第8話「異世界め、なんて目に毒な環境なんだ!」
お互いに自己紹介を終えて、俺とチコナは小屋を出て鬱蒼とした森を再び歩く。
小屋で休めたうえに、どうやらチコナがなんらかのアイテムを使ってくれたらしい。そのおかげでイノシシに追われて疲労した身体もすっかり回復している。
「手伝うとは言ったが、俺は何をすればいい?」
「うーん。そんな軽装で武器も無しに無茶させるわけにいきませんし、周囲を見渡して危険がないか常に確認しておいてください」
「それだけでいいのか? なにかもっと派手なことをしてみたいんだが」
せっかくファンタジーな異世界に来たんだ。いろいろやってみたいことがある。
しかし、チコナはそんな俺に対して冷静に指摘する。
「まだギルドで登録していないあなたはスキルを使えません。注意を払ってくれていれば十分です」
確かに今の俺は無力な一般人だ。
もし、一般人がキノコを採りにこの森に来ることができるのであれば、チコナがクエストでここに来ることもなかったはず。つまり、一般人には危険なエリアということ。そう考えれば、チコナが俺に期待しないのも仕方ないことだろう。ここは素直にチコナに従っておくことにする。
「ちなみにどんなクエストなんだ?」
「一般的な採集クエストです。このあたりに生えてるキノコの採集なんですが、それを好物にしている気性の荒いモンスターもいるので気を付けなければなりません」
採集か。クエストの基本中の基本だ。
「で、どんなキノコなんだ?」
「紫の小ぶりなものなんですが……。似たような毒キノコもあるので素人目にはわかりません。なので、もしそのような特徴のキノコを見つけたら教えてください」
「了解。ちなみにこれは違うのか?」
俺が指差す先には、倒れた大木に生えている紫で小ぶりなキノコ。
チコナはそのキノコに近寄って凝視する。
「うーん、どうでしょう。……さっぱりわかりません」
「いや、分からんのかい」
さっきの「見つけたら教えてください」ってのはなんだったんだ。
角度を変えながらキノコを眺め、悩ましそうにしているチコナの後ろ姿を見て意地悪なつもりで指摘する。
「やっぱり、チコナってまだまだ駆け出し……」
「ち、違います! 今はちょっと目にホコリが」
咄嗟の言い訳だろう。そんなもので誤魔化される俺ではな――
「――なんだって!? それは一大事だ! まずは目薬を……ってあああ! 目薬持ってない! 水も無い! あぁ、くそ! 異世界め、なんて目に毒な環境なんだ! いいかチコナ、絶対に目をこすっちゃいけないぞ! それは一番やっちゃいけないことなんだ! 仕方ない、涙で洗い流すしか……。チコナ、泣け! 泣くんだ!」
「ちょっと落ち着いてください! それに『目に毒』って言葉の用法が違う気がします!」
「これが落ち着いていられるか! チコナの麗しく、儚げなその瞳になにかあったらと思うと……! おのれ、ホコリめ、許さん! 駆逐してやるっ!」
「落ち着いて! 嘘です! 嘘ですから! ホコリなんて入っていません! 大丈夫です!」
「……そうなのか? 本当にホコリは入っていないのか?」
「はい。なのでそろそろ放してくれませんか?」
その言葉にハッとして、今の状況を俯瞰する。
幼げな女の子の両肩を掴み、その女の子に対して「泣け」と言う男。どう考えても危ない男だろう。
「ご、ごめん!」
チコナの両肩から手を離し、数歩後ずさる。
……またやってしまった。
「い、いえ。こちらこそ嘘を言ってしまってごめんなさい」
謝るチコナだったが、表情は強張っていた。
チコナに若干引かれているのは気になるが、今回はチコナの嘘で良かった。もし本当にホコリが目に入っていたらと考えると恐ろしい。
「チコナ、もし本当に目に異物が入ってしまった場合は報告してくれ。俺がこの命に代えてもその異物を排除し、君の瞳を守ってみせるから」
「は、はぁ。じゃあその時はお願いしますね。ってそんなことはどうでもいいんですよ。……あっ、いやどうでもよくないですね。そうですね、確かに目は大事ですよね。なので、これ以上話を逸らさないでくださいね」
俺が今まさに、「そんなことはどうでもいい? 君は瞳を何だと思っているんだ!?」と説教をし始めると悟ったチコナが、「やめろ」と釘をさしてくる。
この短時間で俺の事を理解してくれている。君は今までで一番の俺の理解者だよ。
「とりあえず、このキノコも採取しておきましょう。街に帰ってから確認して、目当てのものならそれを納品してしまえばいいんです」
そんなテキトーでいいのか?
まぁ、きちんと目的を達成さえすれば、その過程は問われないのかもしれない。
「あ、ちなみに食べちゃダメですよ。もし、これが毒キノコなら即死ものです。なんでも、似たキノコと誤って食べたモンスターが泡を吹いて倒れるくらいらしいです」
チコナが慎重にそのキノコを手に取りながら注意してくる。
めちゃくちゃやばいやつじゃないか。まあ食べないけどね。
――ガサガサ。
ふと、俺達の前方から物音がした。
「なんか、嫌な予感が……」
「奇遇ですね、私もです……」
今度は枝が折れるような音がした――かと思うと、茂みが大きく揺れた。
そこから現れたのは、大きな牙と茶色の毛皮が特徴的なアイツだった。
「む、出まし――」
「ぎゃあああ!? イノシシー!!」
冷静なチコナの隣で俺は人生で最大の声量で悲鳴を上げた。
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