最速のバスケットボール

「熱燗を二合、おちょこ三つで」。俺の目の前にいる若い女性は、かも慣れた口ぶりで店員に追加の酒を注文した。自ら酒を杯に入れてはそれを何遍も飲み干した。若いから二日酔いが怖くないのか、それともただ日本酒が好きなのであろうか、杯を満たしては飲んでいく。きっとそれなりに強いのであろう。若いのに大した飲みっぷりだ。これは俺の勘だが、彼女は喋り出すタイミングと言う物を決め兼ねている様に見える。だから酒に頼る。勘と言っといては何だが、人は誰しもがそうである。何か話したい時、人は何かと酒に頼るし、勿体ぶったりする。それを上手に聞き出すのが俺達の仕事でもあるのだが、今回は別段そういった苦労はなさそうだ。何故ならば、彼女は最初から話すと決めていたからである。あとはそのタイミングを俺達は待つだけであった。

 彼女が六合程を飲み干した頃だろうか。今まで、俺達の適当な質問に相槌を打っていたその彼女の口が饒舌に語り始めた。ちなみにこの居酒屋に来てから、まだ一時間も経っていない頃合いである。酒豪を通り越して唯のアル中にも思えて来た。ちなみにチェイサーにはビールときた。


「えっと、桐村さんに矢部さんでしたよね。大体はあなた達のお察しの通りです。ていうかそう」

「じゃあやはり、秋永涼はあなたの教え子に負けたので?」

「私の教え子じゃないわよ。今はそうかもしれないけど、天才に勝ったのはあの子達がまだ小学生の頃よ。あ、すいません熱燗二合追加で。あとビールもね」

「お酒が好きみたいですね、遠藤先生は」

「……桐村さん。私がどういう人間か知ってはいないのですか? あの子達を見てたらね、それは飲みたくなるもんよ。だってそうでしょう?」

「それは、嬉しさのあまりですか? それとも妬み?」

「どっちもかな。でもこの二年と少し、あの子達と一緒にいて分かった事がある。これは確かな事かな」


 そう言って彼女はまた杯を満たしては飲み干していく。八合目はものの数分で彼女の中に入り、それを燃料とするかの様に彼女をさらに饒舌にさせた。おまけに追加はウィスキーのストレートときたもんだ。いつの間にかチェイサーが冷酒に変わっていた。俺の経験上……間違いなくこの飲み方はをする人はアルコール依存症でもある。本人はそれでケロっとしているから尚更だ。自覚していないのが依存症の怖い所でもある。だが、彼女の経歴を知っている者ならばこうなるのも少しだけ分かるのかもしれない。


「遠藤先生、それでです。その子達が小学校六年生の時、確かにミニバスの地区大会決勝で秋永涼がいるチームに勝ったんですよね?」

「だからさっきから言ってるでしょ。あの子達の会話を何度か盗み聞きしているし、私自身も調べているし、そして聞いてもいるし、間違いない。スコアは58-8であの子達が勝っている。あの子達の中で、覚えているのは二人ぐらいだけど」

「……俄かに信じられませんね。桐村さん、どう思いますか? 秋永涼って言ったら小学生の時から天才だとか神童だとか言われていたんですよね。それが決勝でそんな大差で負けるなんて」

「あの子達の方が強かった。ただそれだけの話だと、私はそう思うな」

「その時の負けがあったからこそ、秋永涼はその才能を中学生で開花させたのだろう。小学校の時こそ、ただ単に周りから持て囃されていただけなのかもしれん。小さい世界で天才と称され神童と謳われていた。そして……」


「上には、上がいた。ただ、ただそれだけの話よ。そして天才は負けて、とうとう本当に天才になってしまった。皮肉な話ね」


「一方で、その彼達は中学生になってバスケから遠ざかってしまった。色々な事が重なって」

「思春期の中学生にはよくある事ですよね。僕も昔は結構な悪だったんですよ」

「矢部なぁ。自分から過去を言い出す奴は、決まって大した過去を持っていないんだよ。お前、恥ずかしい奴だな」

「あの子達がそうなったのは必然なのかも。家庭環境が悪い子も多い。中には施設育ちの子だって……真理さんもそう言ってたっけ」

「その真理さん。件の泉広洋さんの奥さんですよね?」

「ええ、そう。泉広洋先生は私の尊敬する先輩の旦那さん」

「そしてその友人があの洛真の監督、山岡鉄心」

「さすが新聞記者ですね。何でも知っている訳なのかな?」

「まぁ、仕事柄。それにスポーツ新聞ですから」

「……。桐村さん、今話した事はまだ記事にはしないでもらえますか? せめて洛真に勝ってからで」

「はは、勝つって保証は? いくら昔は強かったって言ったってそれは小学生の頃ですよ」


「だから私は“あの子達”をこの二年間寝かせたのです。このウィスキーみたいに。もし練習試合何てしてしまったら、きっとあの子達の事です。大差で勝ってその名が全国に知れ渡ってしまう。公式試合何てもっての他。だから海外に行かせたの。あの子達に、最高の晴れの舞台を用意する為に」


「それは遠藤先生、いや遠藤悠花。なのでは?」

「そうですよ、桐村さん。やっぱり覚えているのですね、私の事を」

「記者ですから。それもスポーツの。しかし、大きくなった」

「十年も前ですからね。そう、。だから当時の私の願望をあの子達に叶えて貰おうと思ってね……」

「そう思える事こそが大人になった証拠だ。必ず立派な指導者になれる。バドミントンには戻らないので?」

「今はその気は無くて。でもバスケットも面白いものですね。それに何だか懐かしくて。……ああ、体育館だからかなぁ。きっとそうだ」


 そう言って笑う彼女は本当に美しかった。その久方振りにみた笑顔も、何ら昔と変わってはいなかった。ただ飲んでいるのは相変わらずウィスキーのストレートである。いつの間にかハイボールが彼女のチェイサーになっていた。恐らく矢部は知らないだろうな。彼女の事を……このあどけなく笑う麗人を。名前は遠藤悠花。“知る人ぞ知る人物”だ。


「ああ、それから桐村さん。一人だけがいるの。きっと秋永涼はその子に負けたって思っているんじゃないかな?」

「本物? それはどういう意味――」

「やだなぁ、分かるでしょ。元プロスポーツ選手が認めるくらいの本物。センスの塊の様な子が一人だけね。私が現役なら絶対に相手にはしたくないタイプ。あの子はきっと“入れる”んじゃないかなぁ。いやもう既に何回か“入っている”かも」


 およそ三杯目のウィスキーを飲み干して、彼女はそう言っては机にうつ伏せになって寝てしまった。どっからどう見ても飲み過ぎである。俺が一人であるならば、このままホテルに連れ込もうかと思ったが残念な事に矢部がいる。矢部がいなくても妻子がいる。妻子がいなくても、俺は彼女が中学生、いや小学生の時から知っている。それ程までに彼女は有名だ。知る人の中では。そして綺麗で可愛い。俺は、残った熱燗やら冷酒やらハイボールやらを飲んで干した。何ともやり切れない思いになったからである。


 そう言えば帰りのタクシーの中で、彼女はうわ言の様に何回もこう呟いていた。『ココにいると叫びなさい。私はそれが出来なかった』と。

 俺は家に帰ったらウィスキーをストレートで飲もうと決めた。何故かそう思ってしまったのだった。彼女のその言葉を聞いて、俺はそうやって思うしかなかったのだった。それは夏の夜風が心地良い、決勝戦前夜の七月の事でもあった。伝説の幕開けの夜でもある。いや、幕はもう開いていたのかもしれない。ただ、俺達が知らなかっただけで、最初から舞台は始まっていたのかもしれない。彼達がバスケットボールを手にしたその日から。





「――赤羽あかはね、あまり深く攻め込むな。、恐らく守備範囲が異常に広い。遠くからボール回せ」

「村井さん、はいっ!」


 第二クォーターも五分が経過した頃、スコアは24-12だ。まだまだ劣勢である。俺達が12点ビハインド。だが、流れは確実に俺達に向いていた。理由は単純明快である。調子を取り戻したこの俺がゾーンディフェンスのに陣取っているのだから。後の一つは、同じく調子を取り戻した皆がいるのだから。

 このゾーンデイフェンスだが、仕組みは実に簡単で楽である。相手側がオフェンス時になれば、自陣に戻りハーフコート内だけで守ればいいのだから。早いが話、それぞれが与えられた空間を守るだけである。時と場合によっては、チームメイトが守り切れぬと判断した瞬間そのフォローに素早く入る。その抜けた穴はまた他の誰かが入る。言ってしまえば運動量を限りなく少なくして、連携のみで特化したディフェンスの形だ。これが大変効率が良く、大体は皆がこのゾーンディフェンスを取る。結局の処、体力勝負になるバスケットボールでは守るのが一番疲れるのだ。ゆえにこの形に落ち着いたのだと俺は思う。

 で、このゾーンデフェンスだが。勿論の事ながら欠点はある。その守備を個としない為、相手にとってもそれは同じであるという事。場という空間を守ってしまっているが為に生じてしまう“決定的な瞬間”が生まれやすいのだ。言ってしまえば、スクリーンが良い例だ。それを利用した身長差などのミスマッチも生じやすい。まぁ、つまりだ。バスケットボール界ではそうやって様々な戦略や戦術が生まれては対抗して、また生まれて来ているのである。日々進化しているスポーツとも言えるだろう。


「赤羽! もっと下がれ、十番は多分――」


 俺が相手のボールを盗った瞬間、洛真のエースからそんな声が聞こえた様な気がした。というか、聞こえた。だが遅い。俺はもう向こうのポイントガードからボールを奪っているのだから。そして俺は一直線に走ってレイアップシュートだ。そして見事に華麗に外す。そのこぼれ球を直接リングに叩き込んだのはミネだった。それが昔からのミネの役割である。


「相変わらずの下手くそめ。レイアップは外してくれるな」

「外しても、ミネが入れてくれるじゃん」

「はぁ、だからお前は下手くそ何だよ。ボールを取ってもシュートが入らなきゃ意味がねーだろ」

「でも、みんなが“入れてくれる”」

「……笑いながら情けないことを言うな」

「次は入れるさ」

「期待はしねぇ。お前はボールだけ取ってろ。で、なるべく入れろ」


 このゾーンディフェンス。実は俺達が独自に開発したものである。勿論、ゾーンディフェンス自体はバスケットボール界に昔からある。何時からかは分からないけれどね。

 俺が言うゾーンデイフェンスとは、俺達にしか出来ないゾーンディフェンスの事を指している。何が違うかって? 理由は、明快過ぎる程の明快である。先も言ったが、“この俺が”ディフェンスのトップに立っているのだ。普通は真ん中の3Pラインのほんの少し外側か内側くらい。……だけど俺は違う。一歩前に出る。これが。一歩前に出る事によって、3Pラインから一歩ないしは二歩外に出るだけで、オフェンス側はプレッシャーを感じてしまう。大概はそこで抜くか、打つか、そしてパスかである。ああ、そこで打つのはあの秋永涼くらいかな。まぁでもだ、そこまで“トップ”のディフェンスが出ているのだから、大概は抜いて来るな。ガードお得意のドライブで来やがる。これが俺にとっては鴨だ。まるで鴨が葱背負ってと言うやつだ。


「赤羽、よせ! その位置も――」


 瞬間。弾く、そして奪う。そしてそのまま走ってはレイアップ。外してはミネが入れる。これが正しい俺達のディフェンスの形だ。しかし、相変わらず入らないな。バスケットは本当に難しい。


『……さっきからさ、あの十番』

『ああ、思った。ボールカット率が高すぎる』

『ボールカットもそうだが、速くねぇか? 九番も速いがあの十番もかなり速い』

『というか、五番だろ。平気であのダンクだ。パワーも凄い』

『もしかして洛真を食っちまうんじゃねーか? 何者だよ、マジであいつら』

『洛連高校。ではないよな……』


(さぁ、どうするか。点差は……26-18。8点差ビハインドだが、明らかに流れは向こう。というか第二クォーターからこいつら動き変わり過ぎだろ。つーか十番だな、明らかにヤバイのは。涼が言っていた奴等、まさかこいつ等じゃねぇーよな……ってか絶対あの時の――)


「これはどうよ! 打て、中辻!」


 件のエース(四番)が、未来のエース(中辻とかいう一年)にパスを放つ。少し俺の射程距離外から放たれたパスだ。受け取った位置は、ハーフコートラインからの左斜めの四十五度の位置。一番シューターが好む位置だ。良いパスだと思った。それを受け取った奴は必ず入る様なパスだ。事実、本当なら入っていたであろう。だが相手のシュートを、その事実を否定する事が出来る奴が俺達の中には大勢といる。一人は明のやろーだ。三度くらい打たれてやっけになっているのだろう、見事なシュートカットであった。で、そのまま明は直進。レイアップと見せかけて、3Pラインの外側で止まってはこれまた綺麗な3Pシュートを決めつけやがった。どうやら明も本調子の一歩手前まできてるみたいである。


「くそ、マジかあの七番。途中まで本当にドライブだった。巧い……」

「ああいう選手はいる。中辻、切り替えて行け」

「……はい、村井さん」


(中辻にはそうは言ったものの、山岡監督はどう思っているんだ? このままじゃ負けてしまうんじゃ? 洛真スタメンメンバーでさえもきっと……。こいつら、マジでやべぇ)


 また俺が“トップ”でボールを盗る。そして外しては誰かが入れる。正しい形だ。そう、これこそが泉先生が教えて下さった俺達だけの最初の変則的なディフェンス形なのである。

 俺達にしか為しえない『俺達だけのゾーンディフェンス』。それはこの俺がトップに入り、そしてボールを奪う事。俺にしか出来ない事。視力の良い俺にしか出来ない事。動体視力と身体能力、そして圧倒的な瞬発力。およそボールスティールに必要な能力を、それらの全てを俺は兼ね備えているのだ。あえてこそ、もう一度言おう。俺にとっては簡単なのである。目が良い俺にとって、相手のボールを奪うという事は。ディフェンスだけは誰にも負けないのだ。相手がどれだけドリブルが上手かろうが俺には関係の無い事なのだ。だってそうだろう? ドリブルをすると言う事は、必ずボールは何処かの狭間で空中にいる。そこを奪うだけだ。簡単な事なんだよ。。俺からしたら、まるで当たり前の事なんだ。


「あっ! また十番!」

「戻れ! 九番の速攻には――!」


 良い感じの位置にいた、翔太が今日初めてのシュートを放った。まぁこれは入るシュートだ。センターフォアードの星野翔太。中も出来れば外も出来る。悔しいが、何でも出来る男。実はバスケが上手い男。頭も良い男。バスケットセンスは俺達の中で随一を誇る男。あとは常に冷静だし、メモをちゃんと取る男。それが翔太だ。あと地味にリバウンドが凄い。


「くそ、六番もさっきからリバウンドが……」

「やけに取りやがるな。十番トップを躱しても、こっちが外せばあいつがリバウンドを取って攻撃の起点になってやがる」

「第二クォーターも、あと3分。スコア30-25です」

「ウチ、まだ十点しか……」

「おっと、さすがにタイムアウトだ」

「すいません、村井先輩。情けなくて」

「謝んな、赤羽。情けないのは俺だ」





「さすがに洛真も焦ってきたかー」

「ここでタイムアウトだもんな」

「まぁそりゃあそうだろう。内容が内容だし」

「俺のおかげだな。な?」

「な、じゃねーよ。お前のシュートが全部入っていればとっくに逆転してるからな」

「いちいち、小言が多いなーミネは。お前は本当にいつもそう」

「まぁだけど、こっからだろう。洛真が何か仕掛けて来るとしたら」

「私もそう思います、村川君。恐らくメンバーチェンジはしてくるでしょう。……そうなればこっちも」

「悠花先生。こっちはこのままで行こう。第二クォーターはあと三分だし、変えるとしたら後半にしよう」

「あら。なんでそう思うの、山岸君」

「んー“何となく”。あまり変えるのは好きじゃないし、何より向こうは何かしてくるよきっと。それに悠花先生、俺を引っ込ませるつもりだったでしょ? そんな時は俺がいないとさ」

「……そう。じゃあ第二クォーターまではこのままで行きます。でももし、向こうが、即メンバーチェンジしますからね。時間に関係なくです」


『はぁーい』



 第二クォーター残り三分。その残り時間が一秒一秒と刻み、減っていく。タイムアウト明けの洛真のメンバーを見て、やはりだと俺達は思った。背番号が四番から八番までの黒いユニフォーム。とうとう“主力様の登場”だ。勿体ぶりやがる登場の仕方で腹が立ったのはこの場にいる誰もが思った事であろう。腹が立ったのは主に俺達だけど。だって凄く偉そうだったんだもん。

 まぁ何が一番腹立ったって、向こうが少しだけの事をしてきたからもある。何時もの様に俺がトップでボールを奪ってミネが入れて、それで洛真のオフェンスになってサラッと3P入れやがった。向こうの七番だ(名前は知らない)。シュートフォームがまるで綺麗だった。見惚れてしまう程に。見れば分かる、生粋のシューターだと。タッチからモーションに入るのも明くらい早かった。顔が男前なのも明と似ている。そこも腹が立つ要因の一つなのだが、問題はその後だ。向こうのディフェンス形態が打って変わっていたんだ。さっきまでは俺達と同じゾーンディフェンスだったのに対してだ。これが少しだけ想定外の理由。


 この三分間で向こうは“勝負に出やがった”んだ。それも真っ向から、あろうことかこのにだ。


「おうおう! で来るかよ!」

「ここでくるか、洛真!」

「どーする、洋介!」

「どーするって、行くっきゃないでしょ!」

「ああ、これはだ!」


 “オールコートマンツーマンディフェンス”。説明が面倒なので細かい部分は省略するが、上記に記したゾーンディフェンスとは対になるディフェンスの戦術である。古来よりこれがオーソドックスとも言えるだろう。謂わば個を個で守り抜くのである。それもオールコートで。言ってしまえば、好きな人を決めてストーカーをすると言えば分かり易い。ずっと好きな人を追いかけるのがこのディフェンスの形だ。そう言えば、当時は何も分からない俺にそう例えて教えてくれたのがバカだったな。

 で、このディフェンス。何故洛真が今になってこのディフェンスをとったか。答えは簡単だ。攻め兼ねているからだ。答えが分からないからだ。今の俺達のディフェンスを崩す決定打を模索している。模索しながらこうするしかないのだろう。後にあるとすれば、まぁ一つだけ……。余程自信があるかだ。ってやつに。そして俺達は洛真がこの“戦術が得意”だと知っている。何も相手を分析しているのはお前だけじゃないのさ、山岡鉄心。


「ミネ、悠花先生を何とかジャスチャーで止めて。交代はいらない」

「はいよ。ってか洋介、お前こうなる事分かっていただろ?」

「何を。みんなもでしょ、それは」

「まぁまぁ。遠藤先生の中では想定外かもしれないが、俺達の中ではなぁ」

「とりあえず速く出せ、洋介。バカが待っている」

「あいよ!」


――この洛真がしているディフェンスの形は、俺達が一番最初に泉先生から教えて貰ったディフェンスだ。にだ。変則的でも何でもない、俺達だけのものでもない、ただのディフェンス。きっと誰もが教わる最初の形。オフェンスはこれを崩し、攻め、そしてまた同じ様に守る。バスケットボールの原型にして原初のディフェンス。オフェンスとディフェンスが瞬く間に切り替わり、走っては繰り返す様を見て、人はそれを“ラン&ガン”と呼んだ。



『だからバスケットボールは走る。だから止まらない。バスケットはそう在るべきだろう? だから俺は好きなんだよ、鉄心――』



で来るとはね、まぁご愁傷様!」

「洋介、速く寄こせ!」

「うるさいな、バカが! これで入れなきゃお前は大恥だぞ、しょう!」


「ちょっと! あの子達、私の言う事を聞かないで! 中島君、何でタイムアウトを止めたの!」

「すみません、遠藤先生。でもどうか見ていて下さい。あれが本当のあいつ達なのです。あいつ達の見せ場なのです。それは私の師にとっても……!」



 そしてこのラン&ガンが得意なチームは良く走るチームと言われている。例えばそうだなぁ? 俺達みたいに“毎日二十キロ”走る奴等とか? 言ってしまえば、止まらないスポーツと謳われたバスケットボールとはこういったプレーの事を指す。本来こう在るべきなのだから、元来こう在るべきなのだから。バスケットボールとはこう斯くして在るべきなのだから。


 さぁ、そっちがその気なら見してやんよ。止まらないスポーツ、走り続けるスポーツ、最速のバスケットボールってやつを。

「行けよ、翔! 見してやれ、そして叫べ! 俺達は此処にいるって! 泉先生から受け継いだ俺達のを!」



 そして最速は其の日。伝説の頂に向けて、其の手を伸ばした。 

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