塔の少女と炎の少年

第1話 塔の少女

 暗闇に一筋の光が射した。夜明けを告げる光だ。


 これで幾度目の夜明けだろうか。変わらぬ一日の始まりを告げる光に、少女は目を細めた。

 ひんやりと冷たい石壁に手をついて、窓を仰ぐ。幼いまま時を止めた少女の手では届かない場所にひとつあるきりの、小さな窓。無骨な鉄格子が嵌め込まれたそれが、この石牢の中と外を繋ぐ、唯一の開口部。


 少女が囚われている塔の東側の壁、低い位置に穿たれたその窓から光が射し込むのは、早朝の僅かな時間だけ。その光は眩い白さで視界を奪い、曙光が治まった後も、鉄格子越しに窺えるのは下草の影だけ。

 塔の地下に囚われた少女には、もはや外界の様子を知る術はない。

 そのことを、少女はすでに思い知っている。


 それでも、少女が身を浸す暗闇に唯一の光を与えてくれるその窓を、一日の始まりにそこから射し込む光を仰ぐのは、少女のわずかな習慣のひとつだった。

 そうして、世界が変わらず時を刻んでいることを確認し、安堵と落胆を同時に噛みしめる。


 小さく零した溜息は、今日もまた変わらず一日が始まったことに対する安堵か、それとも、また変わらぬ一日を過ごさなければならない落胆か。

 どちらにしろ、少女の零した吐息など、冷たい静寂に支配された石牢の中、誰に聞き咎められることもなく消えてしまう。

 ──はずだった。


「──誰か、いるのかい?」


 不意に、声が降ってきた。聞こえるはずのない声が。

 塔の外、小さな窓の近くに誰かがいる。その誰かが、石牢の中の少女に話しかけている。それは、少女がこの石牢に封じられてからこの時まで、一度としてなかった変事だった。


「……だれ?」


 掠れた声で、問い返す。言葉を発することさえ忘れかけていた喉が久しぶりに紡いだ声は、震えるほどに小さく、そのまま静寂に呑まれるかと思われたが、窓の向こうの誰かに届いたようだ。

「そこにいるの?」

 再び聞こえた声は、少年のもの。少女の疑問には答えずに、驚きを含んだ声音が少女の許へと舞い降りる。


「あなたは、誰?」

 窓からの光に目を細め、少女は再度、問うた。その声に応えるように、光が翳る。

 なにかに遮られたように光が切り取られた。それが少年の影だということに、遅れて気づく。

「ボクは……旅人。遠くの国から、旅をしてきたんだ。ねぇ、キミは……キミが、〈災厄の姫君〉?」


 少年が躊躇いがちに口にした名は、確かにかつて、少女を形容するために使われたもの。

「わたしのことを、知っているの?」

「うん。旅の途中で、噂を聞いたんだ。この塔に、〈災厄の姫君〉が封じられている、て。──本当なの?」

「……本当よ。わたしは、生れ落ちた時に、いずれ災厄を呼ぶと予言された。そうして、災いを呼び込まないように、ここに封じられたの」

 答えた自分の声が呼び水となって、少女の脳裏に、遠い記憶が甦る。

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