第3話「あ、これは無理なやつだ……」

妙な浮遊感の後、どこかに着地した。

 ゆっくりと目を開ける。

 そこには、ファンタジーが溢れる異世界の風景が――



「え、ここどこ?」



 ――広がっていなかった。

 見渡す限り鬱蒼とした薄暗い森。地面から空に向かって伸びる背の高い木々の葉が風に揺れる音が耳に届く。

 どう見てもファンタジーのロールプレイングゲームなどで目にする中世ヨーロッパ風の街並みは見当たらない。

 異世界に来た感動もへったくれもなかった。


「ちょっと待って。こういう異世界転生って、まずは町から始まるもんでしょ。なんで森にぽいってされてんだ?」


 俺は謎の美少女がいた不思議な空間で魔法陣の光に包まれ、異世界に転生した……のだと思う。

 なのに、異世界転生したという確信が全く持てない。

 ぶっちゃけ、母方の実家がある田舎で遊んだ山の風景に似ているような気がしなくもない。


 そう考えると親戚一同が俺に仕掛けてきた壮大なドッキリに思えてきた。つい、周囲に親戚の姿やカメラがないか探してしまう。だが、それらしいものは見つけられなかった。

 つまり、これはやはり異世界転生したと考えるべき……。


「いやいやいや、違うだろ。転生して、目を開けるとレンガ造りの建物やら馬車やら、異世界らしい風景でさ。色んな種族が生活していてさ」


 しかし、そんな理想はあっけなく壊され、視界のほとんどは緑が占めている。

 そして、そこに一人立ち尽くす俺。なんだろう、すごく寂しい。というよりちょっと怖くなってきた。


 もしかして、転生する時に抵抗してしまったのがまずかったのだろうか?

 そういえば、召喚が中途半端になって八つ裂きとかなんとか……。

 急に不安に駆られて、身体を見回したが特に怪我も見当たらない。思わず安堵の息が漏れるが、しかし事態は全く良くないことを思い出す。


 冷静に考えたら、森で遭難したらすごく危険だよな。ましてや異世界……だし。たぶん。

 救助は見込めない。俺はこの世界に来たばかりで、誰も俺のことを知らない。存在すらも知られていない俺を助けに救助が来ることなど考えられない。


「あれ、これって詰んでないか……?」


 や、やばい。何がやばいって命がやばい。どうしよう、俺こんなにあっさり死んじゃうのか? 

 あはは……。笑えない。いや、ちょっと乾いた笑いは出ちゃったけど……。

 そんなふうに頭を抱えていると。

 突然、背後で枝が折れるような音がした……ような気がした。


「だ、誰かいるのか……? 助けてください!」


 物音がした方へ叫んでみたが応答はない。

 誰かいるのか目で確かめようにも、日光が木々に遮られ、暗くて物音の正体が見えない。

 すると、再び枝が折れるような物音がした。さっきのは幻聴じゃなかったみたいだ。さっきよりも物音が大きくなっている。間違いなくこちらに近づいている。


 なぜだろう。妙に緊張する。初めて異世界で遭遇する相手だからだろうか。それとも、単に俺が人見知りだからだろうか。正直、ここで従弟が「ドッキリ大成功~」と書かれたプラカードを持って出てきてくれたら、恥ずかしさよりも安心が勝って泣いてしまう自信がある。

 そうこう思案しているうちに、暗い木陰から相手が姿を現した。


 異世界に転生して、初めて出会ったお相手は、勇猛な茶色の毛立ちで四足歩行で、そして立派なで大きな一対の牙を持つ…………


「イノシシ! ってでか!」


 大きいイノシシ。日本の田舎で見るような猪の比ではない。目線が俺と同じくらいで軽トラック並みの重量感を感じる。唸り声がエンジン音にしか聞こえない。


「あ、そうか! ここ本当に異世界なんだ!」


 こんなふうにして異世界であることを実感するとは! チュートリアルはきちんとしてください! 俺、どんなゲームをするにしてもまずは操作方法とかゲームシステムを熟読してから始めるタイプなんです!


 あの女神(?)の配慮のなさを憂いている間にもイノシシはゆっくりとこちらに向かってきている。

 たぶん、というかほぼ間違いなく、これは危機というやつだろう。

 こういう時はあれだ。背中を見せずに相手の目から逸らさないままゆっくり距離をとるってやつだ。田舎の祖父に教えてもらったことがある。

 よ、よし、やってやる……! そーっと、そーっと……。


「うわっ!?」

 ゆっくり一歩後退しようと足を下げたが、木の根につまづいて尻餅をついた。

 そんな俺に対し、対面していたイノシシはギラッとこちらを睨み……。


「ぶぎいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 大きな唸り声をあげて突進してきた! 

「ひぃっ!?」

 あまりの恐怖に竦む足を奮い立たせ、夢中で駆けだす。

 もつれそうになる足を必死に動かす。


 どどど、どうしよう!?

 通っている高校では帰宅部所属の俺は体力がないため、長時間走り続けることはできない。このままではあっという間に追いつかれて轢き殺されるだろう。


 恐怖と焦りで頭が押しつぶされる感覚に襲われながら走り続けると、森の開けた空間とその中央にそびえる大木が見えた。

 ……これしかない!

 俺は無我夢中でその根元まで走り、そこで後ろを振り返る。

 大木を背後に、猛烈な勢いで迫ってくるイノシシを睨む。


 イノシシとぶつかる寸前に横に避けて、大木と衝突させる。これが、俺が咄嗟に考えた作戦だったが。


「あ、これは無理なやつだ……」


 迫りくるイノシシを見ていると、足が、全身が恐怖で震えて動けなくなった。

 思わず目をつぶり、死を覚悟した瞬間――


 イノシシが迫って来る前方ではなく、右側から大きな何か――両手を広げたほどの大きな弾丸のような氷塊―――が俺の右半身に衝突し、その衝撃で俺は吹き飛ばされた……。

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