第21話 恋のチャンス
思い起こせば、出版社で何度か男にご飯を誘われた事がある。好きでもないし、気も乗らない男ばかりだったので、いつも居留守ばかり使っていた。
こうして、私の処女歴はどんどん更新されていったのである。
三谷君とバイバイし、私は一人アパートでボンヤリと寝転がる。
連載中の官能小説も書かないと行けないし、まだ書き始めのホラー小説も残っている。やらなきゃいけない事も一杯あるけど、今日は手が進まない。
明日は、いつものように会社に行かなきゃいけないし。明日の用意もしなくっちゃ。
気持ちだけは、やらなきゃって思うけど。手だけが進まない・・。
親友の結婚式すら、ろくに心の底から祝うことも出来ず。三谷君には、月野マリアの事を悪霊と呼ばれるし。
私は、今まで悪霊の為に小説書いてたの?
私が信じた月野という女。
私は、まだ悪霊なんかじゃないって信じてる。
私に「代わりに小説を書いて欲しい」とお願いした女。悪霊だなんて。そんな訳ない!
でも正直、動揺してないと言ったら嘘になる・・。
三谷君とは、あの日から毎日メールをするようになった。
メールの発信は、いつも三谷君からだった。私から彼にメールを送る事は、殆ど無かった。
「おはよう。今日も一日頑張ろうね。」「こんばんは。仕事はもう終わったかな?僕は、今日は会議があって遅くなっちゃいました。メールもいつもより遅くなっちゃってごめんね。おやすみなさい。」
付き合ってる訳でも、何でもないのに。何なの?この彼氏気取りの男は…。
生まれてこの方、男の人からこんなにメールが来た事は一度もなかった私は戸惑うばかりだった。
唯一の男友達である片桐君なんて、マリコのいない時に「何してんの?」とか「暇?今から飯行かない?」とか。短くて、適当なメールばっかりだった。まぁ、それでも好きな男だったから嬉しかった訳だけど。
片桐君へのメールはいつも私から。片桐君は、深夜0~4時頃にメールが来る事もあった。「いま、キャバクラ帰り~。」と、朝の4時に電話で起こされた事もあった。そんな電話なら、彼女のマリコにすればいいのに。でも、マリコには適当なメールも電話も出来ないのだ。あの男は。
三谷君は、一体どういうつもりで私にこんなメールをするのだろうか。電話も2日に1回とか、3日に1回とか。必ず電話をくれる。「お疲れ。いま大丈夫?」とか…。
大事な話なんて、ほとんどしなかった。いつも他愛ない話ばかり。そして、お互いの時間があえば軽く食事に行く程度。彼が私に手を出そうとする事は殆ど無かった。
男が、体目当て以外に女を誘うとき。何か、必ず理由があるはずだ…。
私は、インターネットで「男 体目当て以外に女を誘う」で検索した。
すると「マルチ商法 勧誘」「結婚詐欺 独身女」「宗教 洗脳」など、恐ろしい単語が次から次へとアップされたのだ…。どうしよう。やばいよ。だって、私なんて大して美人でもないし。胸も貧乳だし。取り柄の何もない女に、こんなマメに電話やメールが来るなんて。きっと何か理由があるはず…。
三谷君は、そういえば会社員の傍ら霊媒師の仕事もしてたって言ってたわね。そうだ。「霊媒師 独身女 詐欺」でネット検索したら何か手がかりがあるかもしれない!
すると、出るわ出るわ。「霊感商法 結婚詐欺」の詐欺被害口コミの数々…。
もしかしたら、三谷君もそういう類の一人かもしれないわ!気をつけなくっちゃ…。
「今日、もしよかったらご飯また行かないかな?」と、三谷君からメールが来た。
どうしよう。
今度会った時に、三谷君から美顔器とか浄水器とか矯正下着とか買わされたらどうしよう・・。私、ちゃんと断れるだろうか?
いや。お金で解決出来るような話ならまだマシかもしれない。もしかしたら、カルト教団の洗脳を受けて死ぬまで大金巻き上げられるかもしれない。
実は、私はOLの他にも官能小説家としての口座を別に持っている。誰にも内緒にしているのだが、実は印税やコラム記事の仕事などでかなり稼いでいる。そちらの口座の預金は、なんと五億程あるため一生お金に困る事はないだろう。
スタッフからは、そのお金で若い男買えばいいのにとよく言われていた。ホストに連れて行かされそうになった事も沢山あったが、怖くて引き返す事が殆どだった。
印税や預金についての詳細を片桐君は知らないが、あれだけ私の作品がドラマ化や映画化の道を辿れば稼いでいること位はわかるだろう。
もしかしたら、片桐君が三谷君に本当は話しているのかもしれない。私が、月野マリアの代わりに小説を書いていることを・・。
それとも。三谷君は、確か銀行員だったはず。私の預金通帳が三谷君が勤務している銀行で作られている為、もしかしたら預金額を知っている可能性も高い。
やはり。私は、あの男に騙されるのではないか?でも・・。
「咲子・・。なに、もたもたしてるのよ。また、折角のチャンス潰す気?」
突然、背後から女の声がする。何処かで聞いたような声・・。私は、後ろを振り向いた。
「月野・・マリア・・?マリアじゃない・・どうして、ここに?」
私は、目を疑った。五年前に、「もう出てこないで」といって振り払ったきり出てこなくなった月野マリアの幽霊だった。
「お久しぶりね。咲子。」そういって、月野マリアは微笑んだ。
「マリア・・。どういうこと?どうしてまた出てきたの?私、貴方にあんなに酷い事言ったのに。」
まさか。また、月野マリアの幽霊に会うとは思っていなかった。
しかし、三谷君に「あの幽霊は、悪霊だ」と言われていたセリフが脳にこびりついて離れない。久しぶりの再会なのに、何処か躊躇してる自分がいる。
「実は、貴方に拒絶されてから・・私は、ただ存在を消してただけ。
貴方の付近には、ずっと一緒にいたのよ。時折、貴方が小説書けなくて悩んでた時もアイディアが浮かぶようにコッソリいない時を見計らってノートにアイディア書いたりしてたのよ。貴方は、気付かなかったかもしれないけど。
最初は、ずっと黙ってようと思ってたの。貴方が、私に頼らないで自立していこうとしてたのも知ってたし。
けど、貴方ときたら。これから結婚する予定の男に都合のいいように遊ばれたり、殆ど交流のない男に、ちょっと声かけられたからってホイホイついていく。
しかも、あの男ときたら。私の事、散々悪霊呼ばわりだしさ。あのインチキ霊媒師め。
三谷の家は、某信仰宗教団体の幹部一族よ。貴方は、上手くいい事言われてるだけよ。
三谷の狙いは、アンタの多額の預金。いつか、宗教に勧誘されて洗脳されて全額巻き上げられるんじゃないかしら?
貴方が、処女で男慣れしてないことも三谷は片桐から色々聞かされてるだろうし、貴方は男を知らないからこそ騙しやすいと思われてるかもしれないわね。
流石の私も見かねたのよ・・。貴方が、あんまりにもフラフラしてるもんだから。
お願いだから。もう、あっちこっちフラフラしないで。そして、私を心配させないでよ!」
そんな。三谷君は、やっぱり詐欺だったの?
それとも、三谷君と月野マリア。
一体どっちが嘘をついてるの?
それとも。人の意見に、私は左右されてばかりなのだろうか?
こうして、出会った人々のセリフに一喜一憂して翻弄されて。そんな事の繰り返し。
こんな事で、本当の意味で誰かから愛される事なんてあるのだろうか?
「今日、もしよかったら会えるかな?」という三谷君からのメールに、躊躇する私がいる。
マリアは、「絶対行かない方がいいよ。どうせ、そんなに好きでもないんでしょう?そんな好きでもない男の為に、時間を費やすなんて!時間の無駄無駄!」と、三谷君と私が会うことに関してはいつも反対だった。
しかし。三谷君が、完全なる悪徳霊感詐欺とも思えなかった私は「ちょっとだけなら・・」と、会うことにした。
マリアは、「何で行くのよ?私がこんなに止めているのに!私は、ただ貴方の事が心配なだけなの・・・。ただ貴方が、心配だから・・・。
決めた!私も、あなたについてく!」とうるさかった。
こうなってくると、段々うっとおしくなってくる…。
そんな中、「お前さぁ。最近、三谷から連絡来る?」と、片桐君から久しぶりのメールが来た。
正直、こっちの方が既婚者なんだから完全にクロだと思うのに。マリアは、「片桐じゃない!久しぶりだわ、懐かしい!ねえねえ、会うの?会うの?」と、何故か喜んでいた。
マリアのいう事ばかり聞いてたら、ろくな事が無さそうだわ・・・。
ここで片桐君に会っても、どうしようもない事なんてわかっている。勿論、会うつもりなど無い。
ただ、メールが三谷君に対しての内容だったので一体何を聞こうと思っているのか気になっていただけだ。ほんと、ただそれだけ。
「なんで?」と、切り返す。
すると、片桐君から
「あいつ、お前の事好きらしいぞ。
俺の所に相談が来た。こんなチャンスなかなか無いぞ!一回、とりあえず付き合ってやれよ。」と、上から目線メールが来た。
とりあえずって。付き合うのに、とりあえずって何よ。とりあえずで、処女捧げないといけないの?そんな事って、そんな簡単に出来る事なの?
私。処女は、心の底から本当に好きって思える人と出会ってゆっくり恋をして。それから捧げたいって思ってるんだけど。
簡単にあげるもんじゃないよね。だって、そんな事したら、ずっと後悔しそうよね。ああ。なんであの時、あんな簡単に処女あげちゃったんだろうって。
どうして、この男はこうも軽くこんな事が言えてしまうのだろうか。
「とりあえずとか無理。」とメールした。
「お前、ホント鉄のパンツ履いてるみたいな女だな。悪いけど、お前の処女にそこまでの付加価値は無いぞ。
しかも、もう25歳だろ?
むしろ、男にだかれた方がいい女になれるんだよ。
女ってのは、いっぱいエッチした方がいいと思う。その方が、色気も増すし魅力的になれるんだよ。」
とメールが来た。「じゃあさ。性病になったらどうすんの?」とメールしたら「そんなの、知らねぇよ。」とメール来た。
相変わらず、適当な男だ。ほんと、こんな事を責任感もなく適当に言える人格を疑うわ!
改めて思う。なんで、こんな男に青春時代を捧げてしまったのかって。タイムスリップして、過去に戻ってあの時の自分をグーで殴りたいって、本当思う!
よぉし。決心ついた。
そうだ、三谷君に会おう。悪徳霊感詐欺かどうかは知らないけど、とにかく誘われるうちが花だ!
マリアは、「何で会うのよぉぉ!馬鹿かおめぇぇはぁぁぁ!」と、怒り出した。どうも、多重人格の1人「ヤンキーのサリナ」の人格が少し出て来ていた。マリアは、よく興奮するとサリナになりやすいのだ。
「ごめん。マリア。
人との出会いって、一期一会だと思う。
貴方に反対されても、とにかく私はこの目で確かめたいのよ。本当に、三谷君が悪い人かどうかってことを。
だから、会いに行くって決めたの。」
「咲子ちゃん、久しぶり。」
何の怪しげな雰囲気もない。いつもと同じ、爽やかな笑顔。うん。大丈夫。きっと、三谷君は私を騙そうなんてしてないハズ。
もう、人に会う度に「もしかして、この人何か狙いがあるんじゃないの?」なんて疑心暗鬼になるのは終わりにしよう。これで、一歩踏み出そう。
いくら処女だからって、男性との出会いにいちいち怯えてるようじゃ、これから先何も変わらない・・。
このまま。大切に処女を抱えたまま処分品になっていってもいいの?
年もとればとるほど、処女の価値は下がってゆく。だけど、本人自体の中での処女の価値は勝手に高騰してゆく。「ここまで我慢したのなら、最高のモノを挿れないと」なんて思ってしまう自分がいる。
需要と供給が、うまく釣り合わない葛藤。このスパイラルから抜け出す為には・・まず、恋をする努力もしなくっちゃ。
恋は、自然と落ちるもの?いやいや。そうやって、自然と落ちた人がとんでもない屑で。振り回されて。捨てられて。時間だけ奪われて。そんな展開になって、そのまま処女喪失時期が延びてしまって。最終的に、バナナの叩き売り状態になったら!最悪じゃない!
つまんない男の粗チンを、妥協して挿れないといけなくなるとか。処女はただでさえ失う時は痛いのだ。そんな痛い思いをして、妥協とか無理。絶対無理。神に誓って無理!
三谷君なら、そこまで好きではない相手とはいえ。まんざら嫌いなタイプでもないから、もしかしてひょっとすると、ひょっとするかもしれない。
もしかして。段々好きになっていったら、最高だよね。今日、処女捨てる事にはならないけど。万が一の事を考えて、勝負パンツを下ろしてきた私。
いつかくるかもしれない、勝負パンツを履く日。勝負は、いつ来るかわからないのだ。セールの日は、勝負パンツまとめ買いだ。
今の所、勝負パンツをまとめ買いし続けて5年になる。今では、128個目に突入した。
その中でも、ベスト5のお気に入りの紐パンを今日は履いてきた。気合いも充分だ。
ただ、紐パンの最大の難点はすぐに左右に結んだ紐がほつれてくる事だ。
時折、左の紐だけほどけてしまう時がある。そんな時は「右、頑張れ!右、頑張れ!何とか、最後の力を振り絞れ!」と、祈るしかない。
人目が無いのを見計らって、こっそり直す。そんなスリル感もあるが、デザインの可愛さはひとしおである。
「三谷君、久しぶりね。」と、あっさり答える私。この心の葛藤だけは、絶対に悟られてはいけない・・・。
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