あの日見た夢
ユウ
第1話
タタタタタタ ザシュ
「ふぅ。全然だな……」
彼の名前は、一ノ瀬光。彼はいつものように練習にいそしんでいた。
「一ノ瀬君、グランド使っていいわよ」
「ありがとう、もう少ししたら行く」
特に切羽詰まってたというわけではないけど、もう数回は練習をしておきたかった。
息を整えて、体を揺らし、踏み込みを何度か確認すると、前方に向けて一直線。
タ、タンッ タンッ タンッ ザシュ
光にとったら、そうしていることが心地よかったからかもしれない。
だから、そうして繰り返し練習していた。飽きもせずって言葉もあるけど、飽きるなんて思ったこともなかった。
「いっちのせー、走り込みやるぞー」
一ノ瀬は声をかけられ、振り返ると、そこには蜷川が立っていた。
こいつはちょっといい加減なところがあるけど、気の良い奴だ。
「わかった、今行く」
◇
「篤志高のやつら、ナイター使って練習してるらしいな」
「強豪だからね、うらやましくもなんともないさ」
「そおか?あっこがれるけどなー」
「そんなことより、走り込みだろ」
そして、彼らはラインに立つと、一斉に走り出す。
それぞれの明日に向かって――――
――――あの日見た夢
◇
「相変わらずくっせーなここ」
「けど、あまりスプレー撒くなよ、今度はスプレー臭くなる」
そこは汗のにおいと、湿布の匂い、それに制汗スプレーの匂いが混ざるというのだ。それはもうひどい匂いになる。
一ノ瀬は、バッと窓を開けると、外の風と日の光とを取り込み、部屋の空気を入れ替える。
「いやん」
「誰も見ねーよ、お前の着替えなんか」
「分からねーだろ、俺のファンがいるかもしれない」
「いねーよ、そんなやつ」
彼らは、そんな何気ない会話で、笑うことができた。大口を開けて、大声をあげて、それが幸せだった。
ガラ バン
「男子!ライン引くやつ出しっぱなしにしないでよ」
「俺たち使ってねーぞ」
「じゃ、誰よ!」
「女子じゃねーの」
「いいから片づけて!」
声の主は、バンと扉を閉めると、また立ち去っていくのだった。
「おっかねーな」
「中沢、まじめだからね。お前はそんな中沢に惹かれてるんじゃねーのか?」
「惹かれてねーよ」
彼らはそうしていつまでも笑い続けていた。
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