第6話「このメガネをかけてくれませんか?」

「ところで、冒険者でもないのに、あなたはここで何を? まともな装備も無しでこんなところに来るなんて自殺行為ですよ」


 この森ってそんなにやばい所なの。


 異世界にポイってされて気づけば森の中だったから、俺にはどうすることもできなかったというのが事実だが。

 何とかうまい返しが思いつかないかと建物の内部を見渡すが、もちろん上手い言い訳は浮かんで来ない。


「いやー、なんというか、その、ね? あ、そういえばこの建物は何なの?」


 あー、この誤魔化し方はあからさまだな……。失敗した。

 しかし、女の子は誤魔化そうとしている俺に一瞬眉をひそめるものの、俺の質問に丁寧に答えてくれた。



 まず、この森は近くの街の冒険者がクエストで頻繁に訪れるエリアらしい。

 お金になる薬草やキノコが採れるが、一般人には手に負えないようなモンスターが生息しているため、基本的には冒険者以外は立ち寄らないようになっている。

 そして、この建物は冒険者達のクエスト中の休憩場所として活用されている小屋で、冒険者達の憩いの場であるとのこと。



「モンスターねえ。そういえば俺、気絶する前イノシシに追われていたんだが」

「ええ、そしてそのイノシシに轢かれたのでしょう。気を失っている所を回収しました。ええ、大事がなくて本当に良かったですよ」


 あのイノシシに轢かれた……? そうなのか? あんなに大きなイノシシに轢かれて五体満足で無事でいられるとは思えないんだが……。もしかして、それも魔法やアイテムで治療できたのだろうか。だとすれば、お礼を言っておかないと。


「そっか、ありがとう」

「い、いえ。お礼を言われるようなことでは……。少し罪悪感が」

「罪悪感?」

「いえ、なんでもありません。……あ、そうだ。この森で迷子……じゃなくて探索している最中、森の奥の方で大きな光が見えたのでそちらに向かうとあなたがいました。何か知りませんか?」


 俺がいた方から光? それってもしかして俺が異世界に転送された時の光か?

 異世界に転生した身としては、やはりそのことは秘密にしておいた方がいいのだろうか? 厄介ごとに巻き込まれたくないし。


「さぁ、なんのことやら」


 そうですか、と小さく答えながらも、女の子は俺の顔をじっと見つめてくる。

 うう……やっぱり怪しかったか? 


 ……にしても、こんなにかわいい子にじっと見つめられると緊張してくる。本当にかわいいな。瞳もきれいだ。大きな瞳はキラキラと輝いており、幼い容姿とあいまって純粋さを醸し出す一方で、何か力強い意志も感じられる。なんて素敵な瞳なんだ……吸い寄せられてしまう!


 そう思った瞬間、俺は無意識に懐のメガネケースを取り出していた。



「お願いです! このメガネをかけてくれませんか?」



 まるでプロポーズをするかのように、片膝を立て、メガネケースを開いて赤縁メガネを見せながら懇願する。


「……はい?」


 肝心のお相手はポカンとしていた。

 ……しまった、またやってしまった。


「な、なんですか突然」

「ご、ごめん。君のきれいな瞳を見ていたらつい」

「つ、ついってなんですか!? つい無意識にメガネをかけさせたくなるんですか?」

「うん、悪い癖なんだ。反省しないと」

「脊髄反射並みに体に染みついているんですか……」


 どうやら女の子も戸惑いを隠せない様子だ。


 そりゃそうだよな。初対面の男にこんな風に迫られたら怖いだろうし。

 俺は結局、異世界に来ても変わらないんだな……。


「なんだかよくわかりませんが……。メガネが好きなんですか?」

「ああ。メガネが関わると、時々衝動的に体が動いちゃうんだ。笑えるだろ……」


 愛ゆえに身を滅ぼす。事実、俺は異世界に転生される直前、日本で警官達に取り押さえられていたのだ。


 こちらの世界の法律や刑罰に関しては無知ではあるが、身を引き締めておくに越したことはないのに、早速やらかしてしまった。しかも転生して初めて会った相手に対して……。


 すっかり暗い顔して落ち込む俺を励ますかのように女の子が話しかけてくる。


「いいじゃないですか。好きなものを好きとはっきり言えるというのは素敵なことだと思いますよ」

「……本当か? 俺はこのままでもいいのか?」

「あなたの事は全く分かりませんが、好きなものを抑圧するのは辛いですからね」


 俺は今、幼女に慰められてる。

 冷静に考えたら非常に情けない状況かもしれない。

 しかし、こんな風に俺の事を認めてくれる人は今までいただろうか? いや、いない。

 目の前で俺のことを心配そうに上目遣いで気にかけてくれるこの子以外にはいなかった。

 ……ってちょっとなにそれ、その上目遣いずるい。再び欲求がこみ上げてくる。


 でも、そうだよ。この子の言う通りだ。俺は好きなものを好きと、はっきり主張してもいいんだ。

 俺は気を取り直し、女の子と目を合わせる。


「ありがとう……。では改めて! メガネをかけてください!」



「お断りします」



「ありがと……って、ええ!?」


 女の子は手の平を俺に向かって突き出して、きっぱりと拒絶の意志を示した。


「なんで? 今の流れでいえばかけてくれてもいいと思うんだけど!」

「すいません、私裸眼でも結構視力が良いんです。それに、メガネをかけるとなんだか視界が遮られている感覚がして、少し苦手です」

「そこをなんとか!」

「いや、だからかけませんってば。そもそもこんなことしている場合じゃないですから!」

「こんなこと、だって……? さっきと言ってること違うじゃん! 好きなものを抑圧する必要はないんだろ!?」

「そうは言っても限度はありますよ! 他人に無理に迫るなんて、限度があります! いったん落ち着いてください!」

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