はるびよりのオーバードライブ

 拝啓、親父殿へ。


 よー親父元気か? また病院抜け出そうとしてんじゃねーだろうな? 病院の人に迷惑掛けてねーか? 早く退院して帰って来いよな。こっちはまぁ皆元気にしているさ。お袋ものぼるも親父のことを待ってるぜ。昇はよっぽど親父に会いたいのか、毎日毎日駄々こねまくって大変なんだよ。それにもしかしたら、俺よりやんちゃ坊主かもしんねー。お袋一人じゃきついからよ、早く帰って来て昇に躾してやってくれ。まぁ、まだ六歳だから仕方がないって言えば仕方がないのかもな。

 親父、俺な……お袋から全部聞いたよ。親父が何で病気になってしまったのかって。ごめんな親父。俺さ、何も知らなかったんだ。ずっと親父の事大嫌いだったんだ。ずっと飲んだくれの暴力野郎だと思ってた。でも、親父も色々あったんだよな。親父はずっと戦ってんだよな。俺達家族を守る為にさ。ありがとうな、本当にありがとう。

 そうそう、今日は卒業式なんだ。俺もこれでやっと中学を卒業できるんだ。まぁまだ中学だけどな。でも四月からは高校生だ。こんな俺でも受かったんだ。親父のお陰かもな。覚えてるか? 受験の日、親父が握り飯作ってくれた事。俺さ、あの時本当に嬉しかったんだ。それに滅茶苦茶美味かったよ。また作ってくれねーかな? いや……今度は俺が作るよ。親父みたいに美味く作れるか分からないけどよ。いまお袋に味噌汁の作り方も教えて貰ってるんだ。早く家族四人でご飯食べたいよなぁ。

 そうだ。前に言ってた友達の事なんだけどよ。あいつさ、助かったんだ。本当、奇跡だよな。医者もこんな回復は在り得ないって驚いてたよ。何が奇跡って、助かっても歩けねーって言われてたくらいなのに、あいつ歩けるんだよ。まだ何処かおぼつかないけどさ、リハビリ次第ではももう一度出来るだろうってさ。本当、奇跡ってあるんだなって思ったよ。神様っているんだなって思ったよ。まだ入院はしてるから卒業式は出られないけどさ、四月からは同じ高校に行けるんだ。同じ部活に行けるんだ。一緒にバスケットをまた出来るんだよ。


 なぁ、親父。親父がもし退院したらさ、どうしても“会ってほしい人”がいるんだ。その人は俺に親父やお袋が如何に大切かって教えてくれた人なんだ。家族の大切さを教えてくれた人なんだよな。俺に、大好きなバスケットボールを教えてくれた人でもあるんだ……。その人はもう亡くなってこの世にはいないけど、親父にも会ってほしいんだよ。一緒に墓参りをしてほしいんだ。その人は俺の事を本当に心配していたからさ。家族四人であの人に会いたいんだよ。それで、ありがとうって伝えたいんだよな。

 じゃあ、俺はそろそろ学校に行くよ。さっきも言ってたけど今日は卒業式なんだ。遅刻にはうるさい友達がいてよ。まぁ、いつも遅刻してくる奴もいるんだけどさ。


 じゃあな親父、また見舞いに行くから。それから五十歳の誕生日おめでとう。俺を生んでくれて、育ててくれて、ありがとうな。上代翔より。





「翔、なんか泣いてない?」

「泣いてるな」

「泣いてねーよ」

「いや、泣いてるじゃん」

「まぁ泣かしてやれ洋介。馬鹿にだって泣きたい時もあるんだろう」

「バカじゃねーから! バカにすんなって!」


「おい、上代うるさいぞ! 卒業式ぐらい静かにしろ!」


「ああ! なんだこのビールっ腹! 少し痩せたからっていい気になってんじゃねーぞ!」

「誰がビールっ腹だ! てめぇこっち来いこの馬鹿野郎!」

「だからバカじゃねーから! ぶっ飛ばすぞ!」


 周りからクスクスと嘲笑の声が聞こえてきた。保護者席からもである。翔のせいで静かであった体育館の会場が騒然とした。

 俺はふと体育館の天井を見て思った。翔と関わるとろくな事がない。そういや、翔がこの体育館で一番最初に泉先生に殴られていたっけ。女子更衣室を覗きに行こうと言われ、ひどい目にあったのも翔のせいである。練習中に隣の女子バレーの女子ばかり見てた時も泉先生に怒られたなぁ。それも何故か翔が一番怒られてたっけ。練習試合で他校の学校に行った時も、“覗き”がばれて泉先生にこっぴどく怒られたなぁ。試合に勝ったら明日の全校集会では言わないでやるって泉先生は言ってたのに、次の日には普通に言ってたからなぁ。あの時は卑怯だって思ったっけ。しかも試合には勝ったのに。

 よく考えると、この体育館には色んな思い出があるなぁ。でも、楽しかったなぁ。この三年間、本当に色々な事があったけれど、楽しかった。泉先生、見ているかな? 俺達は卒業するよ。こうやって卒業出来るのも先生のおかげだ。ありがとうな先生。本当に三年間ありがとうございました。俺達は行くよ? 高校に、インターハイにね。だからどうか天国から見ていてほしい。“先生のバスケ”で一番になってみせるからさ。


「あいつ馬鹿過ぎるだろ。明なんて腹抱えて笑ってるじゃねーか。鷹峰は相変わらず知らんぷりだし」

「ミネはいつもそうだから。それに古藤先生もどこか嬉しそうじゃない?」

「ああ、確かになぁ。……俺達が捕まらなかったのも古藤先生のお陰かもなぁ」

「そうだね。ちょっと格好良かったかも」



 あの抗争の二日後のことだ。案の定、警察が俺達の学校に来た。警察は勿論全てを把握していて、問題は俺達があの日あの場所にいたかと言う事。動画で撮っていたらしく、でもその動画には俺達と断言できる映像は映ってなかった。あるのは俺達らしき後ろ姿だけ。顔は映ってなかったのだ。それでも証拠としては十分らしく、警察はとにかく署に来るよう求めた。目的は暴走族の撲滅だからだ。

 行けば捕まる……それは明白だった。そして高校にも行けなければインターハイにも行けない。そんなどう仕様も無い空気の中、古藤先生が口を開いた。それが格好良かったのだ。


「この子たちは行ってませんよ。私は断言できます」

「ですが先生、この映像を見れば分かるでしょう? バイクだってこの子達の家族の名前で――」

「ですから、それだって仲間内で勝手に乗り回されてたのかもしれませんし、なによりこの年頃の子たちは皆似てますよ。とくに後姿はね。大体みんな同じ髪型で同じ金髪だったりすじゃないですか。私なんて未だによく生徒の名前を間違えるものです。まるでみんな似ているものですから」

「古藤先生でしたか、あまり訳の分からない理屈を言うべきではないと思うのですがね? この子等が“ノースゼロ”と言うチームに入ってるという事を我々は分かっているのですよ」


「それは私も存じております。本当に手が焼ける生徒でしてね。ただ私が聞いたのは、この子たちは夏の終わり頃にチームを抜けたと私に話しておりました。何でもバスケットでインターハイに行く為に高校に行きたいと。それから彼達は様変わりしましたよ。髪も黒くして、授業にもちゃんと出て、それで高校受験に受かったものですから。……私はこの子たちを信じたい。それにもしその場所に行っていたとして、だからどうだと言うのです? 友達が瀕死の重体に陥ったのです、自分達の先輩が命を狙われたのですよ? 彼達からしたら止めるのが普通ではないですか? ……もし、この子達が大比叡に行っていたとしたら私は讃えたい。そんな彼達の勇気をです」


「自分が何を言っているかお分かりか? それでもあなたは教師なのですか? 例えどんな理由であれ、その様な場所に行っている時点で健全な少年でなければ、またそうさせたのもあなた達にも責任があるのでは――」


「じゃあ、健全な少年とは一体なんなのですか。確かにこの子達が変わってしまったのは私達にも責任があります。ですが、この子達は自分達からまた変わろうとした。それをまた見守るのも“私達大人”なのではないでしょうか。……ですから私は今度こそ、この子達を信じたい。それに彼達は必ず成し遂げてみせますよ。インターハイ優勝という夢をね。何も、無理して子供を更生させるだけが私達の役目ではない。子供を信じるのもまた重要な役目の一つなのでは? 今日の所はお引き取りを」


 とまぁ、こんな感じで古藤先生が格好良かったのである。ただのビールばかり飲んでいるおっさんではなかったのだ。しかし、その足が震えていた事を俺達は知っている。だけど嬉しかった。古藤先生が俺達の事をそんな風に考えていてくれた事が、信じてくれていた事が、本当に嬉しかった。


「ふぅ、やっと帰ったか。おいお前達、本当に馬鹿な事はするんじゃないぞ? もう分かってるとは思うが高校には退学が――」

「先生! 古藤先生ー!」

「うわっ抱き付くな上代! 気持ち悪いだろーが!」

「いやいや、でも先生すげー嬉しそうじゃん」

「うん、先生の顔の方が気持ち悪い」

「これだから独身は……女にもてないからって男子生徒に手を出すなよな」

「いや出してねーだろ鷹峰! お前等、やっぱり捕まっとけばよかったのに!」


 なんて、最後はひどい事を言ってはいたけれども、ありがとう古藤先生。必ず成し遂げてみるからさ、応援きてくれよな。後は古藤先生が良い人と巡り会える様に俺達も祈ってるからさ。それまでに痩せとくんだぞ?



 そうそう。あの抗争の数日後、俺達は明の兄さんの創さんに呼び出された。内容はその後の皆がどうなったかだった。

 梶浦さんは責任も持って捕まり、『ノースゼロ』と『一世会』は解散。創さんの話ではすぐ出て来れるだろうって話だ。出て来た後は、創さんの昔からの友達で元瘋癲ふうてんのヤスさんって人の所で働くらしい。なんでも彩さんとは仲直りしたみたいで、結婚も視野に入れていると聞いた。それを聞いた翔太が、何故か泣きそうな顔をしていた。梶浦さんの友達で、ゼロの副総長だった幸平さんは料理の学校に入るらしい。料理人になるのが予てよりの夢だったとか。

 一連の抗争の渦中となった石上さんだが、やはり二年は出て来れないらしい。今回の抗争こそあまり何もしなかったが、余罪があまりにも多すぎたみたいである(主に傷害)。間中さんは、同じく梶浦さんや幸平さんと出頭したみたいだけど、なんでもすぐ釈放されたみたいだ。間中さんも幸平さんと同じ料理の学校に入るらしい。その為に、二人とも今は猛勉強をしているとか。料理人になりたい人は意外と多いもんなんだなと思った。

 槙島を轢いてしまった佐藤さんだけど、出て来れるのは当分先だと聞いた。創さん曰く、とにかく焦燥しきっていて、本当に後悔している様子だったとか。あの優しかった佐藤さんなだけに、皆相当なショックを受けていた。佐藤さんだけではない、鈴木さんもである……。創さんは、佐藤さんが帰って来れる様な居場所作りが大切だと言っていた。佐藤さんが出て来たら自分が面倒を見るとも言っていた。


 創さんもなんだけど、ゼロの総長たる人は軒並み“皆面倒見が良い”と感じた。梶浦さんも石上さんもだ。何故であろうか? その理由もこの後すぐに分かる事となる。創さんの話も一通り終わり、解散しようとしていた頃だ。創さんがこんな事を教えてくれた。


「あーそれからな、お前等。“ゼロの信念”を忘れんじゃねーぞ。“最速だ最速”。なんで十一代目ゼロが“最速”を追い求めたか教えてやる。それはな、お前等もよく知っている人から俺がそう教えられたからだ」


「俺達も? よく知っている人って?」


「“泉広洋いずみこうようだよ、泉広洋”。俺もバスケ部だったからなぁ。あの人にはよく殴られたもんだ。もう喧嘩だよ、喧嘩。勝った事は一度もなかったけど。俺だけじゃねーさ、カジも石上も皆だ。……あの人はとにかく速いバスケットに拘っててなぁ、常に最速だー最速だーって言ってたんだよ。止まらない、走り続けるバスケットをあの人は追い求めていた。毎日四十キロは走れとも言われていた。だから『最速』なんだよ。誰よりも速くなれっていつも言われてたっけ……仲間の、友達や家族の大切さもな。バスケを辞めてもそれだけは大事にしろって、口酸っぱくなるまで言われてよ」


「そんな事が……知らなかったです。“あいつらの様にはなるな”って、そうは言われてましたけど。それが創さんとか梶浦さんとかだったなんて」


「そんな事言ってたのかよ! ひでぇ謂われ様だなぁ。まぁ仕方ねぇか。とにかくだ、俺達は出来なかったんだ。“泉広洋が求めていたバスケット”をな……でもお前等は出来るだろ? そのバスケットをさ。やってみろよ、やって見せろよ、あいつのバスケをさ。ってやつをよ。そんで優勝してこい! 全国に“俺達はここにいる”って叫んできやがれ!」


『はいっ!』


 俺達はここにいるか……良い言葉だ。そう言えばケンさんもそう言ってたっけ。昔に流行ったのか? まぁなんでもいいか。

 さぁ行こうじゃないか。中学生は今日で終わりだ。四月からは高校生だ。夏だ、インターハイだ、優勝だ。先生のバスケットで、俺達のバスケットで、最速のバスケットで再び咲かせてやる。栄光の花を咲かせてやる。だからどうか――見ていてくれ先生。必ず成し遂げてみせますから、俺達はもう何にも負けないから、俺達は誰よりも強いから、だからどうか見ていてくれよな、泉先生。






――ふと、窓の外を見ると雪はもうやんでいた。かなり積もっていたので、私は空港に行くまでが大変だなと、今さらになって気が付いた。予定より早めに起きた方がいいかもしれない。きっと交通機関は麻痺しているであろうから。


「書くのはここらで一旦やめておくか」


 私は明日に備えて早めに寝る事にした。少し寒かったので、温かい梅酒を一口飲んだ。今日は本当によく冷える。石油ストーブもまるで役に立たないくらいに。

 その時、棚に置いてある一通の手紙に気が付いた。大変、懐かしい。昔、私の知人でもあり、“彼等”の友人から貰ったものだ。その手紙には彼等の軌跡が書いてある。私がこうして彼等の事を書けるのも“この手紙”があったからだ。私の知らなかった、彼等の、彼の魂の軌跡。

 果たして、彼等は元気にしているのであろうか? 私の想像が膨らんだ。今も何処かで馬鹿話をしているのであろうか? もしかしたら雪見酒と洒落込んでいるのかもしれない。――どうか元気でいてほしい。どうか、無事でいてくれたらいい。彼等のおかげでのだから。


「さて、今日はもう寝るかな。明日はもうアメリカだ」


 私は布団に入り、眠りに就こうとした。深い眠りに落ちる前、私は何故か“其の手紙”の最初の一文を思い出していた。





 『名将と謳われる“山岡鉄心やまおかてっしん率いる洛真らくしん”。私達がそれを打ち破ったのは単なる偶然なのではなく、必然であったと私は思う。何故ならば、私達は嘗てその名将の盟友でもある“一人の師”にバスケの真髄を御教示頂いていたからだ。それは貴君も良く存じている事であろうと思う。私達の『最速』というバスケスタイルを。

 師の名は、“泉広洋いずみこうよう”。何故私がこの様な書き出しをするか、どうか御理解して頂き、許しても頂きたい。

 貴君にはどうか知っていてほしかったのだ。あの時の私達が在ったのは、その恩師のおかげであると。泉広洋先生のおかげであると。泉先生こそ私達の進むべき道標であり、わだちでもあったと言う事を』








《夏の轍 章末》

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