身中一閃を忘れるな

「はぁ、とんだ伏兵がいたもんだ」

「怪我……してんだよな? あの十一番」

「確か、バイクの事故でだろ。十番が運転して」

「ヤンキーか。勿体ねぇな、事故がなけりゃトッププレイヤーだろ」

「島だ。島雄一郎しまゆういちろう

「知ってるのか、涼」

「ミニバスで一緒だったんだ。俺や徳史と一緒のチームだった。あいつは、島は高学年の頃に転校して、違うミニバスチームに入ったけど」

「ああ……んで、あいつらと、か」


「後半、十一番は出て来ないだろう。ハンディキャップを抱えて、あのドライブには驚いたが、向こうの苦肉の策に思える。前半が終わって、スコアは14-24。十分なスコアだ。実際に洛連とやりあって向こうの選手の欠点は見えてきただろう?」


「まぁ、そうですね。星野監督の言った通りです。ずば抜けて長所を持っている選手ばかりですが、ずば抜けて欠点を抱えている選手も多い」

「七番の男前、ありゃ3Pだけだ。ドライブできねぇ、背も中途半端、ディフェンス時は一番ざるだ。クイックシュートが早いだけだな、ありゃあ」

「それ言ったら九番も。足と跳躍力が凄いだけで、バスケの技術はほぼ無し。アリウープとレイアップしかない。それに空中戦が凄くても体格が華奢すぎる。中に入ったとて、跳ぶ前に対処すればどうとでもなるよ」

「十番もだな。デイフェンスだけだ。まぁパスはうまいか。良く跳ぶ方だが、九番と一緒で華奢過ぎる。これも跳ぶ前に対処すれば、明島川のセンターの餌食になるだけだ」

「何より、スタメンのほとんどがバスケットの技術が伴っていない。個性で力押しをしているようなものだから。戦略を立てて、対応すれば勝てる相手だ」

「問題は、五番の。」


鷹峰壮たかみねそう。あれは確かに頭一つずば抜けているか。よし、後半は秋永が鷹峰につけ。あとは各自マークマンの欠点を突け。控え選手は全員オールラウンダーだが、基本はこっちの能力の方が上だろう。気を付けるのは十番のスティールとそれに伴うカウンターだ。それでも、向こうはやはり高校バスケの素人だ。堅実に攻めて、崩してチャンスを拾い上げれば点差は確実に開く」


『はい!』


「黄金世代、その頂点は残り二十分で決まる。勿論、勝つのはお前たちだ。この試合、勝って引退させてやるよ。高校生最後に人生最高の花道を作ってやる」





「おいおいおい、島君よぉ! お前どうしちゃったの!」

「そうだよそうだよ、左手なんかで決めちゃってさ!」

「なになに、封印してた左手が動いちゃった的な?」

「隠されし左手ってかぁ、お前やばいな、それはやばい」

「というか、動くからね。左手が動いたからね。実はあれだから、きっと実は左手で欲とか満たしてたから、こうしごいて、自分でしてたから絶対」

「ああ、あれな。疲れたら左手でするっていう」

「右手が疲れたら左手な! 妄想が閃かない時とかな!」

「逆に、閃いちゃった? 逆に閃いて左折しちゃった?」 


「ちょっと君たち、うるさいから。静かにして。……島君、ありがとう。君は本当に凄い選手ですね。私、少し泣いちゃった」


「いえいえ、このくらいで。でも、まだ震えています。なんだろ、久しぶりだったからかな。ああ、久しぶりだった。良いですね、試合に出るって。はは、少しは役に立てた」

。本当に凄かった。私、今まで見た中で一番上手いって思った。本当に本当に格好良かった」

「うん、島君のドリブルの音、中学生以来だよ。あの頃よりも凄かったかも」

「ありがとう。美代ちゃん、香澄さん。みんなもありがとう。俺、もう一度バスケットができた」

「何を、これからもするんだよ。馬鹿野郎」

「まだまだこれからだから」

「ああ、ちげぇねぇ」


「さて、本題に移ります。前半が終わってこの点差。島君のドライブで流れは止めたけれど、残念ながら一時的なものです。みんなも感じているように明島川の対策は半端が無いです。……ここから先、私の脚本はありません。つまり現状に於いて、打つ手が無いと言う事です」


「そりゃあ、俺たちも一緒だ。悠花先生の経験でどうしようもなけりゃ、俺たちにもどうしようもねぇ」

「悠花先生は、演出家でしょ。脚本は、俺たちが作るんだ」

「おおう洋介、なんか映画の名言みたいだな」

「ならあれか、美代ちゃんと香澄さんは照明とか音響か?」

「いや、マネージャーだろ」

「じゃあ、俺たちはなんなんだよ」

「そりゃ、演者だろ」

「いや、選手だから」

「監督は? 舞台監督。いるだろ監督って」

「悠花先生? いや違うか。いずみだ、泉広洋先生」

「舞台監督ではねーけどな、てかなんださっきからその例えは」

「じゃあ監督なら、泉先生なら“いま”何て言う?」

「そりゃあ……走る。“走れ”って言う」

「まぁ、それは言うか」

「“結局”それだよなぁ、それしかないもんなぁ」

「それで、みんなどうするの? 何か当てはあるのかな?」

「うん、あるよ。悠花先生」

「ああ、あるか。訳分からない理屈だけど」

「俺達には理に適っている」

「結局やる事は変わらねーか」

「インスピレーションだからね」


「では、後半からは君たちに任せます。中島君にも言ったんだけど、私はもう何も出来ないからね。でも、場面の修正は可能です。ちなみに、どうするつもりなの?」


「決まってらぁ、走る」

「走って、走って、箱根駅伝を目指すんだよ」

「考えたら負けだ、感じて動く」

「俺たちはあれだ、ニュータイプだ」

「全会一致だね。じゃあ行こう、即興アドリブ

『おうっ!』


(ほんとこの子達、面白い。思考の放棄をしようとしている? それは、勝負で勝つという未来から逃げているのよ。いや、逆もそうなのかな。負ける事実からの逃避行。そして、勝ちや負けから逃げた先に、最早勝敗もない。。“対偶理論”を体現しようとしている。この状況で尚、上に手を伸ばすか。完璧な精神状態に近付いている……それも山岸洋介君の一声に寄って)


 うん、行ってらっしゃい。そして見して、私に見して。私が出来なかった事を、君なら必ず出来るから。だから見して。他者を巻き込む世界を、その感覚を、ゾーンの最上を、【天衣無縫】を、私に見せてみて。だから私はね、君を好きになったのだから。





 第三クォーターの撃鉄は落とされた。明島川は変わらぬメンバー編成で、対する洛連はスターティングメンバーに戻っていた。スコアは14-24。明島川のリードで始まる。両チームのスコアを足して38得点。バスケットの一クォーターにおいて、厳密な平均点は無いに等しいが、この総得点はかなり低い。第二クォーター終了時点からこのスコアで伺えるのは、接戦ということである。点差ギリギリの接戦ではない。お互いのチームバランス、長所と短所が拮抗しているからこそ、この総得点になる。

 洛連高校は超攻撃型チームである。ラン&ガンを得意とし、スピードに特化している。超攻撃型ではあるが、十番の山岸洋介のディフェンスは恐らく高校生一、否、日本一のレベルに達しているだろう。超広範囲の守備と圧倒的動体視力と瞬発力から繰り出されるスティールの嵐。そして彼を起点とした、カウンターによる速攻。例え十番をすり抜け、ゴールを決めたとしても彼達は“すぐにやり返す”。そう、まるで、殴られたならばすぐに殴り返すギラギラとした少年のように。九番の上代翔の脚力と跳躍で相手を奔走し、七番の村川明が素早く外から射抜く。アウトサイドからインサイドまで卒なくこなす六番である星野翔太。そしてバスケット選手として既に完成されつつある五番センターの鷹峰壮。高速ドライブの使い手、十一番、島雄一郎。

 彼達は、それぞれの欠点をそれぞれの長所で補い、前述した超攻撃型バスケットボールチームとなった。何より脅威なのは、彼達は“良く走る”。そう教育されてきたのだろうが、これはスタミナがあるないの範疇でない。彼達は、誰よりも純粋にゴールを追い求めている。そこに行けば、答えが見つかると信じて。一度走り出したならば、決して後ろを振り向かず、ただひたすら前へと突き進む。好奇心から来る探求心、引き返す事を知らない愚かさ、恐怖と臆病を明後日に忘れて前へ、前へ、前へと突き進む。彼らのような人間が何時の時代だって時代の最先端を担ってきたのだと、私は思う。歴史とはそうやって形成されてきたのだろう。



『おお、洛連は最初のメンバーに戻したか』

『しかし、拮抗しているな』

『14-24か。ダブルスコアで勝った試合もあった洛連をよく抑えているな、明島川は』

『正反対のチームだからな……明島川は超守備のチームだ。それで抑えつつの十点差か』

『超守備だが、秋永涼がいる。いやな話、あいつ一人で洛連の攻撃力と同等だ』

『どちらにせよ、このままでは点差は開く一方だろう。だが、きっと洛連は何かしてくれるはずさ。私はそう思う』

『ってか、さっきからしれっと話に入ってるけど、おっさん誰なんだよ。早くどっかいけよ』

『おっさんじゃねぇよ、桐村だって言ってんだろ。それに満席だから何処にも行けねーよ』

『ああ、そりゃそうか。でもまぁ、もう喋りかけてくんなよな』

『……独り言だ。気にすんな』



「久しぶりに全力で走るけど、みんな大丈夫?」

「大丈夫だろ。ちなみに第三クォーター全部走るのか?」

「そりゃ、勝つまでだろ翔太」

「ああ、確かにそりゃあそうか。バカが良い事を言うじゃねーか」

「だから明君、バカじゃねーけどな」

「おい、お前ら。洋介が言ったように“即興”で行くぞ。ジャンプボールはとにかく前に出す。“いつもの場所”だ。その後は」

「分かってるよ、ミネ。全力前進だろ」

「じゃあ、どうせならこうしよう。誰が一番往復出来るか」

「だったら誰が一番シュート決めれるかだろう」

「それはもう洋介の負けじゃねーか」

「そんな事はどーだっていいんだよバカ共。ミネ、ディフェンスはどうする?」

「……決まってる。殴られたら、殴り返せ。そう、教わっただろう?」

「ああ、だな」

「そうだった」

「よし、いくか」

「ああ、いこう」



――後半戦始まりのジャンプボールが放り出され、掴み取ったのはミネ。いや、掴み取ってはいない。ミネは前の方にただボールを叩きつけた。まるでバレーボールのジャンプサーブのように。そう、バスケットボールがバレーボールのように鋭角にコートに突き刺さろうとした。

 そのボールをノーバウンドで取ったのは翔だった。何て事はない。“いつもの場所”とは単にセンターラインから自陣の丁度フリースローライン辺りの事だ。落下予測地点が分かれば、そこに向かうだけで拾える。そして、これが始まりの合図。翔は間髪入れずにゴールに向かう。


(相変わらず早い! ってかなんでわざわざノーバンで――って、あっ!)


 相手の戻りも早かったが瞬間、翔は外にいる明にパスを放った。


(パスかよ! このパターンもあるのかよ!)

 心中、明島川の大竹は今のパスに違和感を覚えた。パスというよりは、適当に放ったに近い気がした。


 明のシュートは綺麗な弧を描き、ボールはネットを潜り抜け着地する。対する明島川、速攻の反撃。だが、俺達はオールコートマンツーマンディフェンスに打ってでていた。一人だけ敵陣センターラインの内側で仁王立ちする俺。しかし、相手はトップギアの速さだったため対処出来ず、入れ返さられる。

 別に構わないので、すぐにボールを前に放り投げた。ボールはミネに、そしてまた明へと渡り、もう一度中にいるミネへと渡った。ちなみにミネは外したけど、翔太がしっかりフォローしたので、さすがだ。やはり、ミネはこの状態は下手になる。いや、バスケットボールは元から下手な方である。


(なんだこいつらさっきから……何かが違う、何が違う?)



『山岡監督、彼等は“何を”しているのでしょうか』

『……さぁ、分からぬ』

『そもそも、バスケットボールとはあんなに速く投げれる物なのですか。肩が良いとは思ってはいましたが、あれは別物です。九番のパスも何か変でした。何か別のボールを扱っているような』

『もしかすると、あれはバスケットボールではないのかもしれない』

『何を言っているのですか、頭が可笑しくなってしまわれたのですか』

『つまり、彼らはバスケットボールをバスケットボールと思っていない。そう扱っていない、接していない』

『……つまり?』

『恐らく、何かに置き換えている、そして思い込んでいる。例えば、卓球のピンポン球かなにか』

『思い込み、プラシーボ効果ですか。ですが、思い込みでバスケットボールがピンポン球に変わりはしませんよ。現実は現実です。それでパフォーマンスが著しく変わるなんて』

『近いボールなら在り得るかもしれない。例えば、幼少期からその近いボールと携わっていたならば。あくまで、憶測にすぎんが』



――小学生の頃、俺達はバレーボールで、バスケットをしていた。何故ならば小学校にバスケットボールが無かったからだ。それは“近隣の小学校”も一緒で、ゴールはあるがボールはない。だから俺達は、代替として違う球技のボールで昼夜問わず、遊んでいたのである。一番近くて遠くて、尚且つ馴染んだのが『バレーのボール』だった。何故、俺達の地区小学校にバスケットボールが無かったのか、勿論ちゃんとした理由はあるのだが今は割愛しとくとする。

 ルーズボールを俺が拾い、逆サイドにいる翔太に放り投げた。真っすぐに届くように放り投げた。軽く、しなやかに、そして速く。ちなみにこれが本当にバレーボールだと、シンカーが掛かる。



『しかし、不可能ですよ。いくら他の球技に置き換えているからといって、やはり何処までいってもバスケットボールです。物理法則に反します。それに彼等の筋力も思い込みで一時的に強化されるとは思いません。むしろ思い込みは脳を騙しているだけです。やがて体が壊れます』

『一つだけ、方法というか、手段がある。彼らが身に付けて入ればだが』

『それとは?』

『身中、へそ下三寸にある急所。だ』





一輝かずき、何だか嬉しそうじゃん。久しぶりに見た、その笑顔」

「……なぁ、あや。お前、ヨシムラ管って知ってるか」

「うん、何となくだけど。確か小さな町工場から――」

「ゴットハンドだ。そう呼ばれていたらしい」

「うん、TVで一緒に見たよ」

「まぁ、なんだろうなぁ。当時の人たちは凄かったって言うかさ。KawasakiマッハⅢのキャッチコピー知ってんだろ」

「曲がらない、止まらない、真っすぐ走らない、だっけ?」

「世界最速の市販車ロードバイク。空冷の2ストローク用のシリンダーが平行に三つ。それは当時の750ccバイクをぶっち切りで追い抜き、公道で走るバイクの限界を超えていた。あいつらはさ、速さを追い求めたの思いの結晶だよ」

「うん、そうだね。そうだよね」

「ああ、それからな。お前はマッハⅢをちょっと間違えてるんだよ」

「なにがよ」


「曲がない、止まない、真っすぐ走ない。“しかし速い”だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る