この世界にはメガネが足りない

@izurumatsubi

プロローグ

メガネ。



 視力の調整や、光線による目のダメージを防ぐ、レンズの器具。

 なんて画期的な機能だろう。ぼやけてしまった未来を鮮明に照らしてくれる。まさに女神のような存在。


しかし、その魅力は機能面だけではないのだ。女神がその慈悲だけで女神と呼ばれるわけではない。女神には絶対的な美しさが備わっているからこそ女神なのだ。

 メガネも同様、その機能だけでなく、その姿形にこそ魅力があるのだと思う。



 何が言いたいのかというと、メガネが好きだ。大好きだ。



 俺の人生はメガネで満ち溢れていた。


 もちろんメガネ単体でもたまらなく良い。部屋の棚に飾っているコレクションを眺めているだけで休日が潰れてしまうほどに。


 が、やはりメガネが真に輝くのは女性がかけている時だろう。いわゆるメガネっ娘というやつだ。

 その輝きは直視できないほどに眩しいものだ。といってもこれは比喩表現で、実際は女性のメガネをガン見するのだが。


 メガネっ娘を見かけるとつい視線がメガネに追ってしまう。

 メガネをかけていなくても、勝手に「ああ、この娘にはハーフリムが似合うな」なんて考えてしまう。日常的に妄想補正の処理が脳内でなされているのだ。


 学校でも無意識にクラスメイトの女子のメガネをチラ見してしまう。


 以前、それをひどく気味悪がられてしまい、生徒指導室に呼び出されたことがあった。

 その女子は普段はメガネをかけないのに、授業中だけ黒板を見るためにかけていた。始業のチャイムが鳴ると派手ではない紺色のメガネケースからメガネを取り出してかける。たったそれだけの仕草。他のクラスメイトならなんてことのない日常の一場面に見えたかもしれない。しかし、俺にはなんというか……そう、官能的に見えたのだ。魅入ってしまっていた。生唾を飲んだ。英語の先生の話なんて全く耳に残らなった。


 その日の放課後、俺は生徒指導室に呼び出された。「授業中にクラスメイトの女子をいかがわしい目で見ていた」という理由で。おかしい。俺はそんな目で見ていない。むしろ女神を崇拝するような目で彼女のことを……。なのに、どうして。


「性欲があるのは思春期男子には仕方ないことだが、道を踏み外すなよ」

 長々と続いた先生の説教はこう締められた。だが、俺には納得できなかった。だから、俺はこう尋ねた。


「先生は、どのようにして思春期男子の問題を乗り越えたのですか」


 厳つい顔の体育教師は遠くを見るように目を細めて静かに語った。


「昔のことだ……。もう忘れたさ。だがな、啓太。これだけは覚えておけ――」


 間を空けて、彼はこう続けた。



「――それが大人になるってことさ」



 結局、あの体育教師が何を伝えたかったのか全く分からなかったが、俺はこの一件以降、メガネを見て湧き上がる欲求を意識的に抑えようとしていた。


メガネは無限に広がる宇宙だ。その可能性は無限大。俺の世界は大半がメガネで占められている。もしも世界にメガネがなかったら、生きていられるか不安になる。

 なのに、俺はメガネを前にしても、我慢を強いられていた。


 そして、メガネ欲求を抑えていた俺は――。

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