処女、官能小説家になる
多良はじき
第1話 キッカケは片思い
子供を産む時の痛みは、鼻から西瓜を出すような痛みだとマリコが言う。
「いつか、咲子にもその気持ちがわかる日が来るといいなぁ。
本当に感動するんだから!
女として産まれて良かったって。
ああ。お母さん有難うって。
自分を産んでくれた親に対して、改めて感謝の気持ちが産まれるの。
あ、でもその前に彼氏作らなきゃダメよ!
いつまでも、選り好みしてたら行き遅れちゃうだけなんだから。」
優しい旦那、三人の可愛い子供。マイホーム。
幸せの全てを手に入れた親友のマリコは、私にとって人生の勝ち組だ。
私ときたら。
36年間、出産や結婚どころか。
彼氏すら出来たことない、生粋の処女なのだ。
男と初体験すらしたことないのに、出産の話なんて難易度高すぎて、聞いてるだけで鼻血でそうだった。子供を産む時に鼻から西瓜を出すような痛みが起きるならば、男のアレが女のアソコに入った時は一体どんな痛みなのか。
そんな体験したことすらない癖に、私はゴーストライターで官能小説を書く仕事をしている。
もちろん、親にも、マリコにも。誰にも、内緒だ。
こんな事を知ったら、みんな心配するだけだろうな。
ただでさえ、あんたバージンの癖に。ほら、人と付き合った事すらないじゃない? あんた何考えてんのよ? 何がわかるのよ?
何の経験もしたことも無いのに、どうやって書いてんのよ? みたいな。
こういう事を、いちいち説明するの面倒臭いって理由だけで内緒にしてた。
元々、ずっと前から作家になりたかった訳でも何でもない。
キッカケは、20年前の初恋がキッカケだ。
一目惚れして片思いしてたクラスメイトの片桐君に、「好きです。付き合ってください」と書いたラブレターを渡して告白した。
しかし、「ごめん。顔がタイプじゃないんだ。」と言って振られた。
当時の私は、それでもめげずに何度も何度も彼に手紙を送り続けた。
出した手紙は、合計40通になった。
もはや、ここまでくると「あのさ。しつこいんだけど。もう、やめてくんない?」って嫌がられるようになった。ストーカー呼ばわりもされた。
しかし、そんな片桐君から。
ある日、ある提案を言い渡されるようになる。
「お前さ。ラブレター毎回くれるのハッキリいってキモいんだけどさ、文章は正直上手いなとおもう。俺に告白するためだけに、こんな才能使うなんて勿体ないよ……。この才能を、作家として役立てたらどう?」
片桐君。正直、私から何度もラブレター貰うの面倒臭いからって理由だけなんだろうなぁとは薄々気づいてた。でも、まだまだ諦めきれなかった私は、片桐君にある提案をするのだ。
「じゃあ、もし小説書いて面白かったら。デートしてくれる?」と。
「わかったよ。デート位一回行ってやるよ。そのかわり、面白かったらな。」
片桐君の台詞に、一寸の光を感じた私は帰ってすぐに毎日、毎日・・一心不乱に小説を書き続けた。
思い立ったらすぐ行動しないと気が済まない性格の私。いつも、思いつきで行動しては失敗ばかりだった。
「もっと考えて行動しなよ。」と周囲に言われても、耳を貸さずに同じ失敗を繰り返し続けてばかりだった。
今回、小説書くことだって完全片桐とデートする為だけの理由なのだ。
片桐の言葉がなければ、恐らく小説なんて書こうとも思わないであろう。
母は、そんな私の後ろ姿を見て
「あの恋バカっぷりは、きっと父さんに似たのよ。私じゃない。絶対、私な訳ないわ。」と、溜息をついてた。
もはや、私の行動にすっかり呆れ返っていた。
やがて、私はやっとの思いで書いた小説を出版社に持ち込む事にしたのだ。
しかし、「なんだ。この昭和崩れみたいな話は。こんなつまらんクズ話は。世間知らず丸出しじゃないか。
文法とか、そういう以前の問題じゃないか。恥ずかしげもなく、よく持ってこれたよな?こんなのさぁ。一体何処で受けるんだよ?」と、スグに追い返された。
えー。いい発想だと思ったのにぃ。
戦場の兵士達が、タイムスリップして現代の日本に現れてさぁ。
生ぬるい教育にドップリつかった若者達をボコボコにしてやるっていう、斬新な展開なのにぃー。
私は、原稿抱えて数々の出版社をまわった。が、結局何処も相手してくれなかった。
やっぱり、無理かぁ。
そうだよね……
元々、最初から上手くいく恋なら。私がこんな風に小説なんて書かなくても成り立つ訳で。こんな遠回りなアピールなんてしなくても、スッと上手くいくものよね。
私はただ、片桐君とデートがしたいだけ。ただそれだけ。
別に、作家デビューとか本当はいらない。
芥川賞とか、直木賞とか、国民栄誉賞とか。そんなのも、別にいらない。
ただ、片桐君と。手を繋いで。
当たり前のように、街中歩きたい。ただそれだけ。
どうせ、叶わない恋なのだから。別にいいじゃない。一回位。
恋人みたいなデートさせてくれてもさぁ。
それには、私がまず小説デビューすることがかかっている。
そして、一定の評価を受ける。ただそれだけ……。
でも、難しいものは難しいものよね。
小説デビューなんて、そんな簡単な事じゃないってのはわかってるけどさ。
だって、私。箱入り娘で、実家から出たこと殆ど無いし。生まれてこのかた彼氏も出来たことない。波乱万丈の人生送ってる人なら、いくらでもネタが書けるのかもしれないけどさぁ。
私の人生からは書くネタ無いから、家にある歴史漫画を参考にして考えたのよね。
教育熱心な父が、
「将来、お前に絶対役に立つから。
社会の授業はコレさえ読んでおけば、テストの点数も絶対いいハズだから!」
といって歴史漫画シリーズ大全を買ってくれたのはいいものの……。
特に勉強に役に立つことはなく、(何しろ、マニアックな歴史ネタばかりだったので)普通に教科書読んだ方がテストの役にはずっと立っていたと思う。
あーあ。やっぱり。無理かなぁ。私に小説なんてさ。
踵を返し、トボトボ歩いて出版社を後にしようとした。
すると、そんな私に、「あの、ちょっと待って。」と声をかけた女がいたのだ・・。
「すみません。先程、貴方の小説読ませて頂いたSHOW出版社の佐藤雪です。
出版社の皆は、貴方の小説ボロクソに言ってました。
はい、確かに題材そのものが時代のニーズにも合っていなかったし。
登場人物のキャラクターも、荒削りすぎて上手く書き切れていない。ハッキリ言って、素人丸出しの小説でした。本当に、つまらなかったと思います。
ネタの引っ張り方もヘタクソでしたね。
ただ、唯一褒める所があるとするなら。
貴方自身の文才は、すこぶる良いのです。
正直。文才だけなら、うちのトップクラスと呼ばれる作家より遥かに群を抜いています。
貴方の作品は、本当に題材やストーリー自体がつまらないだけなのです。
そんな貴方に、一人紹介したい女がいます。
彼女の作るストーリーは、私達の間でも天才と呼ばれています。
ただ、彼女自身がろくに学校に行っておらずマトモな教育を受けていません。
彼女は幼い頃に、両親から虐待を受けて育ちました。中学になると、実の母親からは身売りを繰り返させられ父親からは性的虐待を繰り返されて育ちました。
彼女の精神は崩壊の道を辿り、家出を繰り返していた頃に施設に保護されました。
その後、彼女は施設を時々飛び出してフラフラしていた頃に、セクシー女優のスカウトマンに声をかけられデビューしました。
彼女は、事務所の意向で整形を余儀無くされ、企画女優となりました。
当時の彼女は、それはそれは。
何処にでもいそうな、ノッペリ顔の普通の女でしたから。
胸も、まな板みたいなペタンコ胸を生理食塩水でパンパンにしました。
やがて、彼女はスカトロから蛆虫が身体を這いずり回るような過酷な撮影まで……。どんな仕事も嫌がる事なくこなした彼女は、やがて単体でも売れる女優へと出世していきました。
しかし、この頃には既に元の顔の原型は無きに等しいものでした。
彼女の顔と体は、全て整形によってサイボーグ化されたのです。
日本中の男たちは、そんなサイボーグな彼女を愛してやまなかったのでした。
しかし、そんな彼女は。
ある日突然「私、ストーリー作家になりたいの。」と言い出してAV業界を引退しました。
既にトップクラスのセクシー女優だった彼女の引退は、ファン達を騒然とさせたのです・・。
そんな彼女の作るストーリーは、どれも奇想天外なだけでなく人々の心を掴んで離さない魅力がありました。
破天荒な人生の中で、彼女は辛い思いを何度も味わっては乗り越えてきました。彼女だからこそ作れる世界観に、私達は何度も魅了されたのです。
彼女の話を聞きながら、誰か文才のある人間がストーリーを書けないだろうか?と、私はずっと探し求めていたのです。
彼女は、素晴らしいストーリーを作り出せる人間です。ただ、国語力が皆無でした。義務教育すら満足に受けずに育った彼女は、小学校レベルの漢字すらマトモに書けませんし語彙力も無きに等しいのです。
先程、貴方の小説を読ませて頂いた時に。
私は、ピンと来たのです……。
貴方は、彼女のような豊富な経験のない人間だと思います。
人の漫画などを読まないと、ストーリーすら組み立てられない人間だと思います。
ただ貴方の文才と、彼女のストーリーが合体したら。きっと、大きな化学反応が起きると思うのです!貴方にも、きっといい話だと思います!
どうか、彼女のゴーストライターになって欲しいのです。
報酬も、貴方の満足いくまで支払わせて頂けると思います。
だって私には、これから先のヒット作が見えていますから・・。」
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企画女優って、そもそも何?単体女優?
セクシー女優?AV?
一体何の事かすらわからなかったが、
どれも、総じて「アダルトビデオに出演する女優」の事を言うそうだ。
ずっと国語算数理科社会と、勉強は出来る方だったと思うけど。まだまだ私の知らない言葉があるのだな、と知った。
その女は、恐らく私とは対照的な人生を送ってきたような気がする。
私は、今まで生まれてこの方。
両親に、何不自由なく愛されて育ってきた。
親の期待に応えて、勉強も一生懸命頑張って進学校に行った。
誕生日には、いつも母がケーキ買ってくれて。クリスマスには、プレゼント。
それが、当たり前だと思ってきたが。
私とは違う境遇で、違う世界を見てきたストーリーの奇才。
私に無いものを持ち備え、私に有るものを持っていない女。
心の底から、会ってみたい。そう思った。
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