真っ赤な自分、血濡れた君

真兎颯也

プロローグ

 長い道路を、1台のバイクが走っている。

 しばらく走っていたそのバイクだが、突如減速し、そのまま止まってしまった。


「あら……ガス欠かしら?」


 そのバイクを運転していた少女は、ため息をつきながらバイクを降りる。

 彼女は首に巻いた赤いマフラーに顔を埋め、冬の寒さが残る風に身体を震わせた。


「ガスけつ、なに?」


 少女の隣を足で走っていた少年が立ち止まり、片言の日本語で尋ねた。

 見た目は少女と変わらない年齢に思えたが、話し方はどこか幼い子供のようだった。


「燃料切れのことよ。お腹が空いたら貴方も動けなくなるでしょう。それと一緒よ」


 まるで小さな子供に教えるように、優しい口調で少女は答えた。

 ここを車が通るとは思えないが、念のため路肩によせようと少女はバイクを押す。


「なるほド! オレ、またかしこくなりまシタ!」


 少年はポンッと手を叩く。

 それを見て、少女はクスリと笑った。


「1回で覚えられるなんてすごいわ。アオは賢いのね」


 少女に「アオ」と呼ばれた少年は、鋭い犬歯を覗かせて嬉しそうに笑う。


「オレ、かしこい?」

「ええ」

「じゃあ、オレにおしえるアカ、もっとかしこい!」

「ありがとう」


「アカ」と呼ばれた少女はそれだけ言うと、道の先をじっと見つめた。


「……遠くに見えるあれはガソリンスタンドかしら」

「ガソリンスタンド、おなじ!」

「前によったガソリンスタンドと同じ見た目をしているってこと?」

「うン!」


 アカは少しの間バイクを調べ、完全に燃料が切れてしまっているのを確認する。


「アオ、ここからあそこのガソリンスタンドまでどのくらいの距離があるかわかる?」

「んー……200メートルくらい?」


 アカは、また深いため息をついた。


「仕方ないわね、押していきましょう」

「オレ、それ、もつ?」


 アオは鋭く伸びた爪でバイクを指さしながら、アカに聞いた。

 アカは首を横に振る。それにあわせて、彼女の長い黒髪が揺れた。


「大丈夫よ。それに、アオが運んだら下ろす時に壊してしまうでしょう?」

「ウッ」

「貴方は力の調節が上手くないのだから、物を運ぶのには向いていないわ」


 アオはシュンと肩を落とした。


「でも、運んであげると言ってくれるのは嬉しいわ。その気持ちだけで十分よ」


 アカは立ち上がりスカートに付いた土埃を払うと、バイクを押しながら歩き出す。


「ほら、しょぼくれてないで早く行きましょう」

「ア、まって!」


 その後ろを、慌ててアオが追いかけた。


――――――――――――――――――――


 今から約2年前、日本から遠く離れた発展途上国で未知のウイルスが発見された。

 初期症状が高熱を出すという、その土地の風土病と変わらないものだったため、未知のウイルスによるものだとわかった時には感染が拡大していた。

 そして、事件が起こった。

 先程まで高熱でうなされ寝たきりになっていた最初の感染者が、突如起き上がると近くにいた人を襲い始めたのだ。

 その感染者は襲った人に噛みつき、その肉を引きちぎって食べ始めたという。

 その病院には未知のウイルスに感染した人が多く入院していた。

 そのため、病院内の人はあっという間に感染者達に襲われ、食べられたらしい。

 そして、襲われた人々も死んでいるはずなのに起き上がり、感染者と同じように動きだし、病院の外にいた人々まで襲い始めた。

 病院があった村の村人全員が感染者となり、動き回るようになってしまったところで、ようやく軍が到着し、彼らは殲滅されたそうだ。

 感染者の遺体から見つかった未知のウイルスは今まで発見されたどんなウイルスとも異なり、予防法や治療法の開発が急がれた。

 研究サンプルとして採取されたものを除く感染者の遺体ごと村の全てを焼き払うことで感染拡大を防ごうとし、実際それ以降、感染者は現れなかった。

 しかし、それから約1年後。

 最初の感染者が現れた国とは離れた場所にある国で、再び感染者が現れた。

 治療法がまだ見つかっていなかったため、その感染者は死亡してしまったそうだが、感染が確認されたのが早かったためにそれ以上広がることは無かった。

 それでも、一部の人達は恐怖した。

 今回の感染者が最初の感染が報告された土地に行っていたということは無く、それどころか国外を出たことが一度も無い人物だったからである。

 つまり、感染経路がはっきりとしなかったのだ。

 ネットでは人類滅亡を目論む宇宙人がばらまいただの、どこかの秘密結社の陰謀だのと騒がれ、未知のウイルスに関する偽の情報が出回った。

 連日ニュースでも取り上げられ、日本でもこの未知のウイルスのことを知らない人はいないくらいであった。

 だが、まだ日本の人々はどこか他人事のように思っていた。ここまでウイルスが来るわけないと、高をくくっていた。

 日本で最初の感染が報告されたのは、騒がれ始めてからわずか3ヶ月後のことだった。

 最悪だったのは、その感染者がただの風邪だろうと思って高熱であることを隠して出勤してしまったことである。

 その人物は仕事中に意識を失い、そして、救急車が到着する前に狂暴化してしまった。

 被害は甚大であった。未だウイルスの特性がわかっていない中では、その街を封鎖するしかなかった。封鎖された時に非感染者もいたと思われるが、当時の政府は感染者のみを閉じ込めたと発表した。

 日本での感染者発見を皮切りに、全世界で感染報告が相次ぎ、感染者数も爆発的に増加、ついにパンデミックの宣言が行われた。

 全ての国でウイルスの研究が急がれ、感染拡大を阻止する対策が行われた。

 しかしながら、その頃にウイルスに変化が起こってしまった。

 それは高熱を出すという初期症状がなくなり、感染してから狂暴化するまでの期間が短くなるというものだった。

 これにより世界中で被害が拡大し、日本でも地方にある医療機関では対応が遅れ、次々と封鎖されていった。

 最初の頃は避難勧告をしてから封鎖していたが、次第にそれでは間に合わず被害が拡大してしまうケースが増えたため、政府はやむなく避難勧告を行わず即刻封鎖するという対策を取った。

 現在では大都市以外の全ての地域が封鎖され、非感染者が安全に暮らせる場所は大都市以外に無くなった。

 封鎖地域に取り残された多くの非感染者は、感染者に遭遇するかもしれないという恐怖を感じながら生活している。

 しかし、中には封鎖地域を出て、大都市へ向かうために移動する人達もいる。

 移動すれば感染者に遭う危険が上がるが、そのリスクを冒してまでも、一生怯えて暮らすくらいなら安全な生活を求めて移動するという人達。


 普通の女子高生だった「アカ」も、その内の一人。

 彼女は「アオ」と共に旅をするなかで、どんな人々と出会うのか。

 その出会いは、彼女自身にどのような影響を及ぼすのか。


 これは、「アカ」と名乗る少女が大都市に辿り着くまでの間の話。

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