強力な法執行権限を独自に保有している法執行官である。
慣れない土地での捜査・追跡を円滑に執行するために各所に独自の伝手やコネを持つ元冒険者や元傭兵などの経歴をもつ正保安官が独立正保安官に任命されることが多く、一般の警保軍正保安官や保安官補と比べて絶対数が少ないのが現状であり、憂慮すべき事態だった。
そもそも誰かに指図を受けて働きたくない、自由に金を稼ぎたいという理由で冒険者稼業や傭兵稼業に身を投じる者達が多い中で態々宮仕えの代表格である法執行官に転職を希望すること自体が稀なのだ。普通であればギルドの商工科や海事科などに所属を変更して商売のための起業や航海士を目指す元冒険者や元傭兵のほうが圧倒的に多い。
そのため独立正保安官は一般正保安官のように容易に変えが効く人材ではない。独立正保安官個人が持つ国や街を超えた広過ぎる人間関係がこれまでの越境捜査に多大なる貢献をしてきたことと、彼らが退職したり死んだりした場合、彼らが持つ伝手やコネは即座に消えてしまいことを考慮すると、いくら上司とはいえ独立正保安官であるルークの行動を止めることは難しいのだ。
特に独立上級正保安官ともなると警保軍内における役職では課長職であるジークの方が上であっても実働面ではルークの方に権限が集中しているため、余程の失態を犯さない限り警保軍はルークの行動を擁護してきたし、その尻拭いを課長が肩代わりしてきた過去がある。
「課長、どちらへ?」
「部長の所だよ」
ふいに立ち上がった保安総務課長ジークはそのまま部屋を出てある場所へと向かう。目指すは警保軍保安部を統括する保安部長室。
ルークと違って上級独立保安官でもなければ直情的な熱血漢でもないが、同じシグマ大帝国の治安を守る番人の一人としての矜持を持つ彼もまた保安官だった。
(まあ奴の尻拭いをするのは今に始まったことでもないし、いつもの事か……)
部長の説得は骨が折れるが、事件の真相を知らないルークが現場を引っ掻き回すことによって憲兵軍曹を通り魔であると決定付ける新たな証拠や目撃者が出てくるかもしれない。ジークはそれをどういう理由を付けて法的に正当化させるのかという道筋を考えながら彼は保安部長のいる執務室に向けて歩いて行った。
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