第9話「あれに轢き殺されろってことか!?」
目の前に現れたイノシシに背を向けて勢いよく走り出す。
「に、逃げるぞ!」
「え? あ、はい!」
くそ、モンスターに遭遇することなく無事に終えたかったが、仕方ない。
走りながらチコナに呼びかける。
「チコナ、魔法は放てるか!?」
「こんな、走りながらでは、無理ですぅっ!」
そう叫ぶチコナは、目についた木に一瞬で登った。
この子、魔法使いなのになんて運動能力なんだ!
「ちょ……っ! 助けてくれよ!」
「ケイタさんも早く!」
「俺には無理だ! さすがに高校生にもなると、気軽に木登りできるほどの少年の腕白さはもう持ち合わせていない! それよりも、あれを倒せるか!?」
俺は迫って来るイノシシを指差す。
「ええっ!? 倒すんですか!?」
「そうだよ! もう見つかった以上、たぶん逃げ切るのは無理だ! 魔法が使えるんだろ!? ――って、ぎゃああああ!」
チコナを見上げて叫んでいるうちに、イノシシはもう目前に迫っていた。
チコナが登っている木を回り込むようにして逃げるが、イノシシも同じようにして追いかけてくる。その勢いは少し落ちたようだが、危機に変わりはない。
「あぁっ! ケイタさん!」
「い、いいから早くぅ!」
「そう動かれていると当たりませんよ! それにこんな不安定なところで魔法を放つとどこ飛んで行くか……」
「なら早く降りてくれ!」
「無理ですっ!! 囮になってそいつを引き離してください!」
「お、囮!? さっきまでと言ってる事違うよねっ!? 俺に無茶はさせないんじゃないのか!?」
「な、なんのことですか!? ごたごた言ってないで早く遠くへ! もしくは私の盾になってください!」
「今盾になれって言ったね? あれに轢き殺されろってことか!?」
「そこまでは言ってませ――ッ!? きゃあああっ!?」
ズンッという鈍い音が響き、それに遅れてチコナの悲鳴が響く。
チコナが登っていた木にイノシシがぶつかった。その衝撃でチコナは体勢を崩し、小柄な体が大きく揺れ、今にも落ちそうだ。
「チコナっ!」
咄嗟のチコナのもとに駆け寄り、落ちてくるチコナをキャッチしようとするが。
「ぐぎゃっ!?」
落下するチコナは俺の腕ではなく、顔面に落ちてきて、そのままひっくり返って背中を地面に強打する。
「ちょっと、ちゃんと受け止めてくださいよ!」
「うぐぅ……む、無理だよ! まともな運動は体育の授業だけだったからな!」
「なんの話ですか!」
「それよりも……っ! ってああ、もうダメだあああああ!」
まっすぐ迫ってくるイノシシ。まるで軽自動車が迫ってくるかのような錯覚に陥る。そ
して、それが、もう俺たちの目の前にまで――
「任せてください」
諦めかけていた俺の隣で、チコナは勢いよく立ち上がる。
その時、少し肌寒さを感じた。
ふとチコナを見ると、チコナの周囲は冷気に覆われていた。
その冷気はチコナの杖の先に集結しており、やがて大きな氷塊を形成、それが弾丸のようにイノシシに向かって放たれた。
真正面からその氷塊を食らったイノシシは、ひっくり返って背中を地面に叩きつける。
「ふぅ、間一髪でした……」
魔法の反動で後ろに大きく仰け反って尻餅をついていたチコナは、ホッと胸をなでおろしながら俺のそばに寄ってきて、力が抜けたようにぺたんと座り込む。
「チコナ……」
チコナは胸に手を添えて自慢げに語り始める。
「ふふふ、すごいでしょう? 魔法をいつでも放てるように木の上で準備はしていたんです。先ほどの小屋では色々やらかしてしまいましたが、これぐらいはちょちょいのちょいです!」
「ありがとう。……でも、さっきの氷の魔法、見覚えあるんだけど」
俺がチコナに助けられる前、イノシシに追われていた際に俺の視界の端から飛んできた謎の大きな塊。あれはたぶん……。
「き、気のせいですよ! それよりも、ほら! イノシシを倒しましたよ!」
何か誤魔化すように慌てるチコナの指差す先には、ぐったりとしたまま動かないイノシシ。まぁ、邪推はよそう。今はなんとか危機は逃れたことに喜ぶべきだ。
「さぁ、さっさとキノコを探しに行きます……よ」
立ち上がろうとしたチコナだが、足元がふらつき、俺にもたれかかってくる。
……え、なにこの状況。なんか、いい香りするし、温かいし。ドキドキする……。
「チ、チコナ?」
平静を装ってチコナに声をかけるが、少し上擦ってしまった。もたれかかってくるチコナに、俺の高鳴る心臓の音を聞かれていないか気になって仕方ない。
「あ、すいません。ちょっと大技を使ったので疲れちゃいました」
「あぁ……なるほど。急に俺の魅力に気づいたとかでは無いんだな」
「なんですか、それ……」
呆れた様子で呟くチコナの表情は、確かに疲労の色が見て取れた。
「どこか、安全な場所で休憩しよう」
そう言って、チコナに手を差し伸べる。
さぁ、手をとるんだ。幸いこの世界では「未成年の少年、幼女に手を出す」なんて批判の的にされ、社会的な死が訪れる不安がない。さあ、手を!! 幼女の手を!!
――ガサガサ。
「……ガサガサ?」
再び、嫌な予感。物音のした方――チコナの背後――に視線を送ると。
さっきと同じくらいの大きさのイノシシが、茂みから顔を出した。
「くそっ!」
座り込んだままのチコナを担いで走り出す。
「なな、なんですか! 離してください!」
チコナは、咄嗟の出来事に顔を赤く染めながら、手足をバタつかせる。
「ちょ、じっとしてろ! 背中を叩くな腹を蹴るな! 顔上げてみろ!」
「えっ……? またぁっ!?」
ようやく状況を理解できたようだ。
チコナが顔をあげた視線の先――俺の背後――では、イノシシが突進してこちらに迫っていた。
日本の警察から逃れるようにしてこの世界に来たわけだが、この世界に来てからも本当についていない。少しは休ませて欲しい。
にしても持ち運びしやすいサイズで助かるよ、チコナ!
「なに考えてるんですかこの変態」
「言ってる場合か!? どうだ? 追って来てるか!?」
「ええ。それはもう、ものすごい気迫で」
「くそおおおっ!」
「あのー……大変なところ申し訳ないんですが、せめて前向かせてもらえませんか!? もう目と鼻の先なんです! すごく怖いです!」
「そんな余裕あるか!」
だめだ追い付かれる……転生一日目でゲームオーバーか…………。
『――伏せろ』
諦めかけたその瞬間、突然頭に男の声が響いた。かと思うと、急激に吐き気を催し、そのせいで足がもつれた。かっこ悪く転んでしまい、咄嗟にチコナをかばいながら倒れる。
それと同時にヒュンと風を切るような音と、その直後に大きなものが地面に倒れる音。
身体を起こして、振り返ると、イノシシが倒れており、その額には一本の光る矢が突き刺さっていた。
……何が起きた?
未だに吐き気を残したまま、うまく働かない頭を使って状況を整理しようとしていると。
「伏せろ、とは言ったがあんなに派手じゃなくても良かったぞ」
不意に背後から呆れ混じりに声をかけられた。
さっき頭に響いた声だ。
声のした方を振り返ると、そこには赤い外套を纏った優男が立っていた。
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