あの日見た夢

ユウ

第1話


 タタタタタタ ザシュ


「ふぅ。全然だな……」


 彼の名前は、一ノ瀬光。彼はいつものように練習にいそしんでいた。


「一ノ瀬君、グランド使っていいわよ」


「ありがとう、もう少ししたら行く」


 特に切羽詰まってたというわけではないけど、もう数回は練習をしておきたかった。

 息を整えて、体を揺らし、踏み込みを何度か確認すると、前方に向けて一直線。


 タ、タンッ タンッ タンッ ザシュ


 光にとったら、そうしていることが心地よかったからかもしれない。

 だから、そうして繰り返し練習していた。飽きもせずって言葉もあるけど、飽きるなんて思ったこともなかった。


「いっちのせー、走り込みやるぞー」


 一ノ瀬は声をかけられ、振り返ると、そこには蜷川が立っていた。

 こいつはちょっといい加減なところがあるけど、気の良い奴だ。


「わかった、今行く」





「篤志高のやつら、ナイター使って練習してるらしいな」


「強豪だからね、うらやましくもなんともないさ」


「そおか?あっこがれるけどなー」


「そんなことより、走り込みだろ」


 そして、彼らはラインに立つと、一斉に走り出す。

 それぞれの明日に向かって――――


 ――――あの日見た夢





「相変わらずくっせーなここ」


「けど、あまりスプレー撒くなよ、今度はスプレー臭くなる」


 そこは汗のにおいと、湿布の匂い、それに制汗スプレーの匂いが混ざるというのだ。それはもうひどい匂いになる。

 一ノ瀬は、バッと窓を開けると、外の風と日の光とを取り込み、部屋の空気を入れ替える。


「いやん」


「誰も見ねーよ、お前の着替えなんか」


「分からねーだろ、俺のファンがいるかもしれない」


「いねーよ、そんなやつ」


 彼らは、そんな何気ない会話で、笑うことができた。大口を開けて、大声をあげて、それが幸せだった。


 ガラ バン


「男子!ライン引くやつ出しっぱなしにしないでよ」


「俺たち使ってねーぞ」


「じゃ、誰よ!」


「女子じゃねーの」


「いいから片づけて!」


 声の主は、バンと扉を閉めると、また立ち去っていくのだった。


「おっかねーな」


「中沢、まじめだからね。お前はそんな中沢に惹かれてるんじゃねーのか?」


「惹かれてねーよ」


 彼らはそうしていつまでも笑い続けていた。

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