第3話 前編

 その日は、クリスマスだった。

 しんしんと雪が降り積もっていて、見事なまでのホワイトクリスマス。

 私は丈の短いスカートを履いてきたことを、ちょっぴり後悔した。

 いつも時間通りに来てくれない彼を、一人待ち続ける。

 気を紛らわせようとカバンからスマホを取り出した時、が目に止まった。

 ――彼は、喜んでくれるだろうか?

 自分でラッピングしたそれに、そっと触れる。

 ――いや、喜んでくれなくても、無理やり押し付けてやる。あいつのために一年かけて作ったものなんだから、絶対に受け取ってもらわないと。

 その時、スマホが鳴った。

 どうやら、彼はまた遅刻するみたいだ。

 ふざけた謝り方をするキャラクターもののスタンプを送ってきた彼に、こちらもスタンプで怒りを顕にする。

 しかし、私は内心ホッとしていた。

 私は、ずっと心に秘めてきた想いを、今日初めて彼に打ち明けることに決めていた。

 今日この日のために、色々と準備した。

 可愛いと思ってもらえるようにヘアアレンジやメイクを研究したし、最高のシチュエーションになるようにその雰囲気作りも研究した。

 でも、それでも、不安なものは不安だ。

 彼に渡す予定のプレゼントを、カバン越しに抱きしめる。

 独りで待つ寂しさと、想いが実らない恐怖を、少しでも紛らわせたかった。


 そうやって一人葛藤する少女は、恋する乙女そのものだ。

 幸せな未来を思い描きながら、そうならない可能性に怯える。

 まさに、これぞ青春。

 季節は冬だったが、彼女の心は春真っ盛りであった。

 ……だが、そんな彼女は、もういない。

 彼女の全てを奪い、なおも続いていく非日常を生き抜くために、彼女は変わってしまった。

 それでも、かつての幸福な日常は、鎖のように彼女を縛る。

 その鎖が解ける日は、きっと訪れないのだろう。


――――――――――――――――――――


 私達は封鎖された町の中を走っていた。

 普段ならそんな場所は通らないし、そもそも封鎖されていて通れなくなっていることが多い。

 それなのに、どうしてそんな場所を通っているのかというと。


「……部外者は入れられないだなんて、ふざけてるわ」


 先程通り抜けようとした村を思い出し、私はため息をついた。

 本当は別のルートを通るつもりだったのだが、そのルート上にある村が外部からの侵入を防ぐためにバリケードを築いていた。

 ただ通り抜けるだけだと説明しても、断固として入れてはくれなかった。

 もちろん、自分達の身の安全が第一なのはわかる。

 でも、そこ以外に私達が安全に通れる道がなかったから、私はしばらく粘った。

 粘ったけれど……彼らは折れてくれなかった。

 日が傾きかけてこのままでは不味いと思い、結局引き下がってこのルートを通る羽目になったのだ。

 封鎖されているはずのこの町は、バリケードに人が通れるだけの穴があけられていた。

 きっと、私と同じように村へ入るのを拒否された人があけていったに違いない。

 手間が省けたことに感謝しつつ、私達は町の中を移動していた。


「……まあ、町だった頃の風景なんてわからないくらい酷い有様だけど」


 最初はバイクに乗っていたけれど道がガタガタ過ぎて、今はバイクから降りて手で押しながら歩いている。

 この町は日本で最初の感染者が現れた町だ。そして、日本において、最初で最後の感染拡大防止のための爆撃が行われた場所だ。

 この町は感染者で溢れ、強固なバリケードを築いていたにもかかわらず今にも破られそうだったらしい。

 治療法が確立されておらず、このままではパンデミックが拡大すると他国からも忠告され、当時の政府は爆撃によって町ごと感染者を殺してしまうことにした。

 しかし、結局感染拡大は防げず、政府は多大なバッシングを食らう結果となったため、爆撃は最初で最後となった。

 政治面ではかなりの打撃だったみたいで色々と政治のニュースが流れてたけど、あんまり覚えていない。

 当時の私は政治になんて興味無かったし、爆撃すら映画の中の出来事のように思っていた。

 まさか、この町に来ることになるなんて、思ってもみなかった。


「そもそも、自分が巻き込まれることになるとも思ってなかったのよね……」


 当時の自分を思い出すと頭が痛い。

 あの時の私はあまりにも無知で、愚かで、幼かった。

 だから、何もかも失うハメになったんだ。


「……アカ、だいじょブ?」


 隣で歩いていたアオが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 私は彼に微笑んでみせた。


「大丈夫よ。今日は野宿かもしれないから、警戒を怠らないでね」


 村人の説得に時間をかけすぎて、もう既に日が暮れかかっていた。

 この町の家や建物は全て倒壊しているため、野宿するしかない。

 アオに頼んで瓦礫をどかしてもらってもいいのだが、その下から遺体が出てきたらたまったもんじゃない。

 私は瓦礫の少ない開けた場所を見つけ、すぐさま準備をする。

 アオが見つけてきた木の破片(もはや炭化していたけど)を使って火をつける。

 暖かくなってきたとはいえ夜は冷える。

 焚き火すると感染者が寄ってくる可能性があるけど、体温低下を防ぐためだからしょうがない。

 手際良く火をつけて、アオを見回りに送り出してから、私は食事を開始する。

 ペットボトルの水と少しの保存食を一人で口にしながら、この後の進路について考える。

 この町の周りはほとんど封鎖区域だ。

 一箇所だけ比較的安全に通り抜けられそうな場所がある。

 でも、恐らく他より感染者が多いはずだから、警戒を強めて通らないと。

 ……そんなことを考えているうちに味気ない食事は終わり、私は寝袋を取り出して潜り込んだ。

 食べてすぐ寝ると牛になるなんて言うけれど、他にやることもない。

 むしろ、さっさと寝て、明るくなったらすぐに移動できるようにするべきだ。

 爆撃されてるから感染者はいないかもしれないけど、油断はできない。

 目が覚めた時にはアオも戻ってきてるだろうし、明日は早めに移動することにしよう。

 そう決めて、私は眠りについた。

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